クリスティーヌとの出会い②
「じゃあ、わたしも。おなじように呼んでよね」
「いや、それはさすがにダメだろう。そっちは我が家より格上だし」
「えええ。だって、ゆうちゃんにクリスティーヌ嬢ってかしこまって呼ばれても恥ずかしいよう」
「……じゃあ、ふたりのときだけな。くー子」
俺たちのあいだで密約が結ばれ、親同士は子どもたちがすっかり打ち解けたと安心。
成長するに従い、参加する園遊会も家名を背負って出席する機会が増えてくる。
さすがにまだ親の代理にはならないけれど、受け答えの質は各家の子どもたちの差を浮き彫りにしていく。
その点において、クリスティーヌは圧勝だった。
他家のご令嬢・ご令息はもとより、年齢がいくつか上の世代にも引けを取らない社交ぶりを見せつけ、大人たちの視線を惹きつけた。
なにしろ前世では、食堂を子どものころから手伝い、短大を卒業したあとはそのまま実家に就職した、骨の髄から接客業の女である。
穏やかで、のんびりした口調で話すため誤解されがちだったが、箸本久美子は決して内向的な性格ではなかった。
大勢のひとと接することに慣れており、はじめましての相手にも物怖じしない。面倒な性格の人物のあしらい方も心得ていた。
対人関係のスキルがとにかくすごいのだ。年季が違う。
その記憶と意識を持っているクリスティーヌが、そこらへんの子どもに負けるわけがないのである。
ラザフォード侯爵家のご令嬢は素晴らしい。ぜひ、我が家の息子のところへ。
そんな声が囁かれるようになっていると父から聞いた俺は、そりゃあもう焦ったさ。
前世で俺は彼女に自分の気持ちを告げていない。相手からも聞いていない。お互いなんとなーく察しつつ、いまさら気恥ずかしくてなかなか言葉にできないまま、大人になってしまった。
父には、クリスティーヌ嬢が前世の幼なじみだったことは報告しているため、教えてくれたのだろう。
おまえ、どうするんだ、と。俺に覚悟を説いているのだ。
「会いに行ってくる」
「そうか。会ってどうする」
「ちゃんと好きだって本人に言って、他のやつはえらばないでくれって、たのむ」
「頼んだところで、壁はでかいぞ。あちらは侯爵家。うちの親分だ」
そりゃあ、そうだ。家格が違いすぎる。当時はまだ男爵家だったから、なおのこと。
それでもあきらめるわけにはいかない。もう二度と後悔しないために。
「なにか、でっかい実績をつくる。父さんみたいにおおきな道具はまだつくれないけど、かんがえることぐらいはできるから」
「そうだな。おまえは研究者タイプだし、性格的にそういうほうが向いてると思うよ」
よし、行くか。
父はそう言って俺を連れて侯爵家へ赴く。
大人同士は商談を始めるので、俺たちはだいたい庭へ行く。
今日もそちらへ向かい、片隅にあるいつもの休憩スペースで俺は言った。
「久美子さん、結婚してください」
「……へ?」
「あ、ちがう」
「ちがうの?」
「いやちがわないけど、走りすぎた」
順を追って説明する。
クリスティーヌが同世代における嫁候補人気ナンバーワンになりつつあるらしいこと、それは非常に困るため自分が名乗りをあげたいこと。
平民あがりの男爵子息なんて吹けば飛ぶような存在なので、実績を積んでいく必要があること。
しかしそれを待っていたらいつになるかわからないので、まずは約束をしておきたいこと。
「後悔したくないんだ。あのとき言っておけば、なんて、もういやだから。自分の気持ちはちゃんと言っておくことにした」
「うん」
「俺はくー子が好きだ。ずっと、いつからなのかとか憶えてないけど、ずっと好きだった。昔も、今も、俺の気持ちはひとつきりで、くー子以外はいらない」
「……うん」
「おおきいことを言って、将来の見込みなんてまるで立ってないし、待たせるだけ待たせて大成できない可能性だってあるんだけど、でも俺のこと信じて待っててほしい」
彼女の青い瞳だけを見つめて、言いたいことを言う。
まったくもって拙いし、ガキかよってかんじだけど、実際に今の自分はなにもできない子どもそのもの。できることは、ただ気持ちをまっすぐに伝えることしかなかったのだ。
「……ゆうちゃん、自分ばっかりずるいよ。わたしの気持ち、なんにも聞かないんだから」
「聞いたらめげそうだからあえて聞かなかった。『ごめんなさい』されたら、俺はこの世界でも死ぬかもしれないし、そうなったら、もう一回会える保障ねえだろ」
「二度あることは三度あるかもしれないよ?」
「だったらいいけど、でも望んで死にたいわけじゃないよ。どうせなら生きていたい」
「うん。わたしも今度こそ、ゆうちゃんと一緒にいたい。一緒におじいちゃんとおばあちゃんになりたいの」
そして彼女は笑みを浮かべて返事をくれた。
「あのね、わたしもゆうちゃんのこと好き。昔も今も、ずっとずっと大好きだよ」
幸せすぎて死ぬかと思った。
心臓は止まらなかったけど、笑顔が可愛すぎてキュン死はした。
無事に気持ちを交わし合い、あとは侯爵に挑むのみ。
お嬢さんをくださいってやつを、箸本のおっちゃん以外のひとにやることになるとは思わなかったけど、やらねばならぬ、男として。
手をつないで母屋に赴き、父親たちがいる部屋へ向かう。
ノックをして入室すると、そこには腕相撲をする父親たちがいた。
え、なにこの状況。




