ラザフォード侯爵の過去②
「僕さ、娘の結婚式、出られなかったんだよ。病気になってね。生まれ直って、また娘ができて、今度こそーって思ってたんだ」
「そうだったんですか」
「ユージーンくんって、あれでしょ。はしもと食堂でたまに見かけた、すみっこの机で娘さんと一緒に宿題やってた男の子。小さい女の子連れててさ、妹の面倒見てるんだって、親父さんが言ってたの憶えてる」
「そう、でしたか。はい」
母が仕事から帰ってくるまで、はしもと食堂で夕食をご馳走になっていた。店の料理ではなく賄いを食べさせてもらっていたのだ。
「そっかー。あの子たちが結婚かー。はしもとの親父さんのぶんまで、僕がきちんと見守らないとなあ」
「たしかに申しこみには来ましたけど、それ以前の問題では。父さんは腕ききの職人ですが、俺自身はまだなにも成していない子どもですし、侯爵令嬢に見合うものを提示できる保証はありません」
ちょっといい話。みたいな空気が流れているが、現実は甘くはない。
日本人の思考では、階級社会は縁遠くなった世界だけれど、ここはその『爵位』がものをいう世界のはず。俺が超えなければならない壁はとてつもなく高く、侯爵にも社交界での立場ってもんがあるだろう。簡単に許していいわけがない。
そう言うと、父親たちは顔を見合わせて笑う。
「それなんだけどな。たぶん大丈夫だぞ、我が息子よ」
「どういうこと?」
「このまえ君が作ってくれた、魔力制御の腕輪があるだろう?」
「これがどうかしたの?」
くー子がくちを挟む。
彼女の左手首には、件の腕輪が付いている。
クリスティーヌには、希少な光属性が宿っていた。
幼いころは魔力制御が難しく、眠っているときはとくにコントロールが効きにくい。血が巡るのと一緒に魔力が体を循環しているようで、カーテンを閉めていても発光するときがあるという。
光魔法がピカピカしすぎて、まぶたを閉じていてもまぶしいときがある。
おかげでちっともねむれないの。
そう言っていたので、なんとかできないかと思って父に相談して作った、俺の発明品第一号がどうかしたのだろうか。
「あれね、光属性だけじゃなくって闇属性にも効果あってね。ラルフレイル殿下の症状が緩和されたんだよ。寝台から起きて、椅子に座って食事ができるまでになったらしくって、国王夫妻はもとより、先王夫妻も孫の回復を涙を流して喜んでね。今日、オルファン男爵に来てもらったのは、その件を報告したかったからなんだ」
当時のラルフレイルは、闇ならぬ『病み』状態で、頭痛がひどくて起き上がれなかったり、すぐ病気になったりで、ベッドが友達状態。
あとで聞いた話では、大人になるまで生きられないかも、と医者に言われていたぐらいひどかったとか。
俺は単純にくー子がぐっすり眠れるようになって、「ゆーちゃん、ありがとう」と笑ってくれただけで満足だったんだが、俺の知らないあいだにそんなことになっていたとは。
オルファン男爵家が作った魔道具なので、ラザフォード侯爵家が王家に報告。
王子の世話をする使用人は、闇の気にあてられて体に不調を来すため交替制を取っている。報告の場で、腕輪を侯爵から国王へ手渡す係を担っていた王子担当のひとりは、腕輪を持った途端、倦怠感が薄れたことに気づく。
うわ、なにこれ、すっげ。
同じく王子付きの者たちにも効果があり、医者の立ち合いのもと、王子に触ってもらうことになる。
青白い肌の王子。頬に赤みが差す。
枕元に置いて様子を見る。
頭痛いのマシになった気がする発言に、医者はついに腕輪を王子に装着。
部屋に泊まりこんで観察。
翌朝、快眠の王子が一か月ぶりに体を起こす。
関係者一同、喝采。泣く。
ラザフォード侯爵を呼べ!
「とまあ、そういうわけで。これを作ったのはオルファン男爵かって話になって。子どものユージーンくんを表に出すのはやめたほうがいいって思ってたんだけど、クリスティーヌとの婚約を考えると、ちゃんと話したほうがいいのかもしれない。そういう話をさっきしていて、腕相撲になったんだよ」
「はあ……」
「ボーっとしてんな息子よ。つまり、おまえは次期国王を救った英雄ってこった」
「そんなおおげさな」
でもまあ、これで侯爵令嬢の夫になってもいいぐらいの箔はついた、かな?
その程度に思って、侯爵夫婦、うちの両親に伴われて国王に謁見。国王って前世でいうところの天皇陛下みたいなものかなとドキドキしていたら、ぼろぼろ泣かれて困った。国王と先王が、九歳の子どもの前で泣いて御礼を言うって、どうなんだ。駄目だろう。
結局、真相については伏せられ、オルファン男爵が作った魔道具によって王子は回復し、その栄誉をもって、我が家は子爵にあがった。
闇を中和する光属性を宿すクリスティーヌも、王子の傍にいることは回復を高める効果があり、俺を含めた三人はたびたび会うようになる。
だがそのせいで、クリスティーヌが王子の婚約者になった噂が立ってしまった。
俺とくー子がすでに婚約が内定状態にあることを知っている国王は、他の高位貴族家に「うちの王子が回復の兆しを見せておりますが、そちら同じぐらいの年齢の娘さんいますよね。いえ、もう絶対に安心というわけではないんですけどね、また伏せる可能性もありますし、ははは」というかんじの手紙をばらまく。
時間稼ぎをしているあいだに、俺は俺の名前できちんと実績を作る。
それまでは、正式な婚約は公表しない。
ラザフォード侯爵令嬢はフリーではあるけれど、ラルフレイル王子の婚約者候補でもあるから、手出しはできない。
そんな状況を作り出した。
実際、ラルフレイルがくー子に惚れる可能性だってあるし、そうなったとしたら権力的に断れないんだけど、本人いわく「それはない」らしい。
だっておまえたちのあいだに入るほど野暮じゃないよ。
横恋慕したって虚しいだけだろう、可能性ゼロだ。ゼロっていうか無だ。
他に目を向けたほうが建設的だね。




