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因習村ウォーフェア  作者: 九木圭人
雛宮村
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雛宮村4

 「ッ!!」

 それが一人や二人ではない事は、聞こえてくる声の量が物語っている。

 「間違いないか?」

 「ああ、さっき帰って来るのを見たって、後藤の婆さんが言っていた」

 いくつかの声が外で響き、それよりも大きくチャイムの音が何度も響き渡る。

 「おーい、瀬田ちゃん。出ておいで」

 「いるんだろう?瀬田の娘さん」

 ドアの叩かれる音。チャイムの音。


 「ひっ、ひっ……」

 その場に屈みこみ、震える手でスマートフォンを掴む。

 「助けて……お父さん……」

 取り出したそれは、圏外の表示で冷たく私を突き放した。

 「なんで!?さっきまで普通に――」

 「おおい古田さん!こっちだ!!」

 「ドア頼む!」

 「おう、待ってな!!」

 下から聞こえてくる声――そして何かが壊れる音。


 「よし、開いたぞ!」

 嬉しそうな声。

 その他の声が、より一層近づいてきている。

 「やっぱりいる。靴がある」

 「鞄もだ。おーい!悠莉ちゃん!!」

 尻のすぐ下に、声が迫っている。

 その声には怒りも、戸惑いもない。ただごく普通のこととして人の家の玄関を押し破って侵入している。

 狂っている――それ以外に感想は出てこない。


 「上かな?」

 「……ッ!」

 階段の軋む音とその声が聞こえて、私は部屋の隅に体を押し込んだ。

 ――そこに窓があったのは、奇跡的な偶然だったのだろう。


 「……」

 やるしかない。

 迷いは一瞬だった。

 窓の外には屋根があって、屋根の端のすぐ下にエアコンの室外機が置いてある。

 大丈夫。きっと大丈夫だ。

 いや、大丈夫とか大丈夫でないとかではない。やるんだ。


 「やらなきゃ……やらなきゃ死ぬ……!」

 自分にそう言い聞かせて、私は裸足のまま、窓の外に飛び出した。

 「くぅ……っ!!」

 冷たい屋根の上を、バランスを崩しそうになりながら早足で降りていく。

 後ろからの声はない。まだ私の部屋を探っているのか、或いは窓が開いている事に気付いていないのか。


 「よっ……と、っと、と」

 危うくバランスを崩しそうになりながら室外機の上へ。

 そのまますぐに敷地の外へと走る。

 足の裏に感じる地面の硬さや痛みも気にせず、古田工務店のトラックから身を隠すようにして裏へ周り、それから私は一目散に駆けた。


 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 どこに逃げても太鼓の音は鳴り響いていた。

 一秒ごとに深くなる夕闇の中で、提灯の明かりが反比例して輝きを目立たせていく。

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 その光の中を走って、走って、走り続けた。


 「おや、瀬田さんとこのお嬢ちゃんかい?」

 「ッ!?」

 そうして走り出してから最初に出会った村の人間が駐在さんだった時、私は初めて立ち止まった。

 「どうしたどうした。さ、入りなさい。ここにいれば大丈夫だから」

 駐在さんの言葉が、私には初めてこの村で信頼していい人だと思わせてくれた。

 東京にいた頃は何も感じなかったその制服姿が、今は何よりも頼もしく見えた。


 「あ、あ、あの……家が……ッ!」

 息が上がって、それにパニックで中々上手く話せない私を駐在さんは駐在所の中に入れてくれて、外から見えないように奥の台所のような場所へと案内してくれた。

 「もう大丈夫だ。ゆっくり、落ち着いて話してごらん」

 駐在さんに促されて、私はようやく自分の見た事、身に起こった事を言葉にすることが出来た。


 宮入さんに選ばれた事。家に大勢押しかけて来た事。扉を破って家に入ってきた事。二階の窓から脱出してここまで逃げてきた事――それら全てが思い出すと改めて恐ろしくて、たどたどしくつぎはぎのようにして伝える私の話を、駐在さんは黙って聞いていてくれた。


 「なるほど、よく分かった」

 話が、この駐在所に到着する辺りまで来ると、彼はそう言っておもむろに立ち上がり、電話機の方へと向かった。

 「大丈夫。ここにいなさい」

 そう言ってどこかに連絡する駐在さん。

 ああ、助かったのだ。きっと外に連絡してくれる。そう思ったとたん、私は体から力が抜けるのを感じた。


 「ああ、どうも。前田です。……ええ。ええ」

 駐在さんがちらりと私の方を見て、それから電話の方に意識を戻した。

 「ええ。問題ありません。こちらで保護しています。はい。ちょっと待ってくださいね」

 そこで通話を中断。もう一度私の方へ。


 「ここまで来る途中、どこか怪我とかしなかった?大丈夫?」

 「え、あっ、はい……」

 幸い、足の裏が少し痛いぐらいだし、それも切ったとか皮がむけたという感じはない。

 きっと病院の手配をしてくれているのだろう。そう思って、通話を再開する駐在さんの声を聴いていた。


 「ええ。大丈夫のようです。はい……雛納めには問題なく使えるかと」

 一瞬、何の反応も出来なかった。

 何かの間違いではないか、そんな風に考えた。


 「ッ!!?」

 だけど現実は、無数の太鼓の音が、いつの間にか周囲を取り囲んでいた。

 「そんな……ッ」

 窓を開けて外を確かめる。

 駐在所をぐるりと囲む、人、人、人。

 村の人たちが総出で駐在所を囲み、例の太鼓を叩きながらこちらに迫って来る。

 ガモちゃんが、環ちゃんが、蒲生家のお婆さんが、古田工務店の人が、呉さんが、他にも私の知らない人たちが、口々に何か歌いながらこちらに近づいてくる。


 「宮入さん、宮入さん。お宮の方へ来やしゃんせ。綺麗なお雛になりゃしゃんせ」

 「宮入さん、宮入さん。御身洗いに参りゃんせ。御身清めに参りゃんせ」

 「宮入さん、宮入さん。そっくり穢れを剥きなんせ。清めてお宮に参りゃんせ」

 「宮入さん、宮入さん。山のお宮に行きなんせ。立派にお勤めしやしゃんせ」


 あの子たちの歌っていたその歌が、うなりとなって私を取り囲んでいる。

 「ひぃっ……」

 ぺたん、とその場に屈みこんでしまった。

 きっとこれが腰が抜けるというものなのだろう――そんな冷静に考えている余裕などないのは分かっているが、脳も体も完全にフリーズしてしまっていた。


 「さあ、怖がらないで」

 その言葉を最後に、私の視界は封じられ、口も塞がれた。

 首筋にちくりと何かが刺さる。


 「立派なお雛になろうねぇ」

 その言葉が、急速に薄れていく意識の中に僅かに響いた。


(つづく)

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