入学式
ちょんまげとスーツ。
鎖国を数百年も続けて、独裁政権を握り続ける東京時代の権力者である東京将軍のトレードマーク。
現在執り行われている入学式で、国民神と奉られる彼の肖像画に向かって、新入生たちが、プロパガンダ
国歌を歌い始めた。
広大な面積を誇る体育館には、入学者の数百人全員が集結して、熱唱している。みんな、どうせ心の底では
こんな国歌、歌いたくはないと思っているはずだ。
でも歌わざるを得ない理由があるのだ。
会場には、新入生の他にも、学長、教授陣が出席しているのだが、それだけじゃない。なんと、日本刀を携帯している
輩もいるのだ。
彼らは幕府軍と呼ばれる国直属の警察的な存在であり、国民の生活活動全般を監視する役割を担っている。特に
幕府軍は国歌侮辱罪に極めて鋭敏であり、些細な行為でも、それが罪として捉えられてしまうのだ。
例え、国歌を歌いそこねても、だ。
これが、僕達が嫌なプロパガンダ国歌を熱唱しなければならない、絶対的な理由だ。
僕の現在位置は最後列の1番端の手前で国歌を歌っている。この位置からだと歌わなければ、すぐに幕府軍に
バレてしまうので、真ん中の生徒よりも意識的に努力しなければならない。なので精一杯大きく口を開いて、
声を出した。
合唱中、僕はふと、チラリと横目を逸した。
僕の視界が捉えたのは、最後列の最も端に立つ一人の新入生だった。
不良のような人間だった。髪の毛を金に染めて、学校指定の制服を限界まで崩し、それに立っている態度も
かなり横柄に映ってしまう。
しかしながら、僕の意識は次の瞬間、大きく奪われた。
彼の顔面が物凄く格好良かった。それもただのイケメンではなく、何というか、ロックスターのような雰囲気
を持っている。
だけど彼は国歌を熱唱していない。それどころか、将軍に対して侮辱した態度を顕にしているのが明らかだ。
目つきを細めて、ポケットに手を入れている。眠そうに瞼も半開きの状態。
このままじゃ、彼は逮捕されてしまう。
と国歌を熱唱しながら、内心で心配していると、僕の懸念が最悪の形として現実に顕現してしまった
のだ。
体育館を取り囲むように監視している幕府軍の一人が、彼の侮辱的な行為に気づいて、接近してきた
のだ。それも彼は刀を鞘から抜き出している。
そして彼と幕府軍の距離が限界まで近づくと、
「おい!我らの将軍に対して、侮辱しているのか!」
と怒声を迸らせながら、肩を掴もうとした。
瞬間だった。
「「「ははは!!!」」」
突然、体育館の何処から謎の笑い声。
音源を特定するために、国歌を熱唱しながら、首を動かしてみる。
笑い声は体育館の入口から発せられたらしい。そしてそこには、複数の生徒達が肩を並べながら歩き、
豪胆にも笑い話をしているではないか。
彼らは新入生とは異なる制服を纏っている。恐らく上級生なのだろう。
「お前ら、ここは新入生以外は立入禁止だ!」
先程まで僕の隣の新入生を逮捕しようとしていた幕府軍は、そちらの方に意識を逸らされた。
上級生らしき人物たちに罵声を浴びせると、追い出そうと走り出した。
「やべぇ、逃げろ!」
「待て!」
しかし、途端、彼らは逃げ出してしまった。
そこで、国歌斉唱が終了した。
波乱もあったのだが、何とかプロパガンダ国歌斉唱が終了すると、ようやく、入学式が幕を閉じた。
そして始まった。
僕の学生生活。