第39話 サイコパスの世界観が分かりづらすぎてみんなでいい感じのサイコパスキャラを考えた
サイコパスの人ってあんまりこっちの話聞いてくれないイメージあったんですよ。まあ、そういうタイプの奴とばっかり出くわしてきたからだと思うんですけど。
ただ、いくらすごそうなサイコパスでも、それが伝わんなきゃ意味ないんですよ……。
〜 〜 〜
部署全体が追い出し部屋っていう最悪な環境にいる節穴っていう名前の刑事の知り合いがいるんです。ホントは知り合いって思われたくないんですけど、この刑事がいちいちマメに連絡してくるんです。
『サイコパスの尋問するんですけど来ます?』
っていう、新しいカフェ見つけたけどみたいなLINEが来たんです。どういうことなのかと思って訊いたら、未解決の事件を追ってたらサイコパスに行き着いたって言うんです。無能集団だったはずなのに熱意だけでサイコパスに辿り着いたみたいです。あーこれ無能な奴が有能になるパターンのやつかー、と思って夏物の服買いに行くついでに寄ることにしたんです。
※ ※ ※
「あ、来た来た!」
私が現れると刑事たちがざわざわしてるんです。節穴刑事がニコニコしてます。
「署内の厳重な取調室使えるんですよ」
「普通のことじゃないですか」
でも節穴刑事たち捜査一課特殊任務係っていつも署の敷地内のボロい建物に隔離されてるんです。しかも、空虚な任務だけ放られて。だから、久々の本丸に興奮してるのかもしれません。……それって刑事としてどうなの?
「いやいや、鈴木さん、サイコパスを尋問ですよ」
木偶野警部がなんかウキウキした感じでそう言うんですけど、なんか遠足気分なんですこの人たち。
「俺、サイコパスなんて初めてだよ」
「家族に目つけられたらテンション上がるな〜」
「急に僕の過去を知ってる感じ出されたら嬉しくなっちゃうよ」
とか言ってみんな盛り上がってるんです。こいつらが追い出し部屋にいる理由が分かりますよね。まあ確かにサイコパスって家族に目つけがちだよね。マニュアルでもあるんですかね?
準備ができたみたいで、みんなでゾロゾロと取調室に向かいました。サイコパス見たくてトクニン全体行事みたいになってんです。
※ ※ ※
防弾ガラスのマジックミラーの向こうにサイコパスが座ってるんですけど、なんかめちゃくちゃ好青年みたいな感じなんです。向かい側に座ってる木偶野警部の方が尋問されてる側っぽい。
「え、えーと、ですね、これからあなたの尋問を始めるよー?」
木偶野警部が緊張してるんです。もうすでに見てられないよ。そしたら、サイコパスがニコリとしながら言うんです。
「君たちと僕の確率振幅がまさにこの場で増幅されたということだ」
「は、はい?」
出ましたよ。サイコパスお得意の独自の世界観。一瞬で木偶野警部が木偶の坊になりました。いや、もともとそうかもしれないですけど。
「高い情報密度の中で確度のある遭遇だったというわけさ」
「ほ、ほおー、そりゃすごいね!」
もうお手上げみたいな感じで木偶野警部がマジックミラー越しにこっちをチラチラ見てるんです。なにも始まってないのにもう終わってるんです。
こっち側にいるトクニンのみんなもちょっとテンション下がり気味なんですよ。なんか想定してたサイコパスを超えてきちゃって、逆によく分かんなくなっちゃったみたいなんです。
「思ってたサイコパスと違うなぁ……」
「世界観作り上げすぎ……」
「もうちょっと怖さが欲しいな……」
希望通りのサイコパスじゃないからって要望言いすぎなんですよ。まあ、たぶん期待してた分の落ち込みが大きいんでしょうね。確かにこのサイコパス、自分の色出しすぎてズレてんですよね。そこに気づかないと一流のサイコパスになれないでしょうね。だからトクニンのみんなに目つけられるんですよ。本物のサイコパスはちゃんとした刑事引き当てるもんね。
「君たちは都内で起こった連続殺人を追っているのだろう?」
「…………まあ、そうなりますね」
木偶野警部がなんか歯切れ悪いんです。なんだろうと思って節穴刑事に訊きました。
「ああ、なんか今回僕たちもよく分かんないんですけど、サイコパスとコンタクトが取れて、で、話聞くみたいな流れになったんです。あれ、皆さんは経緯聞いてます?」
トクニンのみんなが首を捻ってるんです。なんで誰も事情知らないのよ? なんでそれで都内の連続殺人のこと知ってそうなサイコパスと話することになってんのよ? サイコパスの尋問ができるって盛り上がってただけで、なんのために尋問するのか誰も分かってないんですよ、こいつら。
「人間は環境の中でリアクティブに脳波を変動させる。そうプログラミングされているのだよ。つまりは環境変数が人間を作り出す。反対に言えば、脳の状態から環境を逆算しうる」
ペラペラ喋るサイコパスの前で木偶野警部が脂汗かいてんです。もう限界らしく、こっちの部屋に逃げてきました。トクニンのみんながなんか慰めるみたいに出迎えてるんです。変な人に当たったねって感じで。
「なんか……よく分からなかったな…………」
木偶野警部がめちゃくちゃガッカリしてるんです。サイコパスに夢見すぎでしょ。私は何を見せられてるんでしょうかね? もう夏物買いに行っていいかな?
