10 リリカとの出会い①
俺から話をすると決めたものの、どこでどうやって声をかけるべきか。
学年は違うし、性別も違う。
タイミングが難しいなと考えていると、リリカ嬢と、その友人らしき少女が前方から歩いてくるではないか。
なんという偶然。
この機会を逃してはならんと思い、俺は余所行きの顔を張りつけて声をかけた。
「失礼。すこし、いいだろうか」
「ユージーンさま!」
足を止め、リリカ嬢がこちらを見る。
はじめて正面からまともに顔を見たけど、可愛らしい顔立ちをしていた。
ピンク色の髪は、わずかな乱れもなくまっすぐに肩のあたりで揺れる。ふわふわ髪のミレイユが泣いて悔しがるくらいのストレートヘアー。
髪に似た色合いの瞳は大きく見開いて俺を見ており、化粧をしているようには見えないけれど、まるでリップを塗ったみたいな唇を薄く開き、けれど言葉が続かないようだ。
隣にいるのは同学年なのだろう。リリカ嬢と同じく赤色のリボンタイを首元に結んでいる。くせの強そうな髪質を気にしているのか、女子にしては短めのショートカット。勝気なスポーツ少女といった印象がある。黄色みの強い金髪に緑色の瞳をきらめかせ、好奇心を隠さずに俺を見ていた。
「はじめまして、オルファンさま。私はナナカ・ランソンと申します」
その名には聞き覚えがあった。
妹が言っていた、ヒロインに用意されている最初のバディ、ゲーム進行のお助けキャラの友人だ。
おいおいおい、なんだか本当にゲーム設定とやらが具現化しているじゃないか。偶然にしては恐ろしい。
「ランソンというと、たしか運輸業の」
「我が家をご存じでいらっしゃるとは、光栄です」
ランソンは、アルケット商会と同様に国内有数の富豪だ。
いまとなっては国家に事業を買い上げられたが、国内の物流整備の基盤をつくった家でもある。
当主は爵位を蹴って、あくまで平民として商売を続けている変わり者の一家。肩書きを重んじる貴族たちはランソンを嗤うが、自分たちが領地と王都を往復するための道や、急ぎで文を送るための早馬の整備等を敷いたのが、ランソン家であることを知る者は少ないらしい。俺が知っているのは、ラザフォード侯爵や王家のおかげである。
「リリカに用事ですか?」
「どうしてそう思う?」
「彼女は光魔法の保持者ですし、オルファンさまも魔術師として興味がおありになるのかと」
光魔法はたしかに研究対象として人気が高いが、リリカ嬢に声をかけずとも、俺にはクリスティーヌという光魔法の使い手がいる。間に合っているのだが、王太子殿下にかかわる用事だと知られると、なんのために秘密裏に動いているのかという話になる。
まあ、ここはそういうことにしておいてやるか。
俺が頷くと、ナナカ嬢は未だ呆然と立っているリリカ嬢の背にまわり、体を押した。
「ほーら、リリー。行ってきなって。わたしは先に戻ってるから」
「ナナちゃん、でもっ」
「先輩を待たせるのはよくないぞ!」
励ますように背中を叩き、ナナカ嬢は俺に一礼をして去っていく。非常にサバサバした少女である。
対してリリカ嬢のほうはといえば、なにやらおどおどと居心地が悪そうな態度で俯いているだけだ。先日、アクラムには毅然とした態度を取っていたように思うが、まるでひとが変わったような印象。
あれは、あのチャラ男専用の態度ということで、俺のような近寄りがたいタイプの男には、どう対応していいのかわからないのかもしれない。
「すまない。場所を移動してもよいだろうか」
「はい」
「では――」
「わかってます」
なにを?
問い返す前にリリカ嬢は踵を返して歩き出した。俺はあとを追う。
このまま道なりに向かうと温室がある場所につくはずだ。小規模ながら、魔術の研究室も併設されていると聞く。
そこの温室は鑑賞目的の場所ではなく、植物の生育についての研究が主であり、光魔法をより効果的に活用できないか考えられているとラルフが言っていた。この子も力添えをしているのかもしれない。
慣れた調子で温室に入ると、その奥にある小部屋へ。扉の脇に置いているプランターをどかすと、なにかを取り上げた。そのままドアノブに差し込んだところをみると、鍵なのだろう。
鍵の隠し場所としては非常にベタだが、不用心すぎないか? いや、古典的すぎて盲点になっている――のか?




