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公爵の城と、大きなシスター

 数日の旅の後、リュミエール達はハーケンブルグ公爵家の城へと辿り着く。


 フィースバークの屋敷とは比べ物にならない程大きな城は、門の前に立つと小さなリュミエールでは顔を上げても塔の先が目に入らない位だ。


(私、こんなところでちゃんとやっていけるのかしら……)


 不安がる彼女を見かねてか、フレデリクがその手を下にして差し出す。

 

「大丈夫ですよ、広いだけで他と変わりません。これから城内を案内させていただきますので、よろしければお手をどうぞ」

「え、ええ……」


 戸惑いながらもリュミエールが自分の手を重ねると、彼はゆっくりとした足取りでその手を引いてゆく。女性のリードに慣れているのだろうと思われる、素晴らしい気の配り様だった。


 サロン、会議場、浴場、客室、図書館、庭園、使用人小屋、食堂、厨房、劇場、衣裳部屋などなど……向こうの屋敷では見られなかったような施設もあり興味はあったものの、案内されている最中に無理を言う気にはならない。ほとんど外観だけを確認して、リュミエールはその場を後にする。


 そうしていると、一件の小さな建物が目に留まった。


「おや……興味がおありですか? って、それはそうでしょうね、聖女様なんですから」


 ――礼拝堂。

 他に比べ、こじんまりとした白塗りの建物は、リュミエールに好奇心をうずかせた。


 フィースバークの屋敷にも聖女たちの精神統一の場として開放されているものがあったが、他の二人の姉はサボリがちで使っていたのはリュミエール位のものだった。でも、その事が逆にリュミエールを安心させていた……あそこで過ごしている間は、静かな気持ちでいられたから。


「あの、フレデリク様。御嬢様もご興味がおありのようですし、少しだけでも内部を見せていただくわけにはいきませんか?」

「ええ、もちろんよろしいですよ。少しお待ちくださいね……」


 尋ねてくれたのはケイティだ。それを聞いてフレデリクはすぐに建物の管理者に確認を取りにいった。


「ご、ごめんね……どうしても気になって」

「ふふふ、毎日熱心でいらっしゃいますものね。私も御嬢様がお祈りをされているのを見るのは好きですから」


 ケイティの気遣いに感謝しながら建物からフレデリクが出てくるのを待っていると、しばらくして彼は中から二人を手招きした。


「どうぞどうぞ。今丁度誰もいらっしゃらないようですから」

(よいのかしら……勝手に入って)


 少しだけそう思いつつも気になる心の方が勝り、二人してフレデリクの招きに応じ、堂内に足を踏み入れる。


「わぁ……」


 リュミエールは顔を輝かせる。


 内部は広くはなかったが、その静謐(せいひつ)な空間は安らかな記憶を呼び起こし心を喜ばせた。陽光を取り込んだステンドグラスの色とりどりの影が足元にゆらぎ、奥には設置されているのは一台の古いオルガン。誰かが熱心に手入れしているのだろう……わずかな(ほこり)も見当たらず、花瓶から覗く美しい花々が落ち着いた香りを内側に振り撒いている。


「素敵な場所……」

「ふふふ、今はいらっしゃらないようですが、また後程ここを管理しているシスターにご紹介しましょう」

「ええ、是非……少しだけ祈らせていただいていいかしら」

「どうぞどうぞ」


 フレデリクの許可を得て、リュミエールは硝子で表わされた神様たちの前に膝をつく。床も見事に磨かれており、汚れる心配も必要ない位だった。


 彼女は胸の前で両手を組むと、家で祈っていた時と同じように心を空っぽにする。


 朝にレグリオとアリエステルの為の祈りは済ませているが、もう一度。

 今の自分には、これ以上に叶えたい願いがあるわけでもないから。


(二人が、またどこかで出会えますように……)


