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春の翼  作者: Mariko
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1・別の場所(5)

 昼休み。涼は学校の図書室にいる。

 秋の日差しが柔らかく射しこんで、天井までぎっしり並んだ本の列の前でほこりがきらきらと踊っている。


 ゆうべは「衝突」のことをミドリに詳しく聞く暇がなかった。

「衝突」のことだけじゃない。わからないことは山ほどある。あそこは本当に別の世界なのか。どうしてそんなところへ行くことになったのか。あそこでミドリと出会い、会話をするには、何かの法則があるのだろうか。


 仮想英会話を起動することとは関係がありそうだ。あのソフト自体が、仮想とはいえほかの世界とつながるものだからだろうか。


 そして、もうひとつのきっかけは、頭にぶつかったあのボール……?

 正確な時刻はわからないが、ミドリの世界でリョウが……死んだ……のと同じころだったはずだ。


 昼休みの時間は限られている。涼は急いで空いている書籍検索用端末の前に座った。

 ミドリは、小惑星が地球にぶつかった、と言った。そんな「衝突」があったら、どういうことが起きるだろう。冬のまま暖かくならなかった、とミドリは言う。


「小惑星」という言葉がタイトルに含まれている本は一冊もない。「太陽系」を探す。これはある。『太陽系の科学』全五巻。発行年を見るとかなり古い。

「天体」を入力する。「天体観測」という雑誌が毎月入っている。「小惑星」をキーワードにその目次を検索すると、数ヶ月前の一冊がヒットした。


 特集:小惑星の謎。シューメーカー・レヴィ彗星の木星衝突からの考察


 衝突?


 涼は画面を見つめる。


 木星に彗星が衝突? そんなこと、あったのか……。


 雑誌は最新号しか書架に出ていない。この号を見るためには、司書に頼んで資料室から出してもらわなくてはならない。


「カードは?」

 司書は、年齢のはっきりしないやせた女性だ。涼の学生カードを受け取ってリーダーにかける。学校で本を借りたり、コンピューターを使ったりするためにはこのカードが不可欠だ。たった今も、涼は端末のスロットにこのカードを入れて本を検索したのだった。


「一年三組……霜村涼……」

 カードにどんな情報が入っているか、生徒たち本人が知る機会はない。生年月日や住所、家族構成はもちろん、成績や素行、もしかしたら、更生キャンプに兄がいることも、このカード一枚でわかるのかもしれない。


 司書が涼を見る。

「天文部ではないのね」

「違います」

 部活動はやっていない。ある水準以上の成績なら、部活動は任意加入になる。成績の悪い者は何かに入部するのが必須で、そこで努力する姿勢が見られれば、進学や就職に際して内申書に有利な記載がしてもらえるかもしれない。学校の考えは、成績が悪いのは生活全般がたるんでいるからで、部活動で規律と生活態度を身につけなければならない、というものだ。


「宿題か何かで?」

「いいえ。興味があって。……あの、木星……に」

 司書は、ボールペンの端を下唇に当てた。

「問題はないと思うけど」

 もう一度、品定めするようにゆっくりと涼を見て、立ち上がる。優等生でいると、やはり得なこともある。


「図書室内で見てね」

「はい」

 涼は、雑誌と学生カードを受け取り、急いで手近なテーブルに座る。借り出せないとなると、あまり時間がない。


 二〇XX年二月、シューメーカー・レヴィ彗星が木星に衝突した。


「今年の二月」とミドリは言っていた。ミドリの世界では、衝突したのは木星ではなく、地球だった。


【シューメーカー・レヴィ彗星は、もとは直径10キロメートルほどの小惑星であった。それが、木星の引力によっていくつかの塊に割れ、連なって木星表面に衝突することになった。

 衝突のときに生じたエネルギーはすさまじいものだったはずで、一説には核爆弾数十個を上回るほどのものだったと言われている。

 この彗星が、もし木星でなく地球に衝突していたとしたら、地球上の生物はほぼ全てが滅亡していただろう。

 他にも、今世紀に入ってから火星・木星で大規模な爆発が観測されており、小惑星の衝突だったのではないかと言われている。特に、二〇一六年三月の木星の例は、爆発をとらえた動画から見て、地球に起こっていたら地球そのものが変形していたであろう大爆発だった……】


【地球上の生物はほぼ全てが滅亡していただろう】

【地球そのものが変形していたであろう大爆発】


 涼は、雑誌を握りしめる。


 核爆弾数十発?


 それがどれほどの破壊を意味するのか、涼には想像もつかない。


     ◆


 彼は「衝突」を知らないんだ。


 あれからまだ十ヶ月もたっていないっていうのに、あたしたちにとっては、もう「衝突」後の世界が当たり前になってしまっている。

 こんなことにも慣れるんだなあ、と思うと、あたしは人って強いのかも、と安心したいような、くやしくて髪の毛をかきむしりたいような、ややこしい気持になる。


 だって、辛い辛いと思ってばっかりなのは嫌だけど、慣れてしまいたくなんかない。こんな生活。


 今まで運良く生き残っている小さい子たちは、お日様のことを覚えているだろうか。


「衝突」の衝撃で舞い上がったチリや、混乱の中で起きた火災のすすなんかで、空は真っ暗になった。っていうか、どこもそうだったんだろうと思う。あのころは停電していて、情報なんか入ってこなかったから、最初はなにもわからなかった。

 雪や雨ばかり降っていたから、各家庭のソーラー発電なんかすぐ役に立たなくなった。風力発電は今でも使えるところがあるらしいけど、電気は非常用と思っていないとだめだ。病院なんかで使えるようにしておかないと。波力発電は、きっと全部壊れちゃっただろう。すごい津波が来たし。


 こういうのをどうしたらいいかわかる技術者も、大勢亡くなったんだろうな。


 風邪をひいたくらいで死ぬことになるなんて、考えたこともなかった。ささいなことが死につながった。お父さんは、持病の心臓の薬が手に入らなくなったってこともあったけど、結局は肺炎で死んだ。お母さんも。リョウと同じだ。あたしはまだ生きてる。なぜだろう。


 みんな、多かれ少なかれ体調を崩している。もしかしたら、心の調子だって崩している。だからって、どうすることもできない。


 ドアを開けてやってきた涼が、この冬から救い出してくれるなんて、あたしだって思っていない。涼はここの状況なんかまるでわかってないみたいだし、だいたい雨だってつきぬけちゃうような不確かな存在なんだもの。


 あの子は、こっちのリョウがいなくなったから、その隙間に入り込むことができただけなのかもしれない。飲み物の自販機の横についてる紙コップみたい。ひとつ取ると、上から次のが落ちてくる。

 それとも、本当は、夜になると現れる元気そうな涼なんか全然いなくて、全部あたしの妄想なのかもしれない。


 妄想でもいい。その妄想の涼のいる別の世界にも、あたしはいるのかな。パラレルワールドだとしたら、こっちの人たちがワンセット全部いたっておかしくないよね。


 ビスケットは湿気ていた。早く食べないとだめになる。でも、食べたらなくなってしまう。配給センターはどうするつもりだろう。


     ◆


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