お兄ちゃんの未来はあたしが守る!④
ガレットを堪能したあと、続いて抹茶シフォンへ取り掛かる。
ふわふわしていて切れにくいそれを、くーお姉ちゃんはやっぱり優雅に切り裂く。断面がぐちゃってならずに綺麗に分割された。
あたしがぶきっちょなわけじゃないもん。
シフォンがやわらかーいのが悪いの。でもシフォンケーキはそこがいいから罪深いのだ。
お姉ちゃんの手は、侯爵令嬢らしい細くて白くて綺麗な指。
そういえば、宝飾品をひとつも付けていないと気づく。
前世と違ってこの世界は、通っているのがお金持ちのお嬢さまなので、お化粧禁止とかアクセサリーを付けちゃダメとか、そういう規則はない。
母親とかおばあちゃんから受け継いだ指輪をつけてたり、婚約者がいるひとは、彼から送られたものを身につけていたりもする。
前者は伝統を重んじる貴族社会ではむしろ「良きこと」とされているし、後者にいたっては売約済の証でもある。
なかには、婚約者がいてもアクセサリーの類はつけず、曖昧にしているひとたちもいる。
そういうのはつまり「家のしがらみによって決まった婚約で、当人は納得しているわけではない」ことの現れ。横恋慕OK、いいひとがいたら乗り換えちゃってもいいかも☆ みたいな意味、らしい。
なにもつけていないからといってフリーってわけじゃないけど、じつは婚約者がいる可能性ありとか、どうやって見抜くんだろう。どこそこの誰と誰が婚約関係にあるとか、調べようと思えば調べられるみたいだけどさ。ヘタしたら美人局みたいなことが起きかねないじゃん。こっわー。
ゲームではそんな細かいことは物語に出てこないから、こういうのはわたしが生きてきたなかで知ったこと。
画面に表示される立ち絵において、クリスティーヌ嬢の手に指輪があったのかどうか、あんまり憶えてない。そこまで重要視してなかったし。
王子の婚約者候補の筆頭で、実質確定していた設定だったから、彼女に声をかける男性は存在しなかったんだろうとは思うけどさ。
現在においてはどうなんだろう。
くーお姉ちゃんの手に指輪はない。
ラルフレイル殿下から贈られてはいないってことかな。
っていうか、やっぱりお姉ちゃんは王子の婚約者なんだろうか。
えー、それはヤダ。
ついほんのさっきまではどうでもよかったけど、中身があたしの知る近所のお姉さんであることがわかったからには、そうはいかなくなってしまった。
だってお兄ちゃんがいて、くーお姉ちゃんもいるのだ。
どうして別々のひとと結ばれなくちゃいけないの。そんなのぜーったいにダメだよ。
なにやってんのさ、お兄ちゃん。子どものころから、ずーっと正体を知ってたくせに、なんで婚約すら取りつけてないの。前世と変わらず、そういうとこヘタレなまんまなわけ? それとも、今世では気持ちが変わっちゃったのかなあ。
なんか、それもヤダ。
あたしの我儘だってわかってるけど、ふたりにはいつでも一緒にいてほしいのだ。
「ねえ、くーお姉ちゃん。訊いてもいい?」
「んー? どうしたの?」
「えっとね、お姉ちゃんは、今って好きなひとはいるの? ラルフレイル殿下の婚約者候補っていうのは知ってるんだけど、殿下のこと、好き、なの?」
「へ?」
意外なことを訊かれたような顔になって、不思議そうに小首を傾げる。
そして、手を振って否定した。
「違うよう、あれはカモフラージュ。うちのお父さんと美由ちゃんとこのお父さんと陛下、お三方がそう決めただけー」
お兄ちゃんが作った、闇属性抑制防具にまつわるあれこれを、あらためてくわしく聞かされた。
もともとは、光魔法で体に影響が出ていたくーお姉ちゃんのために作った道具の転用だったとか、初耳なんだけど!
