6 クリスティーヌとの出会い①
クリスティーヌにはじめて会ったのは、それこそ赤ん坊のころだろう。あとはどこかの園遊会で、ちょこっと顔を合わす程度。交流というほどの付き合いはしていない。
だから、互いに自覚をもって出会ったのは、初等教育が始まるすこし前だったと思う。
これから学友になるし、家としての繋がりもある。愛娘を教育機関へ通わせるにあたり、ラザフォード侯爵も心配したのかもしれない。
つまり、学校でぼっちにならないか、気にかけてやってくれというかんじのやつ。
初等科はまだ男女を明確に分けて教育はしないし、学校にすくなくともひとりは顔見知りがいる、話ができる相手がいる、という状況を作っておきたい気持ちは痛いほどわかる。
そのころには俺は自分が河野優志だと認識していたし、前世チートというほどではないけれど、社会人だった記憶があるため、同年齢の子どものなかでは群を抜いて優秀だった。
ラザフォード侯爵が俺に「娘をよろしく」した理由は、そのあたりにもあったと思う。
かつては七歳下だった妹の世話をしていた経験もあり、小さい女の子をどう扱っていいのかわからない、ということもなかった俺は、軽く考えて引き受け、クリスティーヌ嬢と会った。
そして首を傾げた。
きちんと顔を見たのがひさしぶりだったので、「こんな顔の子だったっけ?」という気持ちもあったのかもしれないが、それ以上に強烈な違和感と、妙ななつかしさを感じて戸惑ったのだ。
思わずお見合い。
両者、言葉もなく見つめ合っていると、恥ずかしがっていると思われたのか。親同士がまず改めて名を紹介し、庭を歩くことになった。
侯爵家の庭は素晴らしい。名はよく知らないが、花弁がたくさんついている白い花が咲き誇っていて、いい香りがした。
白だけではなく、薄いピンク色だったり淡いオレンジだったり。大小のバランス良く配置されているところも見事だ。
庭師の腕がいいのだろう。客人を案内するにはもってこいの場所である。だが。
「まずは若いふたりでって促されて庭へ出るって、まんまお見合いじゃねえか」
思わず呟いてしまった俺に、クリスティーヌ嬢が目を丸くする。
「えっと、そういう本を読んだことがあって」
俺はそんな言い訳をしたが、就学前の子どもがどんな本を読んでんだよ、んなわけねーだろと、内心でツッコミを入れる。
動揺する俺に、幼女は笑った。
「――すみません、子どもらしくないってよく言われるんです」
「ふふふ、その言い方もちっとも子どもらしくないとおもうわ」
「ですねえ。不思議なんですが、クリスティーヌ嬢の前だと、妙にちからが抜けてしまい、素が出てしまうといいますか」
「わたくしも。なんだか気持ちが落ち着くのです。夢のなかの、あのひとみたい」
「夢に誰かが出てくるのですか?」
「とってもおかしな話なの。ばあやにしかお話していないのだけれど、笑わないでくださいますか?」
イマジナリーフレンドだろうか。子どもにはよくあるやつだ。
その誰かが俺に似ていて、だから緊張しないでいられるのだとしたら、お世話係として都合がいい。
打算的な考えを浮かべる俺に、ご令嬢はとんでもないことを言った。
「わたくしね、夢のなかでは『ニホン』という国に住んでいる女性なのよ」
なんだと?
この子も転生者かよ。
多すぎだろ、この国どうなってんの。日本となにか業務提携でもしてんのか?
呆れる俺に、さらなる爆弾が投下される。
「名前はハシモトクミコ。食堂っていって、町のなかでご飯を提供するお店をおとうさまが経営していて。近所に住んでいる男の子と仲がよくて。その子にあなたがとっても似ているのよ」
ハシモトクミコ
箸本久美子!?
「え、お、おま、え、くー子? くー子なの? は?」
貴族であるからには、幼くとも紳士たれ。
そう教育されてきたのに、全部吹っ飛んだ。
わたわたしながら口を開く。「俺だよ、俺」と、オレオレ詐欺のようなことを言いながら、前世の名を告げた。
「優志。河野優志。こうのじゃなくて、かわの。河野優志だよ!」
「ゆう、ちゃん?」
名前しか情報を告げられていないなか、クリスティーヌ嬢改め久美子はポカンとその名を呟く。目がウロウロと周囲をさまよい、こてんと小首を傾げる。
ああ、その仕草はまさしく、俺が知っている箸本久美子。
髪も目も色が違うけど、俺が好きだった幼なじみ、くー子だ。
そこからは早かった。庭のすみっこにある小さなベンチに座り、互いの情報を開示する。
俺の父親も元日本人だと知って驚いていた。
ラザフォード侯爵家に転生者はいないらしい。把握できていないだけかもしれないが。
「そっか。ひとりでがんばってたんだな」
「ひとりっ子なのは慣れてたし、こういう漫画みたいな体験、できることじゃないから楽しんでもいたんだけどね。でも、そっかあ。あれはやっぱり本当にあったことだったんだね。よかったあ」
「なにがよかったんだよ」
「だって夢にしてはリアルすぎるんだもん。妄想たくましすぎじゃない? 頭がおかしいのかなってときどき思ってたの。ばあやも、あまり他人には言わないようにしましょうねって。たぶん心配してくれたんだと思う」
だから、別の記憶があることは両親には言わず、沈黙を貫いていたそうだ。
俺と同じように、二十代半ば過ぎまで生きていた記憶と経験値があるため、周りの空気を読んで生活することは造作もなかったことだろう。
それでも、孤独は孤独だったはずだ。
俺は父親に泣きついたけど、彼女はそんな相手もいなかったのだから。
「おまえ、やっぱ、すごいよ。俺よりずっとすごい」
「もう、どうしたのゆうちゃんってば。あ、もうちがう名前なんだっけ」
「いいよ。今の名前はユージーンだし、似たようなもんだろ」
「ほんとだあ。偶然だねえ」
のほほんと笑う。




