ヒロインの謎行動②
「いったいこれはなんなのだ? なぜ、ライスをこのように箱詰めにする必要がある? この形状は、クリス嬢がたまに作っている、手で持って食べやすい『オニギリ』というやつに似ているが」
「形は違うけど、それもおにぎりだよ。俵――円筒型にしたほうが、四角い箱に収めやすいだろう?」
「詳しいな、ユージーン。おまえもリリカ・マスデック嬢から同じものを受け取った経験が?」
「ねえよ。ラザフォード侯爵家では、昔から作られてるんだ。調理法はあまり広まってないけどな」
ローズメア王国における米は不遇な作物で、国内でも一部の地域でしか作られていない。そのほとんどがラザフォード侯爵が所有する領地であるのは、くー子の父親による涙ぐましい努力のおかげである。
農協職員の知識をフル活動し、現地へ赴き、ともに田植え、稲刈りに取り組んだ。
彼が爵位を継ぐより前のことである。旨い米が喰いたい一心だったらしい。
パエリアやリゾットのように、味や風味をつけたものは食べられているが、なんの加工もせず、ただ炊いただけの白米を食べる者は皆無。現地の人間ですらそうなのだから、米食が広まらないのも仕方がなかろう。
なんとか米の消費率を上げたいと思い、受け入れられやすいメニュー開発、便乗して和食の美味しさを伝えていきたいと活動しているのが、クリスティーヌ・ラザフォード侯爵令嬢。
国外には日本的な調味料がきちんと存在しているようで、アルケット商会というところが主な窓口となっている。
寮におけるミレイユの同室に居る子が、そのアルケット商会のご令嬢だとかで、緑茶をもらってきてたっけ。
ミレイユは美由だったころから妙に味覚が渋く、甘いジュースより緑茶を好んで飲んでいた。嗜好は変わっていないらしい。
まあそんなわけで、この国における飲食事情は前世の欧米寄りなため、当然ながらお弁当という風習が存在しない。パンを詰めたランチボックスはあれど、表面を塩のみで味付けたライスを固めて食べるなんて、さぞ奇異に映ることだろう。
そんな風変りなものを、なんの説明もなく置いていくあたり、もしかするとリリカ嬢も元日本人なのか? 好きな男子に手作り弁当を差し入れするというのは、日本の女子高生であれば、ありえない話ではないと思うし。
まったく意味がわからないという顔をしているラルフには、さてどうやって説明したものか。
これは昼食で、意中の相手に自作したものを食べてもらいたい乙女心である、なんて言ったところで、信じてもらえるかどうか。
なにしろラルフは王族だし、学院に通っている者も大半が貴族だ。わざわざ自分で料理をしなくても、代わりに作ってくれるひとがたくさんいる。
というか、菓子ぐらいならともかくとして、食事を自分で作るという発想はまず出てこないだろう。
婚約者相手にだって、差し入れするのならば「我が家の料理人が腕によりをかけて作ったもの」を渡す界隈である。
いや、問題はそこじゃないか。
お弁当とはなんぞや、という謎の解明ではなく、ナマモノを詰めた箱を持ってくるのを止めさせたいというのが、命題のはず。
「つまるところ、おまえの立場から断りを入れるのが難しいってことだよな。相手がリリカ嬢というところも絶妙に面倒くさい」
「そうなんだ。デヴィントン侯爵家の後見を受けているとはいえ、彼女自身は貴族ではない。爵位を持たぬ者からの差し入れは受け取らない、などという勘違いをされては困るのだ」
「じゃあ、俺がリリカ嬢に言うってのは?」
「おまえが?」
「俺自身は子爵の子だし、さかのぼれば平民だ。彼女と立場は近いだろう」
「……迷惑をかける」
「気にすんな。これがキッカケになって、いっそのこと受け取り拒否ができる流れに持っていけばいいんじゃないか?」
過去は過去。
昔ながらの慣習は、時代に合わせて変えていくべきだ。
「すべてを受け取れなくなると、それはそれで困るな。クリス嬢の新作が食べられなくなるじゃないか」
子どものころから、登城のたびに持参したり、城の厨房の一角をお借りしたりと、くー子はラルフに対して、和食のプレゼンを実行してきたが、その結果は出ているらしい。良いことだ。
「それを聞いたら、あいつはたぶんすごく喜ぶぞ」
「自分のことみたいに喜んでるおまえの顔を見ただけで、胸やけがするな。これが『ごちそうさまでした』ってやつか」
「ほっとけ。おまえもさっさと腹を決めろよ」
「――そう簡単にはいかないんだよ」
王族の恋愛は、なかなかに厄介だ。自分の気持ちだけでは動けない。




