突入前夜2
「自分と指揮官の空席はどうなります?」
後部座席で揺られながら、バックミラー越しに前の二人に尋ねる。
俺のピンチヒッターはともかく、指揮官については顔を知っておきたいところだ。今後戻ることがあれば、必要によって、或いはそいつのミスによって俺に死ぬように命じる事になる人物の顔を知っておきたい。
「ミャンマーでのロープロファイルを終えたロシア人と南アフリカ人のオペレーターを充ててある。特に目立った経歴はないがブラヴォー2と面識のある男で人間的な問題も聞かない。まあ、馴染むだろう。それと指揮官の方は2が繰り上がりとなる。彼も古い。なんとか回るだろう」
統括管理官の説明に、ハンドルを握る今回の指揮官が続ける。
「お前の目下の問題は、うちの馬鹿どもに気に入られることだ。ブラヴォーの新顔二人が古株たちの信頼を勝ち取った時に居場所があるように、な」
「了解ボス」
車は米軍基地の近くにある倉庫へと滑り込んでいく。
アーマー・ライン日本支社が買い取った古い倉庫の入口には制服姿の警官が二人。その片方に全員分の社員証を提示して、記載されたQRコードが俺たちの身分=正真正銘の関係者であり、ここに厳重に納められている、目の前の警官たちの配属先の警察署よりも豊富にあるだろう銃器と爆発物を扱う資格がある人間であることを証明するのに数秒。
「確認しました。どうぞ」
重々しいゲートが開かれて中へ。
自分の会社の施設に立ち入るのに検問を受けるというのも妙な気分だが、世界一厳重な銃規制の敷かれているこの国では仕方のない事だろう。
「こっちだ」
建物のすぐ近くで車を停めて中へ。
指揮官の後に続いて入ったのは、元は事務室か何かだったのだろう二十畳ほどの部屋だった。
「全員揃ったな」
指揮官の声に八つの目が彼と俺を見比べる。
「こいつが今回の通訳だ。アフガニスタンではブラヴォーチームにいた男で、元自衛隊……つまりこの国の軍隊の出身。ロッソの穴を埋める5を務める。つまり己のケツを守ることは出来る。護衛対象とは思わなくていい」
そこで指揮官が俺に顎で合図=自己紹介しろ。
「芝山国広です。今回の通訳を担当します」
それだけでよかったようだ。八つの目は品定めするように見ていたが特に質問が入ることもなく、すぐに指揮官が続けた。
「念のため名乗っておこう。ランディ・レイマンだ。このチームの指揮官と、今回の潜入部隊の統率官を務める。アルファ1、指揮官、ボス、呼び方は何でもいい」
「了解しました。よろしくお願いします」
差し出された大きく黒い手を握ると、力強い握手が返って来る。
改めて彼を見る。
180cmはあるだろう長身と、40ちかい年齢にも関わらず服の上からでも分かる陸上選手のそれを彷彿とさせる引き締まった褐色の肉体が、彼の経歴=第75レンジャー連隊に10年間勤務していたという事実が嘘ではないと物語っている。
その彼に連れられて、他の隊員を紹介される。
「彼がアルファ2だ。元IDF(イスラエル国防軍)で、うちの副官だ」
そう紹介されたのは、大柄の指揮官より更に大きい、190cmほどあるクルーカットの大男だった。
「アヴィ・ラニルだ。衛生兵でもある。よろしくな」
「どうも。よろしく」
彼についてはブラヴォーにいた頃から名前は聞いたことがあった。
クラヴ・マガと空手の使い手で、野営中に遭遇したクマと格闘した挙句殴り倒したという逸話の持ち主として。
その隆々とした筋肉と、子供の太もも位ありそうな逞しい腕に残る爪痕のような古傷が、その噂話は嘘でも誇張したものでもなさそうだと物語っていた。
「それでこっちがアルファ3を務める。ダニエル・フォリーだ。俺と同じ陸軍の出身だ」
「ダンと呼んでくれ。よろしくな通訳さん」
続いて紹介されたのは俺と同じぐらいの年齢と背格好の白人兵士だった。
口の中にガムを転がし、差し出された腕にはH・Jなる人物への愛を誓ったのだろうハートマークとイニシャルのタトゥー。
「よろしく」
握手を交わして次へ。
恐らく指揮官と同年代だと思われる、小柄なアジア人の前に引き合わせられた。
「それでこっちがアルファ4。元タイ海兵隊のチャナティップ・サムシット。トラップの専門家だ」
「本名はそうだが、ジェイと呼んでくれ。昔からそう呼ばれている」
「あんたがうちに飛ばされてくるきっかけになった男だよ」
口を挟んだのは先程のアルファ3ことダンだ。
「それはどういう……」
答えたのはそのきっかけ本人。
「会社の人間が突然俺に聞いたんだよ『お前日本にいただろう。日本語は話せるか』って。だから俺はちゃんと俺の経験に基づいて答えてやった。『どこの女ひっかけに行く?あんたは白人だからきっと入れ食いだろう』って。そしたら何も答えずその場であんたに連絡し始めた」
ダンがからからと笑い、指揮官が真面目な顔で補足する。
「聞いての通り、2年程日本にいたが盛り場で通じる言葉以外の日本語を話せない。だが他の仕事に支障はないから、その点は安心しろ」
それに関しても彼は異論がないらしい。
「そういう事だ。よろしくな通訳」
笑いながら握手を差し出して来た。
「こちらこそ、よろしく」
最後になったのはこれまた俺と同年代と思われる白人だった。
背は高く、俺の知る限り白人には珍しい程に真っ黒な髪の毛を短く切り揃えている。
「最後がアルファ6だ。元カラビニエリで、名前はレオーネ・チェルレッティだが、ここでは専らネロと呼んでいる」
「ネロ?」
これまた本人が握手を差し出しながら答えてくれた。
「黒って意味だ。あんたの前の5が同じ名前だった。信じられねえよなそんなことあるか?で、そいつが赤毛だったんで区別のためにロッソ。俺がネロって訳だ。ロッソの奴は奥さんと大喧嘩の末ケツに穴増やされてここには来られなくなっちまったが、まあそれでも俺はネロだ」
脇道を指揮官が元に戻す。
「彼がうちのドライバー担当……というより車狂いで、タイヤで走る乗り物なら何でも動かせる」
本人が再び口を挟む。
「10トントラックからミニバイクから幼稚園の三輪車まで何でもな。むかし乳母車にもぶち込まれそうになったことがあったが……まあこれはいいか」
何か気になる話が出てきた気がするが、指揮官の視線を感じ取ったのかそこで打ち切りになった。
「よし、全員武器庫に移動しろ。武器を用意する」
言われた通り、彼に従って奥の部屋へ移動となった。
何重にも施錠されたその場所は、その名称に相応しい武器の山だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日0~1時頃に投稿予定です