お喋り言葉
作家志望なら当然だが、休日に小説を書いている。カーテンから差し込む朝方の光と、パソコンのキータッチ。誰しもと同じように頭を抱えながら執筆中。
小説のタイトルは「資本主義の敗者」という題名。現代社会を生き抜くには適さないが人情のある話「今日の朝何食べた?」少し黙って欲しい。つまりボクは人「人肉ってニンニクとも読めるよな」
これだ。左手で目を覆った。
「なぁ君達。ボクは今、小説を、文字を書いているんだ。同じ文字なら解るだろう。少し口を閉じていておくれ」
そう口にして言「残念ながらオレ達に口はないよ。あ、オレは言だ」
ならばとタイプして文句を言う。"あとでかまってあげるから「やだよ」"
タイピングした文字列にいきなり挟まるカギ括弧。これは恐らく「ら」が喋「書かれたと語るは違うぜ」あぁ、もう。
メモを引っ張り出して、かっこつけて買った万年筆を走らせる。"お願い頼むから「どーも再登場」"「ら」を書いた時点でカギ括弧が現れている。どこからインクを拝借したのかさっぱりだ。紙の上にインクをこぼしたら小説にでもなるだろうか。だとしたら楽「AIでいいじゃん」
ボクは、いつもこうだ。ため息をこぼす。机の上にはノートパソコンと文具。部屋はベッドとタンスと窓にエアコン。その程度の暗くない健全空間。そこでノイローゼの風味を味わう。
ボクは執筆を初めてこの頃、言葉が勝手に喋り出していることに困っていた。文中で書かれた言葉達が勝手「ほらこうして」に話すのだ。ほら、こうして。小説を書いていると頻出するアクシデント。バックスペースはもうすぐクレーター。
こうなると、公募に間に合うのか不安になる。「もっと早くな」今のは句点が喋っていたのか。
戯れに、メモパッドに文字を書く。あ。い。う。え。お「かきくけこ」
ふと、アイデアが浮かぶ。名作を思いついたかのように明瞭な閃き。つまり、この現象を小説にすればいいのではないか。
では早速、言葉に質問「ばっちこい」する。
「君達は何者なんだい」
そう聞いてみるも返事はない。しばらくして、我ながら苦笑。スポイトで、インクをコピー用紙に落とす。たちまち言葉に変わった。
「言葉」
返答「答えたぞ」のようだ。あぁ、ありがとう。
「なんで話すんだい?」
「言葉だからだ」
「どういう目的で」
「話者による。我々は手段」
次への問いが喉に詰まる。彼の言うことは、納得の甲斐があった。では、こいつは誰だ「私だ」ろう。
「今は、どの言葉が喋っているんだい?」
「今は言葉が喋っている」
「らとかあではなく?」
「そうだ」
じゃあ単語ずつ性格でもあるのか「私は優しい」話に挟まるのは優しくない「いじめないでよ」悪い「反省してよね」はいはい「本当よ?」くどいなぁこの「い」は。
「しかしだね」ボクは面白くなって両手を絡めた。「君は手段と言ったが、それが目的意識を持っているじゃあないか。君のように」
「錯覚だ。言葉が行使されるからには、目的、つまり話のオチや内容があると錯覚する」
「そうかい」
言葉は、なるほど意思伝達の手段だ。コピー用紙のインクが言っている事に間違いはない……のだろうか。煙に巻かれているような気もする。
「では」質問を変えよう。「では、なぜ話すようになったんだい」
ある意味、一番聞きたかったことだ。この現象を小説とするからには、やはりオチが必要だ。ミステリアスな彼らの目的が明らかになれば、それは山場「それっぽければなんでもよさそう」だ。よくも言ってくれたな。
インクは形を変える。
「元から喋っている。『私が喋っている』と言えば『私』が喋っている」
「で、今ボクが話しているのは『私』ではなく『言葉』であると」
「そうだ」
「ずいぶんお喋りだね」
「言葉だから」
「なら君について教えてくれよ」
インクの動きが停止した。これはどういうこ「言葉を言葉で説明するのは堂々巡りだよ」とだ。
返す言葉もない。先程から言い負かされてばかりだ。
そこでボクはひとつ提案する。「なら、劇をやってくれないかな。そうすれば何かお話になるだろう」
これでは小説にならないから、彼らが何かしてくれればいい。
インクは分裂し、再度集合、「劇」という形になった。
「違うよ。演技をしてくれ」
インクは再び別れ、紙から飛び出して机を汚す。そしてまた形になった。今度は文章だ。
"おてかとんば話じペッ駄らん単どどどか馬馬場"
文章になっていない。だが何が面白いのかその後も文が続いている。いつまでも続き、机では足りなくなった。フローリングにまで伸びた。清掃業者を呼んだら通報されるだろうか。
ふと気付く。さっきから考えを邪魔されていない。どうやら、彼らなりの劇は当人らに好評の様子。これでようやく、作業に集中できる。そう思って、ボクはふぬけた顔で笑った。
……ところで、なぜボクはこうも説明的にものを考えているのだろうか。まるで小説の地の文だ。そしてなぜ、ボクの考えに言葉が割り込んできたのだろう。ボクは小説ではあるまいに……。