第七話 終焉
広い部屋。ベッドに横たわる田沢と、そのベッドの脇に立つアリシアがいる。いくつものケーブルが田沢から周囲のモニター類へ接続されている。
「マスター、先生の最後の原稿……いや手紙ですね」
痩せた震える手で田沢はアリシアから原稿用紙を受け取った。
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田沢へ
よくぞ謀ってくれた。
いつから俺は死んでいたんだ? それを感じさせず、俺と史奈との日々を商売に結びつけたお前のことを一生恨む。
とはいえ俺はすでに死んでいるんだったな。
では恨むということはもうない。お前はお前の人生を歩むといい。
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「そして、私宛の手紙がこちらの二枚です」
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アリシア・レンオアムへ
竜王の呪いを解いた羊飼いの娘は俺の執念という名の呪いを解くためにやってきたのだろう。
田沢のもとにやってきた不運、そして俺という存在の不思議さが君の成長を推し進めることを願う。
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追伸 此処から先は田沢に見せるかどうかは君が判断してくれ。
田沢はおそらく先がないのだろう。
だから俺を見ることの出来ない君をあんな嘘までついて俺に紹介したのだと思っている。
田沢には感謝しかない。君のマスターは世界一いい男だ。
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田沢はアリシアへの手紙を見てしばらく考え込んでいた。
「アリシア・レンオアム」
「はい、マスター」
「彼らは、幸せ、だったのだろうか?」
「私には幸せという概念の知識が不足しております。が……」
田沢はベッドに横たわったままアリシアの顔を見ている。
「幸せというものは他人が決めるものではない。マスターと、そして彼と彼女と過ごすことで理解できました」
「そうだな。それが、正しい。さすが、第十世代だ」
田沢はアリシアへ手をのばす。
アリシアはひざまずく。
田沢はアリシアの頬を撫で、微笑む。
その頬を撫でる手を愛おしそうに包み込むアリシア。
「そして、私は、君に、出会えた、幸運を、今、感謝している。私は、幸せ、だった、が、アリシア、君は、どうだったのだろう? 私は、おそらく、酷い、主、だった」
とぎれとぎれに語る田沢の手を取るアリシアの手は、少し震えていた。
「そんなことはありません。私にとって、マスター、あなたは最高のマスターです」
「そうか、ありがとう……少し、眠る」
「はい、おやすみなさいませ。良い夢を」
田沢の手がアリシアから離れる。
アリシアは天を仰ぎ、そして田沢の手を組み、開いていた瞼をそっと閉じさせた。