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因習村ウォーフェア  作者: 九木圭人
突入前夜
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突入前夜3

 「大きな資本というのは有難いものだ。資産(アセット)に困ることはない」

 指揮官がそう言って、巨大なガンラックを一瞥する。

 「ラニル、TAR-21がある。あれを使え」

 「ありがたい。了解した」

 指揮官が示したプルバップ式のアサルトライフルが大男の腕の中に納まる。

 決して小さい銃ではないはずだが、彼が持つとそうは思えない。


 「ダン、お前は417だ。使ったことは?」

 「大丈夫だ。任せろ」

 「ネロ、P90を」

 「了解だ」

 「ジェイは“仕事道具”一式にMP5を。他はM4だ。全員レーザーを必ずマウントしろ。それとサプレッサーもだ。音だけでなくマズルファイアを隠す必要がある」

 M4カービンは全員に行き渡るぐらいあったし、指定のアクセサリも同様だった。

 言われた通りのセッティングを終え、そこにドットサイトも追加する。

 それ以外にもそれぞれが必要な諸々を揃えたら、後は訓練だった。

 この部隊で動くための全てを一日で叩き込む必要があった。

 幸いな事に、アルファとブラヴォーの練度は大差なく、あちらで覚えたことはこちらでも役に立ったし、なにより共通のドクトリンによって、部隊員同士のコミュニケーションをとるのにそれほど時間がかからなかったのは大きい。


 訓練を終える頃には、俺も彼らの動きや考えが分かるようになったし、彼等もまた俺の事をそう思っていた――ついでにブラヴォーでも呼ばれていたヒロというあだ名もつけられていた。

 その日は一日、暗くなってお互いの顔すら見えなくなる状況で、暗視装置を用いて日中と同じように動けるようになるまで訓練。それから併設の仮眠室で死んだように眠り、翌日にはそれぞれの荷物と身柄、そして各種の装備と武器弾薬を詰め込んだバスで現地へと移動する。

 その間も常にパトカーに前後を挟まれ、管轄が変わっても別のパトカーが同じ役割を引き継いで、現地まで俺たちをリレーする。


 「まるでVIPだな」

 誰かが漏らしたその言葉はあながち嘘でもないだろう。

 もし万が一、俺たちが何かを企んでこのバスごと行方をくらますような事があれば大騒ぎになる。故に、極僅かでも俺たちから目を離す訳にはいかないのだ。


 そんな奇妙なバス旅行はしばらく続き、高速道路を降りて目的地の近くの警察署へとバスが滑り込んだ時には、既に15時を少し回っていた。

 七利山(しちりやま)署というらしいその古びた警察署の中へと案内され、恐らく署員なのだろう大勢の好奇の視線を浴びながら奥の会議室へ。

 前を行くダンとネロの声が漏れ聞こえる。

 「見世物みたいだな……」

 「珍しいだけだろ」

 まあ、恐らくそうだ。

 俺たち以外にも二つの部隊が続々と奥へと進んでいく。

 特に観光地と言う訳でもないこの辺りで、国際色豊かな集団がものものしい荷物と共に集まって来れば、嫌でも注目は集まるだろう。


 その注目の的たちがたどり着いたのは、建物の奥にある会議室だった。

 古い教室のようなそこは、そこだけで他の部屋とは通路一本挟んだ別の区画になっているようで、部屋の前後に設けられた扉は、一本の廊下で繋がっている。

 その廊下の両方の終点には警官が二人ずつ配備され、この警察署の入口でそうしていたように、微動だにせず立番していて、野次馬もここから先には入ってこられないようになっていた。


