バンドのメンバー。
フローライト第三十五話。
<12月〇日 PM3時 ○○で>
翔太からのメッセージに書いてあった店はどこか隠れ家的な喫茶店だった。外からはまったく中が見えない。
「ごめん、待った?」と翔太が明希の前に座った。
「ううん、大丈夫」
「抜け出すのにちょっと手こずった」
「そう、忙しいんだね」と明希は翔太に笑顔を向けた。
店員が来て二人でコーヒーを頼んだ。
「翔太は外歩いてて誰かに声かけられることないの?」
「ハハ・・・まあ、あるけど。天城ほどじゃないでしょ」
「そうなの?」
「俺、ただのギタリストでしょ。メインはルイだから」
「ルイってあのボーカルの人?」
「そう」
翔太はそう言ってコーヒーを一口飲んだ。
「明希は声かけられる?」
「え?何で私が」
「明希も有名人だよ?天城の奥さんってことで」
「そうなのかな・・・」と明希は視線を手元のコーヒーに向けた。
「・・・何か色々言われてたことあったね」と雰囲気を察したのか翔太が言う。
「ん・・・」
「あれは大丈夫だったの?訴えるって話も出てたんでしょ?」
「・・・そうだね、でもやめたの」
「何で?」
「だって、あれね。利成の関係した女性からの嫌がらせだったのよ。訴えたりしたらやり返すことになるでしょ?また相手を刺激しちゃうし・・・それに・・・」
「それに?」
「・・・早く皆に忘れて欲しかったの。何もしない方がみんな早く忘れるでしょ?」
明希がそう言って微笑むと、翔太がちょっと切なそうな表情を作った。
「・・・明希も苦労するな」
「そんなことないよ」と明希はまた微笑んだ。
「天城には見つかってないよね?」
「多分・・・でも・・・」
「でも、何?」
「んー・・・何か見透かされてる気がするんだよね」と明希は少し笑った。
「そう?」
「・・・利成って私の気持ちが全部わかるみたいなの」
「・・・・・・」
「ほんの少しの戸惑いや、目線だったり、言葉から全部読まれちゃう」と明希は笑った。
「ヤバイな、やっぱあいつは・・・」
「・・・こないだね、私利成に「別れて」って言ったの」
「え?ほんとに?」と翔太が驚いた顔をした。
「うん、ほんと。そしたら、「何でそう思うのか」って順を追って話を聞いてくれて・・・。時間も遅かったのに、一つ一つ丁寧に・・・。そしたら私の誤解だったってわかって、気がついたら気持ちもね、直ってたの」
「・・・そうか・・・」
翔太がじっとコーヒーを見つめたまま少し沈黙した。それから口を開く。
「やっぱな・・・つまり、それで明希の恐怖症も直したってわけか」
「え?・・・まあ・・・」
「俺じゃダメなわけだよな・・・何か落ち込む」と翔太がテーブルに頬杖をついた。
「そんなことないって。翔太は翔太なんだし。私は翔太だとこうやって何でも話せるんだから」
「そう?天城により?」
「んー・・・利成にはね、少し気を使う時もあるよ。悪い意味じゃないけど」
「俺だと気使わない?」
「まあ・・・」と明希は笑った。
「それはいい意味に取っていいの?」
「もちろん」
翔太が笑顔になる。笑顔は昔のままだった。
一時間ほど話すと翔太が「ごめん、そろそろ戻るわ」と言った。
「うん、お仕事頑張ってね」
「うん、ごめん、いつもゆっくりできなくて。次回は絶対時間作るから」
「うん、いいよ。無理しないで」
「無理じゃないよ」と翔太が明希の手を一瞬だけ握った。
「じゃ・・・」と翔太が支払いの伝票を持った。「あ、いいのに」と明希が言うと「いいから」と笑顔を明希に向けてレジに行った。支払いを済ますともう一度明希に手を振ってから翔太が店から出て行った。
こうやって時々翔太と会うことに罪悪感がないわけじゃなかったけれど、やっぱりこうして話すのは楽しかった。
(こうやってお茶するだけでも浮気って思われるのかな・・・)
じゃあ、自分はどう?と問いかけてみた。利成が誰か女性と時々あってお茶だけする・・・そんなの考えられないけれどちょっと想像してみた。
(あー・・・やっぱり嫌かも?)と思って一人苦笑した。
家に帰ると利成からラインが来てたのに気がついた。
<PM8時 ○○チャンネル見て。後、明日は休みになったよ>
明希は時計を見た。まだ七時前だったので先に夕食を作った。
(でも珍しいな、こうやって知らせてくれるの)と思いながら時間の前にテレビのチャンネルを合わせた。
(え・・・?)
