お兄ちゃんの未来はあたしが守る!②
「そこまで兄を推せるのもすごいよね。たしかにユージーンさまは素敵な方だけど」
「でしょ!」
今世において、あたしの『お兄さま愛』を聞いてくれるのは、寮で同室となったパッセラ・アルケット。貴族ではないけど、王都にたくさんの店を構える商家の娘さん。なんと、攻略対象である騎士パジェットの双子の妹なのだ。
あいさつされたときは、ビックリしちゃった。ゲームでは『双子の妹がいる』ぐらいしか語られてなかったし。
ふわふわの赤毛と緑色の瞳をしていて、美人っていうよりは可愛い系の美少女。
黙って微笑んでいると深窓のお嬢さまって雰囲気だけど、わりとしっかり者なところがある。
七歳上のお兄さんがいるそうで、すでに後継者として仕事に励んでいる状態なので、パジェットは騎士を目指しても問題ない状態。
そのため妹も「やりたいことがあればなにを目指してもいい」と言われているけど、彼女自身は商売が大好きで実家を手伝いたいそうだ。
販路拡大を狙い、人脈を広げるために学院へ来たという。十五歳ながらとても商魂たくましい。
はじめましてのあいさつのとき、うちが魔道具で有名なオルファンだって知ったら、いい道具を開発したらうちで扱わない? って瞳をきらめかせて言ってきたぐらい。
前世を思い出し、すっかり頭は庶民思考に戻っていたあたしは、彼女――セラちゃんの言動も「平民のくせに」とかは思わないし、さっぱりしててむしろ好ましい。
貴族令嬢のハイソサエティな世界よりずっと楽ちん。
高級ホテルでマナーを気にしながらコース料理食べるより、ファストフード店でダベってるほうが気持ちが楽、みたいなかんじ。
「聞いた話では、ユージーンさまの婚約者になりたいひとが増加してるとか」
「ふーん」
「あら、ずいぶんと軽く聞き流すのね。てっきり鼻息荒くして怒るかと思ったのに」
「人気が高いのは当然だもん。見た目も性格もぜんぶカンペキ! 女の子たちの憧れで当然! こっちが選ぶ側よ!」
「あー、はいはい」
「あたしがイヤだって言ったら、たぶんお兄ちゃ――さまは、婚約はしないと思うしー」
「なにそれ、妹がブラコンなら、兄はシスコンなの?」
セラちゃんは心底呆れた様子で、カップを傾ける。
外国から輸入しているこのお茶はいわゆる緑茶で、我が国ではまだあまり広まっていない。渋いから女子向きじゃないらしい。
そういえば前世でも、外国人は緑茶や麦茶にお砂糖を足して飲んだりするってきいたことある。そんなノリなのかもね。
あたしが美味しそうに飲んでたらセラちゃんは喜んでくれて、もちろんお兄ちゃんやお父さんにも「緑茶もらったよ」って持って帰って、我が家で愛飲してる。抹茶とかあれば、スイーツにして食べたいなあ。
「まあ、たしかに。ユージーンさまの人気がより高まったのは、あなたの影響も大きいとは思うから、シスコンでもいいって思う方はいるかもしれないわよ?」
「どういうこと?」
「最近、一緒に出歩いているでしょう、あなたたち。目立つのよ。ユージーンさまが異性とふたりきりで歩くなんて、いままでなかったもの。例外はラザフォード侯爵令嬢ぐらい」
悪役令嬢クリスティーヌ、かあ。
ゲームにおけるユージーンさまは、王子の婚約者であるクリスティーヌを妙に気にしている素振りがあったけど、あれはほら、家の繋がりだってわかったし。
これからは当たり障りなく接して、悪役令嬢にはさくっと退場してもらいましょう。
王子とゴールインするもよし、断罪されるもよ――くはないのかな。うちの家が傾いちゃったら困るし。
なんて考えていたときだ。あたしたちが話をしていた、女子寮の隣にある持ち込み可の喫茶室にざわめきが生まれた。
カツカツと響いた足音の主はあたしたちのテーブルへ近づいて、声をかけてきた。
「こんにちは、ミレイユさん。先日はお話できなくて、とーっても残念に思っていたの」
「こ、こんにちは、クリスティーヌさま」
輝くような美貌っていうは、こういう女のひとのことをいうのかもしれない。
ゆっくりと話すさまは、涼やかな声と相まって、他者を睥睨するような空気に満ちている。事実、喫茶室にいる女の子たちはみんな縮こまって、こっちの様子をうかがっているみたいだった。
わかるー。
ヘタに音を立てて、目をつけられたくないよねー。
あたしだって逃げられるなら逃げたいもーん。
「まあ、いやだわ。そんなふうに距離を取らなくてもよろしいのではなくって? 以前はクリスと呼んでくださっていたじゃありませんの」
「わ、わたくしとて、もう十五歳になりました。いつまでも子どものように振る舞うには失礼であると学んでおります」
「まあ、大きくなられたのねえ」
なにそれ。
子どものころはよくも不躾に愛称呼びなんてしてくれたわね、わたくしを誰だと思っていらっしゃるの? ようやく身分をわきまえたのかしらねえ、オホホホホ。
ってことですか、そうですよね、ひいい、ごーめーんーなーさーいぃぃ。
「わたくし、ミレイユさんとふたりきりでお話がしたいのだけれど、パッセラ・アルケットさん、彼女をお借りしてよろしいかしら?」
あたしは悲鳴を飲み込んだ。
ぎゃー、呼び出しー! 校舎裏とかに連れて行かれちゃうやーつー!?
青い顔をするあたしをよそに、セラちゃんはいい笑顔で「どうぞ」と答えた。
この裏切者ー!!




