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因習村ウォーフェア  作者: 九木圭人
突入前夜
9/59

突入前夜4

 「諸君にはこの要塞化しつつある村に潜入、人質三名を救出してもらいたい」

 分かってはいたが、随分厄介な仕事になるだろう。

 何しろ、俺たちは特殊部隊でも何でもない。その出身者こそいるだろうが、それでも組織としてはごく普通のPMCだ。

 それも、そういう事件の解決を担当するはずの地元警察がさじを投げたところに投入されるのだ。


 恐らく俺以外の連中の頭にも同じ考えが浮かんでいるのだろうが、そんな事は指揮官も理解しているだろう。

 何か声が上がる前に、更に広範囲を映した写真にプロジェクターが切り替わって、より具体的な説明に入る。

 「これが村の周囲を含めた写真だ。見ての通り、住宅や施設が集まっている辺りを取り囲むようにして田畑や山地が広がっている。県警の調べによって、農作業用ドローンが定期的にこの上を飛行しているとのことだ」

 そこでワイプに表示されるクワッドコプター。まさかこの状況で農作業をしていますという意味ではあるまい。


 「この辺りのドローンは農協を通して一括注文したとのことで、全て同じ機種を使っている。メーカーに問い合わせたところ、多少改造すればカメラを積むことも可能との回答があったそうだ。つまり、現在は監視ドローンとして運用されている可能性が高い」

 村の外縁部に広がっているその辺りには人家も疎らで、田畑の他には山しかないという、絵にかいたような田舎の農村だ。


 つまり、何も遮蔽物がなく、上空からの監視を逃れる術がないという事。


 「その上、老人や子供を含む現地の村民が不定期に巡回を行っており、侵入者を警戒している。彼らに戦闘能力はないだろうが、その土地勘と部外者への敏感さは斥候としては十分な脅威だ」

 田舎に行って、誰か一人に知られると翌日には村全体に存在が知れ渡っているなんて話はよく聞くが、こうなってしまうと笑い話では済まされない。ただでさえ俺たちは目立つのだ。下手に村に近づけばすぐさま露見するだろう。


 だが当然、何の対策もなくそこに突っ込めという指示は出ない。

 画面が切り替わり、村とは異なる山の中の写真。

 画面の下端=南の端には単線の線路が映っている。


 「このため、村への潜入には地下のルートを使用する」

 写真の真ん中辺り、山間を縫って東西に横断している片側一車線の道路のすぐ脇から、北に向かって一本の線が伸びていく。

 「現在地から県道を西に進んだ先、雛前という無人駅から山道を通っていくとここに出るが、ここに現在は使用されなくなった下水道が存在している。暗渠化されて久しく、雛宮村の村民も多くはその存在を忘れているはずだ。施工時の資料によれば1985年に暗渠化を完了し、その後15年に渡って利用された後はただのトンネルとして残されている。これを用いて外縁部を通過、村の中心部にほど近い電波塔付近に出る」

 再び雛宮村全景へ。

 左下の林に囲まれた区画に赤い点が表示され、それから伸びる線が小高い丘の上の鉄塔に続く。


 「村内への潜入はアルファ、ブラヴォーの2チーム。地元警察が周辺地域を封鎖し、チャーリーと警察の混成による即応部隊を組織する。要救助者の身柄を確保した場合には、この即応部隊によって回収が行われる。即応部隊には我々のAPCと警察車両の他、ヘリ一機が用意されている。各指揮官は部隊間通信を常に使用できる状態にしておけ」

 映像に挙げられたアセットが表示される。アーマーラインのストライカーとIMV(歩兵機動車)、それに県警のパトカーに恐らく覆面だろうセダン。


 「次に潜入後の行動だが、消息を絶った捜査官の最後の連絡によると、おそらく自分の身に起こることを予期していたのだろう、人間を監禁できる場所をいくつか挙げているが、その中でも雛宮村郷土資料館と公民館の可能性が高いとしている。ここと……ここだ。また父親の方からも消息を絶つ直前に地元警察に連絡があり、そこでもこの二か所を挙げている」

 先程の鉄塔から少し北に進んだ場所と、東に進んだ山地の麓に二つの円が現れ、件の施設を囲む。


 「よって、これら二つをアルファとブラヴォーによって同時に襲撃、拘束されている要救助者を確保することになるが――」

 映像に再びエフェクト。村の全域を網掛けが覆い、村内の複数の箇所に土地を囲うような線が現れる。

 「現在、村の全域に通信障害が発生している。携帯電話、無線通信、広範囲にわたって不通となっている。その原因となっているのがこの電波塔。正確にはそれに併設されたラジオ局だ。例の捜査官の調べで、ここに軍用のジャミング装置が運び込まれているという情報がもたらされている。更に、村内の各所に害獣除けの電気柵が張り巡らされているが、これには高圧電流が流れるようになっている。クマや猪を追い払うための代物だ。人間が触れれば当然無事では済まない」