音楽番組が始まっていきなりトップバッターに翔太のバンドが出た。
(翔太は何も言ってなかったな・・・)
え?でも・・・と思う。これを私に見せるのはこれ如何に?
ところが後半、利成のバンドが出た。利成だけはスタジオではなく別な場所で中継だった。
(あ・・・)
一樹の姿も今回はアップで映った。ちょっと格好いいなと思う。
(でも待って・・・いつも自分が出てもこうやって教えてくることはなかったよね?)
これは何かあると考えた方がいいと明希は急に落ち着かなくなった。
(翔太のバンド?これ見せたかったの?だとしたら?)
今日、自分は翔太と会ってきた。でもそれは利成には絶対にわからないはず。
(じゃあ、何で?)
それに利成は中継だから翔太とは会ってないよね・・・。
(あー何なの???)と久しぶりに悶絶・・・。
利成が帰宅した。「ただいま」といつもと変わらない。「お帰りなさい」と利成が脱いだ上着を受け取ってハンガーにかけた。
食事は軽くでいいと言うと利成に食事の準備をしながら、やっぱりテレビのことが気になってしょうがなかった。
「今日、知らせてくれてありがとう。見たよ」と言ってみた。
「そう?どうだった?」
「かっこよかったよ」
「誰が?」と聞かれる。やっぱり何か意図があるに違いないと思うけれど、それが何なのかわからない。
「誰って、利成が」
「そう」
(もう絶対何かある)と確信した。
「利成だけ何で中継だったの?」
「あんまり出る気なかったからね。仕事も被ってたし」
「そうなの?」
「うん」
「じゃあ、仕事途中で出たの?」
「そうだね」
ここでまた沈黙が流れる。明希はドキドキとしてきた。
(出る気はなかったのに出たとは・・・?)
それ以上利成は何も言わないまま、食事が終わると浴室に行ってしまった。
(絶対利成の考えていることを見破るのは無理だ・・・)とソファの上に座って脱力した。
(もう考えるのやめよう)
どうせ利成には敵わないのだと諦めて明希は自分も入浴しようと着替えを取りに寝室に入った。
明希が着替えを持って寝室を出ると利成がちょうど出てきて「どうぞ」と言った。「うん」と答えて浴室に入った。
入浴を済ませてリビングに行ったが利成の姿は見えなかったのでそのまま寝室に行った。寝室にも利成はいない。ということは仕事部屋?と思い、明希はスマホを開いた。
ツイッターで翔太にメッセージを送った。
<今日はありがとう。テレビ見たよ。素敵だったよ>
そしてすぐにツイッターをログアウトするとラインが来た。
<こんばんは>とそれは一樹からだった。
<明希さんのユーチューブの歌、全部聴いたよ。すごく良かったよ>
(えー・・・?全部?)
