1 妹が言うには俺は攻略対象らしい①
「お兄さま、折り入ってお話があります」
「どうしたミレイユ、随分と神妙な顔をしているじゃないか」
常に明るく朗らかな妹がいつになく思いつめた顔をしているため、こちらも改まって向き合う。
王立学院へ通うため王都へやって来たころから、時折沈んだ様子を見せてはいたが、もしやイジメにでも遭っているのだろうか。
我がオルファン家は子爵位を賜っているとはいえ、元は平民である。
王城に献上する魔道具を造るようになり若くして男爵となり、やがて子爵へあがった異例な家。
父は己の腕一本でのし上がった職人で、息子としてはそれを誇りに思っているけれど、根っからのお貴族さまからは未だ偏見も多い。
さて、どうしたものか。事と次第によっては、友人である王子殿下にやんわりとご登場願おうか。
こういう「権力にすがる」みたいなやつは好きじゃないんだが、これも可愛い妹のためだ。多少は仕方がない。
そう決めた俺に対し、三歳下の妹は緑眼をきらめかせてこう言い放ったのである。
「じつはお兄さまは『貴女の胸に一輪の花を』という乙女ゲームの攻略対象で、将来もしかしたらマッドサイエンティストになって、ヒロインをモルモット扱いしてあやしい実験を繰り返し、病んだあげく、最終的に国を崩壊させる男になるかもしれないのです!」
唖然とする俺に、妹は苦悶の表情を浮かべて、拳を握る。
「ええ、わけがわかりませんよね。わたくしも言っていて、どうかなと思わなくもないのですが、しかし、やはりはっきりさせておかなければならないと思いますの」
「うん、ミレイユ。すこし落ち着こうか、興奮しすぎはよくない」
「わたくしは落ち着いております。前世を思い出して興奮する時期はもう終わりました。今は絶望しかありませんわ。どうして、どうして……」
そこで顔を俯かせ、声を震わせる。
「よりによってヤンデレ化待ったなしの攻略対象の妹っ。普通こういうのはモブに転生か悪役令嬢に転生して断罪回避とかじゃないの!?」
目の前にいるのは間違いなく俺の妹、のはずだ。
落ち着いた色合いのアッシュブロンドの髪。柔らかそうなふわふわとした髪質を妹は嫌がっているようだが、俺は可愛いと思っている。
現在十五歳。生まれたときから見てきた、三歳下の妹。
そんな妹が、突拍子もないことを言い始めた。
乙女ゲーム?
「……マジかよ」
ポロリと小さく言葉が漏れた。
そのワードは知っている。いや俺自身はギャルゲーしかプレイしたことないけど、それに類する女子向け恋愛シミュレーションゲームを乙女ゲームと称することぐらいは、俺だって知っている。元日本人として聞き覚えがある名称だ。
「えーとつまり。君は、その、日本人の記憶を持っている、という認識でいいのかな?」
「お兄さま、それはどういう意味ですか」
「そのまんま。俺も日本人だったんだよ」
がばっと顔を上げたミレイユに、俺は前世の名を告げる。
河野優志。『かわ』はさんずいのほうの河。だいたい『こうの』と読まれるので、これは自己紹介時の鉄板ネタである。
なお近所には食堂をしている『はしもと』さんが住んでいて、こちらは橋本ならぬ箸本さん。冗談のような名前だが本当だ。子どものころ、そこのおっちゃんに、名前を逆手にとって憶えてもらう手法を教わったのである。
母子家庭。
妹がひとり。
ちょっと年が離れていて七歳下。
住んでいた場所。
つらつらと述べていると、ミレイユの目が大きく開いていく。驚愕のまなざしとは、こういう目のことを言うのだろうか。
「……お、にい、ちゃん?」
「うん、そうだな。前世でも今世でも、俺はお兄ちゃんという立場にあ――」
「お兄ちゃん!? え、嘘でしょ、え、マジでお兄ちゃんなの??」
「うん?」
「あたし、美由だよ。河野美由。美しい由縁、美しい理由たる、可愛い可愛い美由ちゃんだよ!」
「――は?」
自信満々に言い放った妹・ミレイユは、どうやら前世における俺の妹・美由らしい。
マジかよ。




