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魔王

 スゥッと息を吸って、まっすぐフロストを見る。フロストの光を一瞬だけ灯された黒の瞳としっかりと目が合い、その視線が離してはくれない。



 その目に、身体の動きを封じられてしまう。それなのに私は、どこか冷静で『これが魔王の力なのか』なんて呑気なことを考えていた。何とか瞬きをして、不思議な力に対抗しようとする。



「……なんだ?」

「えっと。そんなことしてまで、魔王にこだわるの?」



 フロストは、『魔王』の言葉を聞いて窓に視線を投げ飛ばす。どこか居心地の悪いような、してはいけない質問をしてしまったような気分になってくる。

 私は、謝罪をするべきだと思い口をうっすら開く。吸った息は、言葉になる前に消えた。



「俺は、一番下なんだ。しかも、妾の子」

「そ、そうなんだ」



 それだけで、私はフロストが言いたい内容を理解できてしまう。妾で兄弟の中で一番下のこども。なぜその立場のフロストが、魔王なのかと他の兄弟は思うだろう。

 正妻との子どもであれば、なおその気持ちは強まるものだ。自分の力を高めるためには、この手段しかなかったのかもしれない。




 私は、ひとりっ子で兄弟がいない。兄や姉がいたら、と考えたこともあった。それでも、母や父から注がれる愛を一身に受けられることに幸せを感じていた。

 家族の中で兄弟の話題になるたびに、ひとりでいいと言ったものだ。



 だからこそ、このフロストの気持ちに立って考えることが難しい。それに、日本では妾というのも不倫として罪である。ファンタジーの中のことで理解し難い部分があるが、話の内容として納得させた。

 


「魔王は、力がなくてはいけない」

「……だから、妖精の力を借りようってことね?」

 


 ゆっくりと光のない黒目を瞼に隠して、私の言葉に肯定する。これだけ気持ちが落ち込むほど、フロストにとって辛いものなのだろう。


 

 私は立ち上がり、フロストの隣に座った。いつも頭から糸で引っ張られてるかの如く真っ直ぐな姿勢のフロストが、今は肩が丸まり座ったままの香澄でも手が届く。遥か高い位置にあるはずの頭を、そっと撫でた。



 一瞬肩がぴくりと動くが、私にされるがままの状態で大人しくしている。



「私は、ひとりっ子だから……フロストの気持ちはわからない。でも、辛かったね」



 フロストからの返事はない。それでも、フロストの気持ちが晴れるならという願いで優しく頭を撫で回す。胡座の上にのせた手をぎゅっと握り、気持ちを切り替えているようだ。

 それを見た私は、軽くポンポンとしてから手を離した。



 顔を覗き込むことはしない。自分が同じ立場なら、顔を見られたくはない。そっとしておくべきだろうが、生憎この独り暮らしの部屋はワンルームなのだ。


 

 別の部屋で切り替えられるまでそっとしておく、というわけにもいかない。どうしようかと部屋をぐるりとと見て、食器を手に立ち上がることにした。


 

 まだよそったばかりのご飯を冷凍にして、洗い物を済ませてしまうことにする。水の音が、この場を浄化してはくれないかと心の中で思った。



 私は、リビングの扉を閉じ切らずにうっすらと開いておいた。その隙間から覗き見るように、フロストの様子を確認する。少し俯いてはいるが、先ほどよりは幾分背筋が伸びていた。



(ちょっとは良くなったかな?)



 彼の黒の髪が、垂れ下がっていて表情はよく見えない。それでも背筋が伸びて、雰囲気は柔らかくなったように感じるのだ。




 お風呂を沸かして、リビングに戻った。なるべく明るく努めて、フロストの気分が良くならないかを考えてしまう。涼やかな笑みで、フロストにお風呂を勧めてみる。



 今日は、お手玉曲なんて口づさまずに膝を正してローテーブルを挟んで座った。下を向いていたのも、フロストには低すぎるローテーブルの上に例の本を開いて読んでいた。



 両肘をついて、手のひらの上に顎をのせてフロストを見上げる。



「お風呂、お先にどうぞ」

「もう少し、この本を見たいから。先に香澄が入るといい」



 私は、大きな二重の瞳をさらに大きく開いて顎をさっと手のひらから離した。そして、自分の名前を初めてフロストに呼ばれただけなのに欣喜雀躍(きんきじゃくやく)のあまり取り乱してしまう。




「はじめて、名前を!?」

「そうだったか?」




 激しく縦に首を振って、顔の赤さを誤魔化すようにフロストに背を向けて先にお風呂にすることにした。


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