何曲あったっけ?と考える。ユーチューブを開いてみようと思ったところで利成が寝室に入って来た。
明希がスマホを見ている後ろから抱きしめられる。
「何、見てる?」と聞かれた。
「ん・・・自分のユーチューブね、何曲くらいあったっけって思って」
「ん・・・何で?急に」と背中に抱きついたままスマホを利成が覗いてくる。
「一樹君が全部聴いたって・・・だから何曲あったっけと思って」
「へぇ・・・一樹がね」
「すごいよね。全部なんて」とスマホの画面を閉じた。
「そうだね」と言いながら背中から体重をかけてくる利成。
「重い・・・」と言いながら明希はスマホをサイドテーブルの上に置くと、利成が明希の背中から離れた。
明希がベッドに入ると、利成が上から明希の顔を見つめてきた。
「寝ないの?」と明希は利成を見つめ返した。
「どうするかな・・・」
「どうするかって?」
「明希は一樹のこと好き?」
「え?好きって?」
「好き?」
「好きだけど、変な意味じゃないよ?」
「うん、明希はそうだよね」
「明希はって?」
「一樹は違うよ」
「違うとは?」
「明希としたいわけ」
「・・・・・・」
「わかる?」
「よくわからないけど?」
「そうだろうね」
利成が口づけてくる。
「困ったね」と唇を離すと利成が言う。それから利成はベッドに横になった。
「困るって・・・利成の考えすぎだよ」
「そう?俺の考えすぎ?」
(あー・・・)
「わかんない」
そう言ったら利成が楽しそうな笑顔になった。
「彼を外すことは簡単だけどね」
「え?外すって・・・」
「バンドから外す」
「そんなの・・・やっぱり利成の心配しすぎだよ」
「そう思う?それならいいんだけどね」
「・・・・・・」
「夏目の時みたくね、何かあってからじゃ遅いでしょ?」
「一樹君はそんなことしないよ」
そういったら利成が目を少し見開いてきょとんとした顔をした。
「ずいぶん彼は明希から信用されたみたいだね」
「・・・・・・」
「さあ、どうしようか?」と利成が考える風に天井を見つめた。
「外すの?」
明希は心配になって聞いた。
「そうだな・・・明希はどうしたい?」と利成が明希の方に顔を向けた。
「どうしたいって・・・私はバンドとは関係ないし・・・」
「そうだね。でも、今回は明希に任せてみようかな」
「どういうこと?」
「明希は魅力的だから、今後もこういうことがないとは限らないからね」
「そんな魅力なんてないよ」
「ま、そこは置いておこうか」
「・・・・・・」
「今のところ熱を入れてるのは一樹の方だからね、明希はわかっていないよね?」
「わかんないし、熱なんて一樹君も入れてないと思うけど・・・」
「ユーチューブの明希の歌、いくつあるか数えてごらん」
「今?」
「そう」
明希は起き上がってスマホを開いた。そういえばまだ一樹に返信をしていない。けれど先に自分のユーチューブを開いた。公開済みの曲を数えた。
「50曲?かな」と言ってスマホを置いてまたベッドに入った。
「そう、けっこうあるね」
「うん、いつのまにか・・・」
「これを彼は全部聴いたと言ってきたんだよね」
「うん、まあ・・・ほんとに聴いたのかな」
「ほんとかどうかは置いておいて、明希にかなりな関心を持ってることは確かだよね?」
「・・・そうかな?」
「明希」と急に改まった口調で呼ばれて、明希は利成の顔を見た。
「今日俺がテレビを見てって言った理由、考えてくれた?」
「・・・・・・考えたよ。でもわからなかった」
「そうか・・・」
「何でなの?」
「そうだね・・・簡単に答え言うとね、人は考えなくなるからね」
「・・・・・・」
「たまには宿題にしておこうか?」
「翔太が出てたこと、関係あるの?」
「そうだね、そこも含めて宿題」
「多分、私わからないよ」
「”わからない”からのぞけばわからないだろうね」
「どういう意味?」
「明希のセックス恐怖症を治したのは誰?」
「それは利成」
「はずれ」
「え?だって・・・じゃあ、誰?」
「明希自身だよ」
「・・・・・・」
「俺がいくら色々やってもね、明希が治りたくなかったら治らないんだよ」
「そうかな・・・」
「そうだよ。明希は俺の心をのぞくのが怖いでしょ?」
「そうじゃないよ。利成のフィルターは難しくてわからないだけ」
「俺のフィルターなんて単純なんだよ?覗いてごらん」
「・・・・・・」
「じゃあ、一樹のことはしばらく明希に任せるよ。テレビのことは宿題ね」
「えー・・・もう、わかんないのに」
「考えようね、たまには一人でね」
(えー・・・)
「おやすみ、魅力的な奥様」
(・・・・・・)
あー何かバカにされてる?
「おやすみなさい」
利成が明希の背中に手を回しくっついてきた。
(もう・・・一人で?任せる?意味わかんない)
ふと見ると、明希の胸のあたりに顔をくっつけて目を閉じている利成が可愛く見えて、明希は利成の髪を手で撫でた。
ああ、だけど翔太のことわかっちゃったのかな・・・?と少し不安になった。




