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◇銀竜公爵の憂鬱(フレデリク視点)

「全く君は女泣かせだね……後でフォローする僕の身にもなってくれよ」

「ふん……」


 リュミエール嬢を案内したその夜、僕は執務室でレックスと酒を()み交わしていた。実は、彼女の身元を調べ、この公爵の妻に推薦したのは僕自身だ。


 選んだ理由を強いて言うならば……あの時リュミエールを抱き上げるレクシオールの姿が、あまりにも絵になっていたからというただの勘、こじつけだ。とはいえ一応身辺調査はしてある。


 通いで屋敷に務める者から色々と聞き出したところによると、リュミエール嬢は亡くなった前妻の子供で、両親やあの姉達に酷い扱いを受けているらしい。


 屋敷から出ることもほとんど許可されず、食事なども一番最後の残り物を与えられ、顔を合わせば罵倒を浴びせられるという絵に描いたような冷遇っぷりだ。おそらく茶会で彼女の悪評を広めたりしたのも、あの姉二人じゃないだろうかと僕は思わず邪推してしまった。


 レックスも最初は助けた弱みに付け込むようで気分が悪いとは言っていたけれど、あの場で見たことや、調査報告を(かんが)みてほぼ即断に近い形でフィースバーク侯爵にリュミエール嬢との婚約を申し出た。


 こんなことを言うのは野暮だけどさ……内向的で結婚相手として都合がいいとか言っていたけど、本心はきっと違うと思うんだよね。……イイ奴だからさ、彼は。


 ま、そんなこんなでリュミエール嬢を結婚を前提として、この城でしばらく様子を見ることになったのだけど……。


「可愛い子でよかったじゃない。子犬のような純真さで、つい守って上げたくなってしまうよね」

「そんなことはどうでもいい……。問題は公爵夫人としての適性があるかどうかだ。……あまり、丈夫そうには見えんしな」


 レクシオールの顔に苦みが走る。

 まだ母親のことを引きずっているのかと思いつつも、口には出さないでおく。


「君はそればっかりだな……よく堅苦しくて息がつまらないねぇ。まぁ、僕から見ても、あんまり向いていないように思うけどね」

「ならば、教育せねばならん」

「誰がさ……まさか僕にふろうとしてるわけじゃないよね? 僕は男だよ?」

「……む」


 レクシオールが眉尻を少し下げたのを見て、僕は苦笑した。

 ……この朴念仁は 信用している人間以外には見向きもしない所があるから、自然と一部の人間だけ人使いが荒くなる。ま、学友のよしみで、僕なんかは好きで手伝っているんだけど。


 僕の自嘲を、レクシオールは気持ち悪そうに眺めながら、質問を質問で返してくる。


「では誰がやるのだ……?」

「……君がやってみるって選択肢はないわけ?」

「俺は女の扱いなど心得ておらんし、公爵家当主としての仕事がある」

「あのねえ……」


 (こいつはもう……)と思いながら僕は額に手を当てる。


 もちろん、彼と婚約したのはリュミエールが一人目ではない。

 成人する前から結構な数の女性がレクシオールと婚約したがっていた……それは見ての通り、彼の美貌のせいだ。


 齢が同じ頃の僕ととレクシオールが知り合ったのは、王都にある宮廷学校でのこと。


 女性も嫉妬する程の美貌の持ち主の彼は、学校を卒業するまでに何十人からの女性から恋文を貰い、最後の方は面倒だからと受け取ることすら拒んでいた。


 女性が寄らぬように男の取り巻きを引きつれ、学校内を颯爽(さっそう)と歩く様は、陰で《竜帝》などとささやかれていたほどだった。


 しかし、いつまでもそうしているわけには行かない。男色だのと不名誉な噂を立てられても困るからね……。


 卒業後、彼は何度か適当な家格の女性からの婚約を受け入れはした……でも、全て上手く行かなかったんだ。


「――あなたは一生私の方を見てはくださらないのね……」

「――女は求められるが無いのを分かっていて、殿方と一緒になることはできないのですわ」

「――触れても頂けないなんて、あなた様は、ハイネガー伯爵さまの方がお好きなんだわ!」


 ――最後のなんてひどくない? 笑っちゃうよね、アハハ。

 最初にレクシオールが婚姻に幸せなど求めていないと説明したはずなのに、女性たちは勝手に彼に見切りを付けて出て行ってしまったり、他に男を作ってしまったりする。


 いくら鈍感な彼でも、さすがこのやり方では駄目なのだということはわかったみたいだけど、それでも頭の固い彼はそう簡単に変わることは出来なかった。


 僕みたいに裏表が幾らでも作れる性格だったら楽だったのにね。


 しかも、先代が逝去するのが早かった為、レクシオールは早々にその地位を継ぐことになり、その重責は彼に女性に溺れている暇があるならば、領主としての責務を全うせよという……ある意味強迫観念に似た思考を生ませてしまったんだ。彼女の母のこともあったしね……。


