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ハイネガー伯爵

 御者の男とは別に、迎えの馬車の内には一人の同行者がいた。


 茶色の栗毛を緩くカールさせた、柔和な表情の眼鏡をかけた美男子。

 深い森の奥のような濃緑の瞳が印象的だ。


 セルバンとの別れを黙って待っていてくれた彼は、リュミエールとケイティの挨拶に陽気な笑顔で答えてくれた。

 

「お初にお目にかかります、フィースバーク侯爵令嬢とお付きの方。私、ハーケンブルグ公爵の配下で、友人を自称しております……フレデリク・ハイネガー伯爵と申します。公爵は御多忙に着き、私が彼に代わり道中の案内を仰せつかりました。どうぞよしなに」 


 彼は揺れる馬車内で簡単に手の甲へ唇を触れさせる挨拶をしたが、手慣れた様子でいやらしさは感じられなかった。それでも、こんな風に男性から扱われたことがほとんどないリュミエールは、思わず赤くなってしまう。


「ええ。お会いできて光栄です。私はリュミエール・フィースバーク、こちらはケイティ・ラーセルといいます。これからよろしくお願いいたしますわ、ハイネガー伯爵」

「ハイネガー伯爵様、私のような下々の者にお声がけいただきありがとうございます……御嬢様は領外へはほとんど出ることがありませんでしたので、なにか粗相がありましたら、寛大なお心で接していただけると幸いです」

「いやいや、そのように気を使っていただかなくとも大丈夫ですよ、親愛を込めてフレディとでもお呼びくだされば……。不明なことがあれば何でもお聞きになって下さい」

「そ、それでは私達も名前で構いません。お互い堅苦しいのは抜きにしましょう」


 意気込んで言うリュミエールにフレディはくすりと笑みを漏らす。


()()()可愛らしいお方だ……こんな風にお話しできるなんて得した気分です。おっとっと、他意はないんですよ? レックスには僕がこんなことを言っていたなんて言わないようにおねがいしますね」

(優しそうで、素敵な方……)


 彼は茶目っ気たっぷりに片目をつぶり、リュミエールはつい恥ずかしくなって膝の上に目を逸らした。だが、きちんと聞いておかなければならないことは色々あるので、無理をして顔を上げる。


「レックス……それが公爵様のお名前なのですか?」

「そちらは愛称ですね。レクシオール・ハーケンブルグというのが彼の名前です」

「レクシオール様……彼は一体どんな御方なのですか?」


 すると、フレデリクは意外そうな目でリュミエールを見る。


「あれ……覚えていらっしゃいませんか? 先日あなたを王太子の生誕パーティーより連れ出した背の高い男が彼です。銀の長い髪を背中へ垂らし、青く鋭い目をした……」

「えっ……!?」


 リュミエールは丸く口を開けたまま固まって呆けてしまった。

 ケイティがその口をふさぎ、軽く注意する。


「御嬢様、殿方の前で、はしたのうございますよ……」

「ご、ごめんなさい……。申し訳ありません、フレディ……実は私はあの時のことをあまり覚えていなくて、今まで思い返そうともしなかったんです」


 リュミエールはあの出来事があまりに悲しくて、ずっと心の底に封印していた。

 今でも思い出すと小さな胸が、ジクリと痛んで来てしまう。


 そんな彼女の様子を(おもんばか)ってくれたのか、フレデリクは笑顔で取りなしてくれた。


「いやいや、あのようなことがあれば無理もない。本当にとんでもない奴ら……っと失礼。だけど、なにか非礼があったにしても、あのような場でわざとらしく(おとし)めるようなことをされるなんて……。しかもご姉妹の方まで一緒になってというのは、少しやり過ぎであると感じましたね」

「あのお二人は、リュミエール様とはお母上が違うことを理由に、事あるごとに陰湿な苛めを繰り返していたのです! そればかりではなく、お父上や二人のお母上まで……! 本当に、ご家族の為さる仕打ちとは思えません!」

「……ケイティ、気持ちは有難いけれどそこまでにしておいてちょうだい。フレディには関係のないことだもの。わざわざ嫌な気分にさせるのは申し訳ないわ」


 パンパンとひざを叩き、(いきどお)ったのはケイティだ。

 今度はリュミエールがいさめる側に回らなければならなくなった。


「そ、それより……私、少し安心しました。冷血公爵なんてあだ名をうかがっていたものだから。あんな多くの人の前で私を助け出して下さったのですから、さぞ、勇気のある暖かい御心の持ち主なのだと思いますわ」

「う~ん……まぁ、確かに肝は据わっているし、暖かいかどうかは別として中々面白い男ですよ、彼は。ハハハハハ……」


 少し微妙な言い回しをして歯を見せて笑うフレデリクに、リュミエールは首をかしげる。すると彼は悪戯っぽく口の端を上げた。


「その辺りは実際に御自分の目で確認されるのが一番よろしいかと。なに、取って食われるようなことはありませんからご心配なく」

「ええ、楽しみにさせていただきます……」


 リュミエールはこの時、かの公爵があの窓際にいた怜悧(れいり)な美貌の男性だとは知らずに……色々と頭の中妄想を浮かべては掻き消すことを繰り返す。


 しかし心の中の傷が癒えない今……期待を裏切られてまた苦しむのは辛い。

 (きっとまた、気に入ってもらえないわ……)と自分に言い聞かせ、彼女は小さな溜息と共に窓の外へ視線を逃がした。

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