節穴刑事が言うんです。
「ちょっとサイコパスにもう少し分かりやすくできませんかって頼み込んできます!」
「おお、すまんな……」
いや、どういう要望なのよ?
※ ※ ※
「朝靄の中、君はどのように水滴が形成されるか知っているか?」
節穴刑事の要望を受け入れて一発目のサイコパスのセリフです。トクニンのみんなが肩落としてんです。詩的な感じの方向性かーみたいな。だったらもうちょっと話し合えばよかったじゃん。でも、確かにこれはこれで分かりづらいんですよね。なんかの作品を引用してきた日にはぶん殴りたくもなります。
「鳥のさえずり、舞う風、虫たちの軌跡……あらゆる全てが物語るのさ。そこに雫あれ、と」
木偶野警部が首を捻ります。
「えーと…………、なぞなぞですか……?」
「そうではない」
サイコパスがそれを説明するためにまた詩的な言葉を繰り出すんですけど、モヤモヤにモヤモヤが重なって木偶野警部が吐きそうになってるんです。
取調室に繋がるマイクがあったんで、我慢できなくて言っちゃいました。
「あの、すいません、サイコパスの人、今の感じだとボヤッとしすぎてるんでもうちょっと分かりやすくできますかね?」
マジックミラー越しにこっちを見るサイコパスがニコリとします。
「なるほど。では、少し調整してみよう、鈴木さん」
「私の名前知っててすごいねみたいなのは後でやるんで、今は分かりやすく説明してもらえます? 夏物買いに行きたいんで」
って言ったらサイコパスがめっちゃびっくりした顔してました。でも、気を取り直してくれるみたいです。いや、だったら初めから分かりやすくしろやって話なんですけど。
「この一連の事件は、暴力の中毒によるものさ。そしてその衝動を表現するための人形が欲しかったのだ」
またなんかよく分からないこと言い出しましたよ。さっきよりはだいぶマシですけど。木偶野警部が顔をしかめちゃってます。
「でも、実際に人が殺されてるんですよ。人形じゃなくて」
「ふふふ、今のは形容にすぎない。人類を憎んでいる者にのみ、このような所業が……」
なんかひとつ自分なりの色合いを出さないと済まないんでしょうかね、こいつは? 爪痕残したいのかな? でも、このままじゃマジで無意味な時間過ごすことになりそうだったんで伝えなきゃいけないこと言うことにしました。夏物買いに行きたいんでね。
「あの、木偶野警部見てくださいよ。訳わかんなくてちょっとつまんなさそうにしてるじゃないですか。世界観出したいのは分かるんですけど、もうちょっと一般受けする方向にできません?」
「今のはシリアルキラーの言葉を盛り込んだのだが……」
「あー、そういうの要らないです。知らないから言われてもピンとこないんで」
それからトクニンのみんなと分かりやすいサイコパスキャラを考えたんです。その結果、頭良くてうっすら怖いみたいな方向性がいいということになりました。
「いいですか? 頭の良いサイコパス、世界観が独特なサイコパス、凶暴なサイコパス、色々いると思うんですけど、まずは分かりやすさですよ」
私がそう言うと、サイコパスが素直にうなずきます。自分が表現したいサイコパスから離れる気になったみたいです。大人になったね。
※ ※ ※
「人の肉の味を知っているか?」
サイコパスがそう言うと、みんなが「おお〜!!」とか言って盛り上がってるんです。サイコパスはちょっと戸惑い気味みたいでした。
「あの、これだとありがちなサイコパスみたいになりませんか?」
木偶野警部が首を振ります。
「いやいや、最初はそういうところから始めてさ、徐々に自分なりのサイコパスを出していけばいいよ。まずは基本を押さえないとね」
お前は誰なんだよ? なんで警察の人間がサイコパスを評価してんのよ? 警察よりサイコパス評論家になればいいのに。
でもこれで多少は話聞きやすくなっただろうって思って、私は夏物買いに行くことにしました。ここまで長かったし、事件の話はあとで聞けばいいやって思ったんでね。
あとで聞いたら、サイコパスキャラが固まったことでみんな達成感でいっぱいになって、本来の目的忘れてサイコパス帰しちゃったらしいです。「警察から逃げ出すために……これがサイコパスの狙いだったのか」とかトクニンの人たちが言ってました。お前らが無能なだけでしょって言いそうになったけど我慢しました。




