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「まずは、妖精について聞きたいんだけど」

「こちらの世界に7匹の妖精が存在する。その7匹を集めて、魔界に戻るんだ」

「何のために?」

「……魔王の力を維持するために」



 フロストのまぶたが、重力に従って落ちていく。その憂いを帯びた落ちゆく切れ長の瞳を、私は頭の中を白く染めて見つめる。



 虚を見つめている彼に、声をかけるにかけられずただじっと見つめるしか出来なかった。自分のことを用無しだ、と言われてしまうのが怖いのだ。唇を固く結んで、彼からの言葉を待つ。


 

 口をうっすらと開いては閉じて、なにやら言う言葉をまとめているようだ。




「……そろそろ、開かれるはずなんだ」

「開かれる?」

「ああ」




 短い返事とともに、重たそうにまぶたを開かれて私の視線を掬い取る。墨のように黒い瞳に捉えられて、その瞬間に言葉が頭から消えていって声が出なくなった。



 冷たいようなヒヤリとする感覚を、ここで初めて私は感じた。ごくりと喉を鳴らして、背を伸ばして目を開き膝を正して座り直す。


 

「えっと、それは一体なんですか?」

「開き方だけは、知ってる」



 思わず敬語で返事をしてしまうほど、水をうった静けさを感じる。


 

 回答はそれで終わってしまい、先ほどまでの明るい空気感は一変して、シンとした静かな時間が流れた。フロストの何かを考えている顔に、私は瞬きを数回して続きの言葉を待つ。



 静かな空間に口の中の水分が飛んで、舌がベッタリとくっついてしまう。フロストの緊張感が伝わってきて、私までも心拍数は上がって呼吸をしにくくなってくる。



 


 彼はゆったりとした動きで、マントの中を探った。そして独り暮らし用の小さなローテーブルの上に、音を立てて手のひらサイズの鏡を置いた。



 それは、透明度の高い氷でできていそうな美しい細工の鏡だ。部屋の白の照明に照らされて、クリスタルの結晶のようにひかり輝く。

 宝石の光に近いようで違う美しい光に、目を輝かせてしまう。





「キレイ」

「これは、俺が作った鏡なんだ」



 

 少し自慢げに、私の目の前にその手鏡を滑らせた。顎を少し動かして、触ってもいいと言う。促されるままに、その手鏡を手に取った。ヒヤリとした感覚に、冷えた金属に触れた感覚だ。



 鏡の周りの飾り部分は、ゼリーの透明感を感じさせ絵柄のおうとつがしっかりしている。


 ガラスのような透明な装飾から、フロストの大切な物に触れていると言う感覚になる。

 かなり凝った花柄の装飾に、光の屈折で美しい影を落とす。


 

 手の中に収まると、見た目よりもずしっとした重さを感じる。鏡部分は綺麗に写っていて、鏡の中の自分としっかり目が合う。

 ただの鏡なのに、どきりとしてしまった。





「すごい。氷みたいな、宝石みたいな……そんなキレイさ」

「そうだろう。俺の氷魔法は、魔界イチだからな」




 美しさに目を奪われ、先ほどの冷えた空気感など忘れてしまった。目を大きく開いて、輝く氷の鏡を手に取って光にかざした。



(なんでこれを出したんだろ?)


 

 伸ばした背を少し緩めて、身体に込めた力をふっと抜いた。透明度の高いガラスの美しい絵柄は、花を模していてとても華やかだ。

 美しさに見惚れていた私に、フロストが少し高揚した声で話しかける。



「妖精を見つけるために、森に行こうかと思うんだ」



 私は、鏡から顔を動かして数回瞬きをして状況を把握しようとした。視線を行ったり来たりして、思考をなんとか結びつけて、フロストの言葉を飲み込んでいく。




(森、に行く、ってどう言うこと?)



 ごくりと飲み込み、くっついた唇をようやく口を開いた。



「森にいけば、何かヒントがあるの?」

「森の奥に、”秘密の図書館”があるらしい」



 こくりと私は頷いて”秘密の図書館”と言うワードに惹かれた。ウズウズとした気持ちを抑えられず、握っていた手鏡に力を込めた。頬に熱が集中し、目を輝かせるのが止まらない。


 夢物語に、はしゃぐ心と思考回路にどこか前のめりになってしまう。ワクワクとした私の心が、光の宿っていないフロストでも手に取るように分かってしまうだろう。



「その”秘密の図書館”は、どこにあるの?」




 その問いには、私の手の中にある手鏡を指さして答えた。フロストのスッと伸びた指は、血色のない白い肌だ。顔自体にも血色感がないが、手の甲は特に色を感じられない。



「これ!?」

「場所は、知らない。満月の夜に、その月の光を集めて道を作る」


 

 聞きたいことがたくさんすぎて、どうしても質問攻めになってしまう。それを分かってなのか、フロストは質問に淡々と答えてくれた。


 

 春先でまだ日の長さが短く、この時間には真っ暗になっている。部屋を照らす照明は、どこか落ち着いた雰囲気で温かさを感じさせる。


 

 その温かさのある空間は、フロストの纏う氷のオーラさえも徐々に溶かしてしまう。冷えた視線は、今はもう感じられなくなっていた。もはや、私の好奇心と部屋を包む温かさだけがふたりの間に流れた。

 

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