【シャロアンス誕生日2024】恋をするなら天使がいい
シャロアンス誕生日2024書き下ろしです。
きらいだ、女なんて。
俺の幼い頃の記憶は娼館から始まる。
香水のにおい。白粉のにおい。ドレスのにおい。全て女のにおい。きらいだ。
「シャーリィ」
「シャーリィ、飴をあげるから簪挿してくれない?」
娼館の女達は俺をからかってそう呼ぶ。
女の1人が簪を俺の手に強引に握らせた。
「俺はシャロアンスって母さんが付けてくれた名があんの。シャーリィなんて呼ぶな」
呪いのような女の笑い声。
ころころ、くすくす、あはははは。
「アンタみたいな可愛い顔した男の子なら充分男娼になれるわよ」
「そうそう、成長も早いし。やり手婆はアンタを男娼にしたがってる」
「いやだ! 俺は医者になるんだ! そして母さんの身体を治すんだ!」
俺が小さな拳を握りしめてそう叫ぶと、娼婦達は、どっと笑った。
「アンタはここから出られない。アンタの母親が身請けされでもしない限りね」
俺の母は病がちだが、娼婦にとって最悪の病気「梅毒」には罹っていなかった。
だが、身体が弱くてよく風邪をひいた。
そんな母の名は███といった。
「███が身請けされる訳ないじゃない。ろくに店にも出られず、太客もいない」
「ああ、1人だけ常連さん居たっけ。モヤシみたいな男」
「あんな男に身請けが出来るもんか」
腹が立った俺は凍らせた簪を女の髪に乱暴に挿し込むと宛てがわれた部屋に戻った。
女の怒声が俺が出た後の部屋から聞こえてきて、スっとした。
「シャロアンス、他の姉さんの邪魔をしちゃいけないよ」
母が寝台の上で起き上がろうとする。
「寝てて、母さん」
ぽて、と母の額から落ちた手巾を拾い、母を元通り寝かせる。寝台の傍の机の上の盥で手巾を濡らして絞ると少し凍らせ、俺は母の額に乗せた。
「ああ、冷たくていいね。シャロアンス、お前は本当に優しい子だ。あたしの最愛の息子だけあるよ」
「母さん、俺、医者になりたいんだ。医者になって母さんをここから出してあげたい。ここを出て一緒に暮らそう」
「シアリー様があたしを身請けして下さったら、隣の国のシドレース魔法学院に入れてあげる。そこでしっかり学べば医者になれるよ」
枕の上で母はニコリと笑った。
「本当? でもそのシアリーさん、最近来ないじゃないか」
「来なくても、心は繋がっているのよ」
「そうかなー?」
俺は母に背を向けて盥の水を替えに出た。
「…………だってシアリー様は貴方の本当のお父様だもの」
「母さん、何か言った?」
「ううん、なんでもない」
1年後、母の言う通りシアリーさんは本当に母を身請けして俺も連れていってくれた。
母と俺が着飾って店を出るのを娼婦達が悔しそうに見ていたのを覚えている。
俺は馬車の窓から娼館に向かって舌を出した。
俺はシドレース魔法学院に入れる10歳に近付いていた。
「義理の父」は俺を本当の子供の様に可愛がってくれ、母と俺はほんの短い間、幸せに暮らした。
やがて俺は隣国、ルクラァンのシドレース魔法学院に入学した。
全寮制のその学院の新入学生は……俺の背丈の半分しか無かった。
小さいのである。
俺は目を丸くした。
俺は氷の精霊だ。なのに歳の割に人間並に大きいのだと今更ながらに気付いた。
寮に入り、同室になったのはドリュースという樹精の子供だった。
俺とドリュースは気が合った。
しかし、ドリュースはまだ身体が小さいのでよく早寝した。
俺はその暇な時間に母に手紙を書いた。
学んだこと。初めて友達が出来た事。でも一人だけ大きな身体でしっくりこない居心地のこと。
母からは最初は返信が来た。
しかし、3年生になって暫くしてから手紙が途絶えた。
俺は何通も手紙を書いた。全て戻ってきた。
一通だけ住所不明で最後に母から来た手紙はこうだった。
『親愛なる息子、シャロアンスへ。
貴方に伝えておかなければいけない事があります。
私、███は元██████爵の娘だったのですが██████・シアリー様と恋に落ち、家から勘当されて娼館で貴方を産みました。シアリー様は私が娼婦になっても通って下さり、お金を貯めて私たちを救ってくれました。シアリー様は貴方の本当の父親です。私たち夫婦の間に生まれた貴方を私も██████様もこの上なく愛しています』