「婚約のこと、美由ちゃんにも隠してたんだねえ」
「どういうこと?」
「えっとね、ラルフくんの症状が緩和されて、ゆうちゃんと一緒に三人で会うようになったんだけど、女の子が混じってるものだから婚約者なのかって噂が出ちゃって。その時点で違いますって言えばよかったんだろうけど、ゆうちゃんが納得しなかったんだよ」
「お兄ちゃんが納得って、なにを?」
幼少期に婚約者を決めるとか早すぎる、みたいなこと?
同じく日本人であるクリスティーヌだってかわいそうだろ、みたいな。
お兄ちゃんらしい気づかいだ。
「道具の作成者は、年齢のことを考えておじさまの名前で発表したから、その時点でゆうちゃん自身はただの子どもでしかなくって。侯爵令嬢の婚約者は王子ではなく、子爵にあがったばかりの成り上がり貴族の息子のほうです、なんて言えば、ラザフォード侯爵の名前に傷がつくって。自分が自分の名前で大きなことを成し遂げて、侯爵令嬢の隣に立つに相応しいと思われるぐらいにならなきゃ駄目だろうって」
ほーんと、ゆうちゃんは真面目だよねえ。
お姉ちゃんが笑う。
やわらかく、しょうがないなあってかんじで笑って、そう言った。
つまり、それは。
「くーお姉ちゃん、お兄ちゃんのこと、好き?」
「もちろん」
「じゃあ、じゃあ。あたしの本当のお姉ちゃんになってくれる?」
「一番早くて、学院を卒業したあとかなー」
あのころ。
小学生のお子ちゃまだったあたしが、高校生の少女に無邪気に訊いたころと同じ顔をして微笑んだ、現クリスティーヌ・ラザフォード侯爵令嬢は、当時とはほんのすこしだけ違う答えをあたしに返した。
ブラボー!!
大好きなふたりが、今度こそ一緒にいられる未来を、あたしは全力で応援する!
きっとこれが、あたしが転生した意味なのだ。
ルンルン気分で寮に戻って、自室の扉を開けると、セラちゃんが心配そうにあたしを迎えてくれた。
だからあたしは、くーお姉ちゃんに買ってもらったクッキー缶を見せて言った。
「あのね、クリスお姉さまがね、買ってくれたの。セラちゃんと食べなさいって」
「……どうしたのよ、死にそうな顔して付いていったくせに」
「そんなことないよ」
「そんなことあったでしょ」
まあ、そこはそれ。あのときはあのとき。状況は日々、刻々と変わっていくのが人生ってもんだよ。
胸を張ってそう言うと、セラちゃんは呆れた顔で肩を落とした。
「心配して損した」
「そのわりにあたしのこと笑顔で見送ったくせに」
「だってクリスティーヌさま、いいひとだって知っているもの。あの方、我が商会の超お得意様なの。十侯爵家のご令嬢なのに、わざわざご自身でお店に足を運んで購入してくださるの。国外のスパイスや調味料についても造詣が深くて、こちらのほうが学ばせていただいているぐらいよ」
「そっか。だからセラちゃんは、クリスお姉さまのことを悪く言わないんだね」
王太子であるラルフレイル殿下、ゆくゆくは宮廷魔術師になると囁かれているユージーン。
ふたりの男性を侍らせて悦に入っていると陰口を叩かれがちなクリスティーヌは、女子のあいだでも賛否がある。
「私はあの方のこと好きよ。以前から憧れてるの。とってもお優しくて素敵な方だわ」
自分の目で見たものを信じる。そんなまっすぐな気持ちをくちにするセラちゃんに、あたしも応えた。
「うん。あたしもね、クリスお姉さまのこと大好き」
ずっとずっと前から、あたしはお姉ちゃんのことが大好きなのだ。
次回から、また兄視点に戻ります。




