狂気の中へ8
音を立てずに扉を微開。隙間から覗き込むと事務室のような場所に二人の兵士が立っている。
その向こうは今度こそ出口。開け放たれたそこはどうやら、彼らが入り込んだ場所だったのだろう。
「ここを通って向こうへ。連中の裏をとる」
片方がそう言ってポイントマンに立ち、こちらに向かってくる。
咄嗟に俺たちは扉の両脇に避け、それぞれがナイフに持ち替えて息をひそめる。
一瞬の目配せ=ポイントマンがダン。バックアップが俺。
扉が向こう側に動き、フラッシュライトによる雑なクリアリングと共にポイントマンが中に飛び込んできて扉から更に一歩先へと進んだ。
「ッ!!?」
その瞬間、そいつが一瞬のうちに暗闇に消える。
すぐ後方にいたバックアップからすれば、目の前の相棒が右側に吸い込まれたように見えたかもしれない。
そしてそいつ自身が既に扉をくぐっていたのが致命的だった。
「あっ――」
奴が一瞬だけあげた声は、まだ断続的に外から聞こえてくる銃声にあっさりとかき消され、同時に腎臓の辺りに刃が差し込まれている。
「……」
体を支えるように絡みつけた腕に、奴の体重がずしりと感じられて、そのままゆっくり床に寝かせる。
現実において、少なくとも俺の知る限りの現実において、ハリウッド映画やカンフー映画のような流麗なナイフファイトなど存在しない。
あるのは今回のような不意打ちの一撃による、何をされたのか分からないままの死だけ。
もしくは映画のように互いの刃が届く距離で斬り合った挙句、その場と数歩離れた場所で両者とも死ぬだけだ。
「片付いたな」
「ああ、そっちも」
相手の衣服でべっとりと血の付いたナイフを拭う。
これまでの作業服ではなく、森林を想定したと思しきデジタル迷彩の施された野戦服と、その上から纏っているプレートキャリア。
そして持っているのは恐らく村内で密造されたと思われるAK-74N。ご丁寧にキリル文字まで刻印されている。大方、密輸品に偽装して製造元を隠蔽するためだろう。
どんぐりの背比べではあるが、動きはこれまでの連中とは違う。
そして装備に関しては明確に他の連中よりいいものを持っている。少なくとも生きている兵士で防弾装備をしていたのはこいつらが初めてだ。
「――ッ!!」
そこで思考を中断。視界の隅に映った人影に反射的に銃を向ける。
向こうも外に繋がる扉の前、向こうも同様に反応したが、遅い。
連中が5.45mmの銃口をこちらに向けるよりも前に、俺たちの抑音器が連中を延長線上に捉えていた。
くぐもった銃声がいくつも轟いた。
5.56mmと7.62mmの、それぞれの銃弾が飛んだ。
「……クリア」
一発も撃たれることなく危機を乗り越え、今度こそ扉から外を確認。
扉の正面には建物の隣にあるのと同様のフェンスがそびえ立っていて、その向こうに見えるのは隣の建物の錆の塊となったトタンだけ。
そして左手、けたたましい銃声を上げ続ける軽機関銃が、そのマズルファイアで辺りを明るく照らし出している。
「よし、あれだな」
周囲の安全を確認して俺たちはピックアップトラックの荷台で銃弾をばら撒いている男に照準する。
「周りはこちらでやる」
機関銃手をダンに譲り、俺はそのテクニカルを盾にして駄目押しの攻撃を加えている敵兵二人にドットサイトの赤い光点を合わせた。
連中の誰も、俺たちに気付いていない。
しぶとく抵抗を続け、時折頭を下げなければならないような精度で反撃してくる侵入者の相手で手いっぱいのようだ。
「よし、やろう」
「了解」
言葉はそれだけ。
再びセミオートで連中に撃ち込んでいく。
機関銃手が運転席に向かって頭から飛び込むようにして倒れ、その事を理解できないでいる後ろ二人にも確実に一発ずつ撃ち込んでいく――それぞれ二発ずつ。確実に仕留められるように。
「タンゴダウン」
「オールアルファ、テクニカルを始末した」
ダンの宣言と共にインカムに届くそれぞれの声=四つ聞こえたことが、俺たちの行動が無駄ではなかったと物語っている。
そしてそれを聞きながら、ダンが機銃を指さした。
「よし通訳、あれを頼む。向こうにまだ残っている奴を掃討してくれ。援護する」
言いながら走り出した彼に続き、走る勢いのままピックアップの荷台に飛び乗る。
同時にすぐ後ろで銃声。生き残っていた相手をダンが始末した。背後は任せてよさそうだ。
「こちらアルファ5、テクニカルで後方の相手を撃つ。こちらには攻撃するな」
返事を待たず、最後の執念とも言える機関銃手の左手をひっぺがし、奴の足元に転がっていたドラムマガジンを拾い上げて装填。
まだ事態に気付いていないのだろう、正面に見える敵の増援部隊に照準。
「……ッ!」
軽く引き金を引き二発。それから間を開けて三発。
そこでようやくこちらに気付いたようだが、既に遅い。
「ッ!」
ボンネット前にいた一人を確実に捉えて倒す。
すぐさま水平に銃身を動かして、その横のもう一人を追い回す。
弾を吐き出し続けながら横薙ぎ。ミシンで縫うように銃弾が相手を横断していく。
そしてその間、攻撃の手が止まったことで勢いを取り戻したレイマンたちが、より近くから確実に仕留めていった。
挟撃していたはずがいつの間にか自分たちが二方向から攻撃されている――それを理解した者はいなかった。
「タンゴダウン」
理解する前に、そしてその場合に取るべき行動=すぐさまその場から撤退に思考がたどり着く前に、俺たちは連中を殲滅していた。
「アルファ指揮官よりオールアルファ、全て片付いたようだ。被害は?」
返った声は俺含めて五人分。誰一人戦闘能力を喪失した者はおらず、残弾も士気もまだまだ十分だ。
「ゲイザー1よりアルファ、次の増援が道路沿いに接近中だ。再び挟撃されるぞ」
「了解した。オールアルファ、このヤードの奥に抜ける。奥にある山を通って病院に向かうぞ。 ゲイザー1は引き続き上空からの援護を頼むオーバー」
「了解したアルファ指揮官。だが山中は視界が十分に効く訳じゃない。あまり頼りすぎるなよ。ゲイザー1アウト」
予定変更。
今からヤード=水上自動車の敷地だったのだろう、無数の車両が並ぶ空き地を通り抜けて、その背後に聳える山に隠れる。
何があるのかは分からないが、かと言ってあまりゆっくりしている時間はない。
追いつかれないよう、しかし慎重にかくれんぼと鬼ごっこを同時にこなすことになる。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




