プロローグ
「ブラヴォー1を確保!あそこの一階に駆け込む!」
すぐ背後でブラヴォー2の叫び声を聞きながら、俺は未だ収まらない砂塵の向こうに銃を向けていた。
「担いだな!3は先導。残りは援護しろ!」
叫び声に答えるつもりで口を開きかけ、すぐさま盾にしている擱座した装甲車に銃弾が跳ねる音がして首を引っ込める。
IED(即席爆発物)でやられたそれが、まだ盾として使えるぐらいに形を留めていたのは――そして一名を除き乗員に犠牲者がいなかったことは――なにより幸運と言っていいだろう。
あとは、この幸運を何とかして持たせるだけだ。
「了解!」
頭を引っ込めながら叫び返し、顔の代わりに銃だけを遮蔽物から出して弾をばら撒く。
「行け!走れ!!」
叫び声と共に背後で動き、唐突に俺の肩に手が置かれる=俺のスタートの合図。
「ッ!」
舞い上がる粉塵の向こうから撃ちかけてくる相手に、姿も見えないまま撃ち返しつつ走る。
僅か数m。だが、そのほんの僅かな距離でさえ、無事に通過できる保証などどこにもない。
砂塵の向こうに弾をばら撒きながら、先行する仲間を追い抜かないようにして目的地=ビルの一階に設けられた、今は誰もいない飲食店の跡地へと滑り込む。
赤黒い血の線をなぞるように駆け込んだのは、今は誰もいない、落書きだらけのシャッターがひしゃげて中が丸見えになっている、かつての食堂。
「ブラヴォー2よりCP!チェックポイントヤンキーでIEDと民兵の襲撃を受けている!現在モーテル『ファーティマ』一階で応戦中!ブラヴォー指揮官が負傷している!至急救援を送れオーバー!!」
到着と同時のブラヴォー2の叫び声を聞きながら、崩れかけたブロック塀に身を隠してマガジンを替える。すこしずつ収まって来た砂塵の向こうからは、未だに乾いた銃声がいくつも聞こえてきている。
「オールブラヴォー、救援が来る!ジョーとヒロは外を見張れ」
ご指名の通り、ヒロ=俺はもう一人の隊員とともに外の監視へ。
崩れ落ちたブロック塀と、その修復用だろうか、積み上げられていたコンクリートブロックや土嚢を盾にして、背中合わせに往来を監視。
――ここにIEDが仕掛けられていればひとたまりもない。チェックの時間は僅かしかなかった。
「……」
だが今は割り切るしかない。そもそも、IEDも伏兵もあったような場所だ。本来なら一刻も早くここを離れるべきだろう。ただ、その為の恐らく唯一の手段=乗って来た装甲車は失われ、次の指示を出す指揮官も失われようとしているのだ。俺たちに出来るのは救援まで幸運が続くことを祈りながら目を皿にして周囲の動きに神経を張り巡らせる以外にない。
「CP急いでくれ!出血が激しい!それに……ああ、クソッ!足がない!!」
一度だけ振り返る。建物の中は陰になっていてよく見えないが、それでも三人の男たちが、一人を囲んでなんとかそいつの命を繋ぎとめようとしているのは分かる。
だが、分かるのはそこまでだ。噴水のように吹き上がる血を浴びて、見知った相手ですら誰が誰なのか分からない程に染まっている。
そしてその空間からはっきりと聞こえてくる。怒号、絶叫、悲鳴。
「ッ!」
意識を自分の仕事にすぐに戻して、目の前の世界を見る。どこにどれほど敵がいるのかさえ分からない、敵意に塗れた世界をM4カービン越しに。
先程から攻撃を受けている方向から数発。こちらもようやく落ち着いてきた視界に映った人間のような姿めがけて数発。
走っていく人影が建物の影に入って――そして静寂。
「行った……?」
じゃりじゃりする口から漏れた声への返事が背中から返って来る。
「こっちもだ。ラッキーならいいが……ッ!!」
再び銃声。だが今度は遠い。
どこか他所で戦闘が発生したのか、こちらに向かっている救援が?
だが、その疑問より体の反応の方が速い。
「ッ!!」
視界の隅に映る道路の反対側の建物。その勝手口のような扉が開く映像に反射的に銃を向ける。
「ちっ……」
引き金に載せていた指を僅かに浮かせて、銃口の延長線上から、頭を布で覆った女が何か現地の言葉で叫びながら飛び出してどこかに逃げ去っていったその扉を外す。危うく誤射するところだった。
「……ッ!!」
そう判断して、ほんの僅かに息を吐いたところで、すぐさま弦を張り直すように銃を向ける。女の後ろかから戸口に現れた“神の戦士”と鏡合わせに。
男子三日会わざれば刮目して見よ――そんな言葉を言ったのは、高校の時の世界史の先生だったか。
三国志の何とかいう武将の言葉だそうだが、詳しくは忘れてしまった。
流石に三日は無理でも、人は変わるものだ。それが本人の意思によるものなのか、周囲の環境によるものなのかはともかく、常に不変という事はあり得ない。
例えば、その高校時代全くと言っていい程出来なかった英語を、今は――非常に拙いながらも――なんとか仕事で使えるぐらいになった俺のように。
外資系企業の社員。今の俺の仕事は多分それに分類される。
仕事で海外を飛び回り、同僚と英語でやり取りする。だがそう言われてイメージするだろう仕事と違う所は、俺の役目はスーツでオフィスにいるのではなく、プレートキャリアを身に着けて、ライフルを抱えて目を光らせておくことだったという点だろう。
民間軍事会社アーマー・ラインのアフガニスタン派遣部隊。コールサインブラヴォー5。それが今の、より正確に言えば二週間と少し前の俺だった。
(つづく)
因習村という言葉を聞いた時、やりたいと思っていたネタをやってみる
因習村ホラー(ホラー?)+銃火器という悪ふざけみたいな組み合わせ、怖いもの見たさにでも楽しんでいただけたら幸いです。