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第49話 殺し屋が自分の美学に縛りつけられてて終わってる

 自分ルール持ってる殺し屋の皆さん、なんで殺し屋には美学があると思ってますか?


 想像してください。殺し屋には美学が必要って言い出した人は、殺し屋を自滅させようと画策してたかもしれませんよ……?



〜 〜 〜



 たまにはひと駅くらい歩くかと思って静かな住宅地を通ってたら、なんかいい雰囲気のこぢんまりとしたバーを見つけたんですよ。ダイエットはまた今度にしようっことで店に入ることにしました。


 レトロな雰囲気のバーです。カウンター席にボックス席もあるんです。落ち着いた雰囲気で、通うかもしれないと思ってたら、ボックス席にロマンスグレーのイケおじがいるのに気づきました。


「君の目は独特な輝きを持っているね」


 なんだこのキザなおじさんはとか思いながら、お呼ばれしたのでボックス席で一緒に飲むことにしたんです。



※ ※ ※



「バーだけが心休まる場所……そう決めているんだ」


 おじさんはよく分からないことを言って琥珀色の液体に口をつけます。普通に家の方が心休まるでしょって思いましたけど、まあ、色々ありますからね。家庭で肩身狭い系おじなんでしょうね。


「何を飲んでるんですか?」


 私、よくこの質問するんです。自分じゃ頼まないものに出会えるのでおすすめですよ。


「バーではブールヴァルディエしか頼まない……そう決めている」


 決めごと多いな……。話し方もまどろっこしいし。でも、酔ってる時にこういうモードに入ることもあるかとか思ってスルーすることにしました。


「バーにいる間はグラスを空にしない……そうも決めている」


「へえ、美学ってやつですか」


「そんな高尚なものではないよ」


 おじさんはなんか高そうなスーツに身を包んでます。そしたら、私の視線を感じたんでしょうね、おじさんが言うんです。


「常にスーツに身を包む……そう決めている」


「くつろげなくないですか?」


「ふっ、スーツはサヴィル・ロウにあるテーラーの仕立てたものしか着ない……そう決めている。着心地も素晴らしいものさ」


「よく分からないですけど、すごいですね」


「ひとつの仕事に一着のスーツ……そう決めている」


「仕事ごとにスーツ作ってたんですか? めちゃくちゃ大変じゃないですか。なんのお仕事してるんですか?


「しがない殺し屋さ」


「あー、なるほど。だから美学持ってるんですね」


 おじさんが微笑みます。


「驚かないようだね」


「殺し屋の人ってわりといますからね」


「スーツには死んだ者の魂がこもる。だからスーツはひとつの仕事に一着のみ……そう決めたのだ。場合によっては、報酬よりも仕立ての方が高くつくこともある」


「赤字じゃないですか。やっていけるんですか、それ?」


「やっていけないこともあるさ」


 それただのバカじゃん。殺人っていうめちゃくちゃなリスク背負ってんのに新しいスーツ作るので報酬使い切るって……。もはやスーツ作るために人殺してるようなものじゃん。


「殺す時のルールってあるんですか?」


「3つのルールがある」


 この人、訊けばなんでも答えてくれるんですよね。大丈夫? 拷問にめちゃくちゃ弱そうじゃない? あと3って指で出すやり方が出川哲郎みたいで笑いそうになっちゃいました。あの親指・人さし指・中指立てるやつね。


「ひとつ、依頼がなければ殺すことはしない。傷つけることさえも」


 傷つけることさえもって、なんかJPOPの歌詞みたいなこと言ってますよ、このおじさん。


「あくまで仕事ってことですね。でも、急に襲われたらどうするんですか?」


「その時は誰でもいいので依頼をさせることにしている」


「めちゃくちゃめんどくさそうですね……」


「事後依頼としたこともある。必死で依頼人を探したさ」


 その無駄なルールなかったらよかっただけじゃん。自分のルールで自分の首絞めてるだけじゃん。


「ふたつめのルールは──」


 次を催促してないのに自分から喋り始めたよ、このおじさん。まあ、美学も披露する場がないと意味がないってことでしょうかね。よく考えたら、殺し屋が自分のルール破ってても別にどうでもいいですもんね。ルール守ってるよーって言いたいんでしょう。そういう夜もありますよね。…………私、最悪なタイミングで声かけられてんじゃん。


「一度仕事をした者とは二度と仕事をしない」


「え、それじゃあお得意先みたいなのはないんですか?」


「その通り。殺人依頼とは一期一会……そう決めている」


「でも、毎回新しい人から依頼受けなきゃいけないのキツそうですね」


「近頃ではめっきり仕事が減ってきた。人殺しの世界にも不況の波、というわけさ」


「いや、新しい客取れてないだけでしょ」


 おじさん、言い訳できないと思ったのか、最後のルールについて喋り出します。この程度で言い負けるなんて口喧嘩弱そうだね。


「命のやりとりだ。殺す相手は愛さなければならない……それが最後のルール」


「さすがに愛せない人もいたんじゃないですか?」


「でっぷりと太った傲慢な男がいた。粗暴で、人を人と思わない奴だった。おまけに政財界を裏から操り、多くの恨みを買っていた」


「どうやって愛したんですか?」


「愛せなかった」


「へっ? じゃあ、どうやって殺したんですか?」


「殺してはいない。ルールに反するからね。だから、契約不履行で依頼人は私を殺そうとしているのだよ」


「こんなところで酒飲んでる場合じゃないでしょ……」


 でも、おじさん、余裕そうに微笑むんです。私にはもうなんかただ自分のルールにがんじがらめになって途方に暮れて酒に逃げてるようにしか見えなくなってきました。


「バーでは、店を出るのは自分が最後でなければならない……そう決めたのだ」


「よく分かんないルールですけどね」


「この店に入って気づいたのだ。ここは24時間営業……つまり、最後の客などいない」


 自分のルールのせいで店から出られなくなってんです、こいつ。めちゃくちゃバカだよ。落ち着き払ってるけど途方に暮れてるだけじゃん。ここに殺し屋送り込んだらこの人、手も足も出ないままやられるじゃん。


 このおじさんを追いかけてる人に教えてあげたいですね。そしたら店から出られるもんね。この世からも立ち去ることになるけど。とか思ってたら、向こうからマスターがやってきます。


「あの、お客さん、もう1週間です……。そろそろ一度精算して頂かないと……」


「ふっ、金を払うのは店を出る時……そう決めたのだ」


 おじさん、警察呼ばれて逮捕されてました。

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