 通された会議室に全員が着席すると、前側の入口から入って来た三人組が正面の黒板の前に並んだ。

 二人は警官。もう一人は恐らくうちの人間だろうという事は、彼等の制服と人種でなんとなく想像できた。

 その二人のうちの一人。40~50代くらいの男の方が小さな演壇に登り俺たちを一瞥する。

 一目で、彼がこの数日ほとんど眠っていないという事は分かった。


 「県警警備部の緒方といいます。まずは皆さんの協力に感謝を申し上げます。それと、現状についてお伝えします」

 その内容を隣にいた女性警官が翻訳する。

 俺の拙いそれよりも遥かに滑らかな――後でダンに聞いたところでは修道院みたいなお堅い――英語で。

 「――ご挨拶が遅れました。今回情報支援を担当します。同じく警備部の牧村巡査部長です。よろしくお願いします」

 年の頃は俺と同じぐらいだろうその人物はそう付け加える。

 それから最後の一人、アーマーライン社の人物。

 白髪で皺の刻まれた顔は、しかし鋭い眼光を俺たちに向けている。


 「今回作戦指揮を担当するシュローデルだ。さて諸君、長旅ご苦労だったが、残念なニュースだ。今回山を眺めて金を貰う事を期待していたのなら、それは不可能になった」

 その間に巡査部長がプロジェクターを用意している。

 映し出されるのは鄙びた山村の全体図と、例の写真の三人。

 「もう間もなく、この三人の消息が途絶えてから48時間が経過する。これまでこちらの緒方氏と彼のチームであらゆる努力を続けてきたが……我々の出番となった」

 そう前置きしてからプロジェクターが表示した村の全体図の前から動く。


 つまり、突入して奪い返す以外のあらゆる手段が功を奏さなかったということだ。


 「これが雛宮村だ。この写真が撮られたのは3日前。それ以降は村に近づくことができない。主要な道路は倒木や土砂崩れによって封鎖され、七利山から続く唯一の道である橋も落とされている」

 倒木や土砂崩れ、そんなものが発生する程にこの辺りの天気が荒れていたという様子はない。

 俺たちの目がそうした写真に向いている事を確認してから、彼は更に続ける。


 「要救助者の一人、細川隆一郎は、村の中で武器の密造が行われているという情報を掴み、その内偵捜査を行っていた。消息を絶つ前の最後の連絡の際、彼は武器だけではなく、それを扱う人間も育成しているという話をしている。犯罪組織や過激派の政治団体……要するにテロリスト相手の訓練キャンプが置かれている、とな。大方その詳細を掴もうとしたのだろうが、それより前に身柄を拘束されたものと思われる」

 ここ日本だよな?思わずそれを疑うような話だ。

 田舎の村で武器を密造。テロリストの訓練キャンプを設置。およそ俺の知っているこの国の姿ではないと理性が拒否反応を示しているが、同時に頭のどこかでそうでもなければ俺たちがここに来ることはなかったと納得している。


 「そして……ここを見てくれ」

 指揮官の指示したのは村の中心にほど近い場所に建つ日本家屋。正確には恐らく小高い丘の上に建っているのだろうその家と、その前を走っている道路を繋ぐ私道の辺り。ただの芝生なのだろうそこに、小さいが掘り返した穴のようなものが点在しているのが見える。


 「蛸壺だ。私も日本の家屋に詳しい訳ではないが、これが一般的にどこの家庭にもあるものではないということは確かめてある。ここの他にも何か所か、蛸壺が設けられた場所や、開けた場所には塹壕らしきものが見られる場所も存在している。その上、所々ビニールシートで隠蔽された建造物も見られる。鼠穴(屋内外を行き来するための穴)やトンネル、或いは何らかのアセットを隠している可能性が高い」


 つまり、ただの素人がさらった訳ではないという事だ。

 恐らくは軍隊経験者。それも、防御陣地の作り方を知っている者が混じっている。

 3日前の時点で衝突を想定してこれなのだ。今頃はこれ以上の要塞になっていてもおかしくはない。

 それこそ、地雷やブービートラップ、山林を利用したトラップなども考えられる。


 武器の密造、兵士の育成、そして築城能力のある指揮官。

 自分に提示された報酬を思い出す。いくらかの割り増しがされたそれが、休暇を切り上げての仕事である事から、つまりは休日出勤に当たる理由でのものだと思っていたが、どうやらそうではない。

 危険手当というか、死亡手当の前払いみたいなものだ。


(つづく)

今日はここまで

次回は本日19時~20時頃投稿予定です

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