 その説明に応じて、網掛けと複数の線がそれぞれ強調される。


 「このため、アルファは電波塔の制圧、ブラヴォーはここの送電用の鉄塔を破壊して村内の電子妨害を解除、同時に通信及び送電網を破壊し、敵側の抵抗を弱める。電気柵もドローン同様に一括契約したものだ。メーカーによれば停電時は自動的にブレーカーが落ちる仕組みになっている。電波塔は災害時の緊急連絡の役目も担っているため予備電源を備えている。確実にジャミング装置を破壊しろ」

 毛細血管のように画像に浮かび上がる送電網。

 その大本、村の外に通じている大量の電線が通る鉄塔に、ブラヴォーチームを表す矢印が伸びていく。


 「前段作戦完了後、郷土資料館と公民館へ。到着後同時に襲撃を行い、三名を救出する。質問は?」

 「二つの候補地に人質がいなかった場合は?」

 かつてのブラヴォー2=現在のブラヴォー指揮官が尋ねると、壇上のシュローデルは一瞬緒方さんに目配せを行った。

 「可能な限りの情報を収集して退却しろ。ただし、確度の高い人質の位置情報を得た場合、作戦の続行もあり得る」

 つまり、場合によっては捜索と救出を同時に行う事になるという事だ。弾は持てるだけ持つべきだろう。

 反応は様々だった。

 互いに顔を見合わせる者、何かを口走る者、何も表にせずただ己の中だけで処理する者。


 その中から次の質問。今度はレイマン=アルファ指揮官から。

 「敵の規模と装備は」

 これに応じたのは緒方さんだった。

 通訳として牧村さんを通しながら、現状の説明が入る。

 「現在までに分かっているのは、村内で密造された銃火器で武装した歩兵二個中隊相当の戦力は確実に存在するということです。内訳としては、最も多いのが訓練キャンプに参加していた過激派団体の構成員。それに続いて同様に武装した村の青年団。これらが数的主力と言えるでしょう。……そして確証のある情報ではないものの、少数ながら海外の軍隊経験者もしくは現役の軍人が参加しているという情報があります。可能性が高いと考えられているのがこの人物」


 画面に映し出されたのは、アジア系の初老の男。恐らくまともに撮った写真ではないのだろうという事は、その被写体の人物がそっぽを向いて何かの指示を出している事でなんとなく分かる。

 「この男は呉英龍(ウー・インロン)。元PLAとされていますが、詳細は不明。村内において軍事顧問のような立場にいるものと思われます」

 それから緒方さんは一拍置いた。

 これから口にすることは、果たして本当に話してよいのだろうか――そんな風に己の中で再確認するかのような一瞬。

 結局話すべきという結論に至ったのだろう、改めて自らに視線を向けている我々を一瞥すると、再び口を開いた。


 「……皆さんにはあまり関係のない話ですが、この事件には政治的な背景が絡んでいると我々は見ています。本邦における大きな政治的スキャンダルに繋がる可能性もある問題です。そしてそれ故に、この作戦はどこで横槍が入るか分からず、事件全体を把握しているのはこの部屋にいる人間だけに限定することとなりました。こうした理由と、単純な能力の点からも、極めて危険な男です。十分に警戒してください」

 「危険とは、具体的には?」

 尋ねたのは横にいたシュローデルだった。


 「一つ目は彼の能力です。村内の要塞化は恐らく彼の指示によるものでしょう。我々の調査によれば、彼は解放軍時代部隊指揮の経験がある。それに加え非正規作戦に従事していたという情報もあります。そして、この村で運営されていたと考えられる訓練キャンプ。そこの指導的立場にいたという情報も上がってきている。皆さんにとっては釈迦に説法かと思われますが、これらが事実なら優秀な将校が統率する部隊を相手にすることになります」

 それは確かにそうだろう。

 一匹の狼に率いられた百匹の羊は、一匹の羊に率いられた百匹の狼よりも恐ろしい。

 連中の訓練キャンプがどういうものかは分からないが、例えにわか仕込みの民兵であろうと、彼等を知り抜いた熟練の指揮官が率いている場合は決して馬鹿にできない脅威たり得る。


 それから彼はもう一度俺たちを見た。

 これから話す内容が、あまり口にしたくないものであると、その表情がどんな内容よりも雄弁に物語っていた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

次回も昨日と同じ時間帯に投稿予定です

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