 そんなこともあり、結局女性に対する興味というものを養うことが出来ず、ここまで来てしまったというわけだった。


「俺は一体どうすべきなのだ……?」


 ――フフ、悩んでる悩んでる。

 女の子達が見たらため息の付きそうな表情で物憂げにうめくレクシオールに、僕はちょっとしたアドバイスをした。


「あの子なんか付けてあげたらいいんじゃない?」

「……パメラか? いやいや、ちょっと怒鳴ったくらいで泣くような気弱な娘だぞ? あっという間に白旗を上げて家に帰るか、引き()もるかのどちらかではないか?」


 パメラと言うのは、以前公爵家に婚約者が訪れた際に、教育係を請け負った侍女のことだ。


 プライドの高い令嬢方が、耐えきれずにここを去ってしまったのには、彼女の厳しい指導が一因となっていたのではないかとの噂がある。


「リュミエール嬢には帰りたくない事情もあるし、ある程度厳しくしても頑張ってくれるんじゃないかと思うけどね。それとも……君が付きっ切りで淑女としてのマナーを手取り足取り教える?」

「そんなことができてたまるか!」


 レクシオールは平手をテーブルに叩きつけて怒鳴った。

 それはそれで面白そうだけどね……顔は綺麗だから、案外ドレス姿とかも似合うんじゃないだろうか。


「ぶふっ……」

「なんだいきなり、おかしな奴だな……」

「クク、なんでもない。あ~こほん、彼女に仕事だと言って婚約を押し付けるのであれば、君の方が彼女にそれを指導する義務、少なくともそれに協力する姿勢はあってしかるべきなんじゃないかな?」

「ふむ……一理ある。が……」

(きたきた……)


 彼は机の上で組んだ手の上にあごをのせ、何とも言えない視線で僕を見てくる……その困ったような仕草がわりと僕は好きだった。意地っ張りの弟がいたら、きっとこんな感じなんだろうな。


 つい仕方ないなと世話を焼いてしまいそうになるけれど、もうそろそろ自重しないといけない……いつまでもこんな風にしてられないからね。


「ダメダメ。今回ばかりはこれ以上協力できないよ……なるべく彼女達の様子を見に来るようにはするけど、僕も君もいつまでもこうしてつるんでるわけにもいかないんだ。結婚というのは貴族にとっては領地の安寧の為の大事な仕事でもあるから、やっぱり今回はあくまで君自身が頑張らないといけないだろうね。ま、パメラと上手くいかないようならまた相談に乗るよ」

「……ああ、頼む……」

(そこまで深刻になることは無いだろうに……やっぱり面白い奴だな、君は)


 不正業者の脱税やら、犯罪集団の摘発などの報告であっても片眉一つ動かさず受け付ける彼が、こんな激しい皺を額に刻む姿は最近では見たことが無く、それが一人の少女のせいだということがなおさら僕にはおかしかった。


 腹がよじれそうになって思わず背中を向ける僕に彼は気づかず、独り言をつぶやく。


「なんだ……人前で堂々と振る舞えるように、自信をつけさせねばならんのか? 女の自信とは……女とはなんだ? わからん……。今度図書室にでも行って調べて見なければ……。いやまずは……あのように線が細いから、もっと太らせねばならん……健康的な食事……か?」


 真面目に没頭し出すレクシオールの姿がおかしくて、もう僕はその場にいられなくなった。


「くく……済まない。ちょっと腹が痛くてね。今日は……失礼す、るッ」

「……ああ、また話を聞いてくれると助かる」


 僕はこめかみにぎゅっと力を入れて強引に笑みを作ると、早々に彼の部屋を退出する。


(これはきっと、絶対面白いことになるぞ……!)


 そして部屋前の通路を曲がった先で耐えきれず崩れ落ち、床をドンドンと叩きながら、しばらく人目もはばからず爆笑した……。

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[良い点] 王子も良い友達を持ったものだな・・・。
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