 そうしていると、わずかな音を立てて扉が開かれ、フレデリクが慌てた様子で挨拶をするのが聞こえた。


「シスター・ロディア……! これは申し訳ない……悪意があって忍び込んだのではないのです」


 リュミエールが少しして振り向くと、そこではベールをきっちりと身に着けた一人の若いシスターが両手を合わせており、彼女は穏やかに微笑む。


「大丈夫、気にしておりませんよ……あんなに真剣に祈りを捧げて下さる人に、邪な心などあろうはずもございませんから。まぁ、もしかしてあなた様は……」


 彼女はフレデリクに会釈するとリュミエール達の元へと歩み寄る。


「私、この小礼拝堂の管理を任せていただいています、ロディア・エリトールと申します。お会いできて光栄ですわ、フィースバークの侯爵令嬢様」

「こちらこそ、よろしくお願いします。私のことをご存じなのですか? シスター・ロディア」


 ロディアのカーテシーに礼を返すリュミエールとケイティ。

 すると彼女は、じっとリュミエールを見つめてくる。


(どうされたのかしら……?)

 

 嫌な視線ではなかったものの、何となく居心地が悪くなったリュミエールはフレデリクに助けを求める。すると彼はおかしそうに口に手を当てていた。


「くく……シスター、そのようにされてはリュミエールが驚かれていますよ」

「はっ、いけないわ! お許しくださいませ、私、実は銀竜と聖女の伝説の大の信者でして……あんまりに伝承に語られるのとそっくりな容姿をしていらっしゃいますから、ついまじまじと……いやだわ、いやだわ」

(可愛いらしい人だわ、大きいけど)


 頬を手で挟み、顔を真っ赤にして慌てるシスターの顔を見上げながら、リュミエールはそう思った。きっちりと髪をベールに仕舞った彼女はフレデリクと同じかそれ以上に背が高い。ちんまりとしたリュミエールは少し分けて欲しいと思う位である。


「あの……私の顔位でよろしければ、どうぞご覧になって下さい」


 それはさておき、リュミエールは喜んで彼女へ近づく。

 今まで嘲りの対象だったこの容姿を好んでくれたことが、ただただ嬉しい。


 するとシスターは明るい空色の瞳を輝かせて、またリュミエールの瞳をじっと見つめる。


「本当に美しい、琥珀(アンバー)のような瞳をしていらっしゃいますのね。見ていると心がほかほかと温かくなりますわ」

「そうでございましょう!! こんなに美しい瞳をされている方は中々いらっしゃいませんよね? 御嬢様の良さを認めて下さる方が現われてくれて私は嬉しいです……!」

「え、ええ……」


 がっしと、興奮して手をつかむケイティとその勢いに苦笑いするシスター・ロディア。


 フレデリクは壁に寄り掛かって頬を緩め、そんな様子を眺めていたが……「おっといけない」と慌てだし、再びリュミエールの手を取り移動を促し始めた。


「失礼、このままゆっくりしていたい所でもあるのですが、あまり待たせすぎるとレックスがお(かんむり)になってしまう。またお会いする機会もあるでしょうし、込み入った話はまた今度にさせていただきましょう。シスター・ロディア。彼女達のこちらへの出入りをお許し頂けますか?」

「ええ、もちろんでございます、神は何者も拒むことはなさいません……。またいつでもお立ち寄りくださいな」


 優しいシスターに頭を下げ、礼拝堂を後にしながら二人は顔をほころばせる。


「御嬢様、良かったですね……きっと彼女は良き話し相手になって下さいますよ」

「ええ……そうなのかも」 


 リュミエールは驚いていた。

 フレデリクといい、ロディアといい……ついぞ無かったくらいにリュミエールに優しく接してくれる。まるで今まで爪弾きにされていたのが嘘のように。


(ここには私を認めてくれる人がいるのかも知れない……でも)


 信じてみたい気持ちはあるが、どうしても完全には疑いの心を拭い切れない。

 諦めや恐怖といった暗い感情を背中から引き剥がすのには、まだしばらく時間がかかりそうだった。

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