そんな事、今更言われても。
心の底から吐き気がする愛だった。
本当の父親なら母を娼婦にするなよ。
手紙の後半は見るに堪えない言い訳が並んでいて気分が悪く、母からの手紙は全て暖炉で燃やしてしまった。
炎の中で踊る手紙。
私を焼くのか。私の愛を焼くのか。
あ い し て い る の に。
そんな声が呪いの如くわんわんと頭の中に響く。
同寮生が見つけてくれたが、俺は暖炉の前で気を失っていたらしい。
以来、俺は両親の名前を思い出せなくなった。
記憶に残ったのは俺の名前、シャロアンス・シアリー。教師達がシアリーって呼ぶから家名が記憶に残ったんだ。
7年生になる頃、俺にはカノジョ面した女がいた。俺は女が嫌いだったから抱いた。父のように欲望のままに。その女は喘いだ。父に抱かれる母のように。
気持ちが悪かったのですぐに別れた。
でも男の性は無視出来ずすぐに女を見繕っては抱いて捨てた。
9年生になったある日、俺は校長室へ呼ばれた。
そこでとんでもない事を聞かされた。
6年前に家に強盗が入り父を殺して去り、母は行方不明だと。
情報が入るのが遅れたのは6年前に現国王が俺の故郷に攻め入って、やっと今年統治下に置いたから住民の把握に手間取ったらしい。
シドレース魔法学院は俺の処遇に困ったようだ。
「俺は俺なりに勉学を頑張ります。未払いの学費があるなら卒業して職に就いてから支払います。どうか退学させないでください」
俺は焦って校長に言った。
校長は学費はシドレースを卒業するまでの分が前払いされていると言った。
「上級学院に進むなら奨学金を借りなさい。成績が良ければそのまま返さなくていい奨学金もある。……お父様の事は残念だったね。お母様が早く見つかるように祈るよ」
……優しい人だ。
校長室を出て教室に戻り、上の空で授業を受けていると。窓の外の木にボールが引っかかった。
何の気なしにそのボールが『世界から放り出された俺』みたいだな、と見ていると。
ふわり。
緑の縁どりの透けた羽根を持つ小さな天使がボールの側まで飛んで来て、葉っぱみたいな小さな手でボールを掴んだ。
俺はその一部始終に見蕩れていた。
天使が振り向いた。
金色の髪、翠の瞳、整った顔立ち。
背中の羽根はいかにも神聖なもののよう。
幼い天使が木の上に居た。
するとその天使が、こっちに気が付いて窓ガラス越しにニッコリと笑った。
俺は息を呑んだ。頬が、耳が熱い。
天使は片手で俺に向かって手を振ると、地上へ向かって飛び立った。
俺は窓ガラスに張り付くようにして天使を目で追った。
地上……校庭では生徒が球技をしている。
それでようやく天使がシドレースの何処かのクラスの一員だと知った。
休み時間に情報通のドリュースを捕まえて天使の居場所を吐かせたくらい、俺は天使に執着心を持っていた。
「風精のフィローリだろ? いまだに新入学生みたいに小さいから目立つよ。知らねーの? 嘘ぉ」
「知らねーから聞いてんじゃねーか。そ、それで何処のクラスだよ?」
「放課後に紹介してやるよ。でもアイツ、お前のカノジョたちと違って小さいし、男だぜ?」
「は?」
は? 男? 天使に性別ってあんの?
あー、でも男でもいいやぁ……。
女なんて、きらいだから穢すんだよ。
天使は穢さない。穢したくない。
「早く会わせろよ、早く!」
「もー、引っ張るなって、シャロー。フィローリは逃げねーよ」
「天使には羽根があるんだよ。逃げるかもしれねえじゃん」
「天使? 確かに長時間飛行魔法使ってるから天使に見えるけどさ。ほんとどーしたんシャロ?」
ドリュースは観念したのか休み時間にフィローリの元へ案内してくれた。
「初めまして、僕はフィローリ・アーシャ。シャロアンスの事は入学した時から知ってたよ。あ、初対面なのに馴れ馴れしく呼んでごめんね」
初めて会ったフィローリはやっぱり天使だった。
恋をするなら、こんな奴がいい。
─END─
如何でしたでしょうか?
愛に呪われた男、シャロアンス。
フィローリへのじれじれの片思いはこんな理由がありました。
フィローリに出会ってから彼は明るくなります。
結局は喪うんですけどもね。
愛に不幸な男は作者の性癖です。
HAPPYBIRTHDAY。