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王都への招致

 茶会の事件から二週間も立つ頃、レクシオールとリュミエールは王城へと呼び出された。


 彼らは侍女のケイティやパメラを伴って北方にあるハーケンブルグ領を出発し、もう王都までは馬車で後数刻と言った所。


 そんな中、レクシオールは一通の()()に目を通すと、それを折りたたんで懐に入れ、隣に座る彼女を気遣う。


「王太子の命を救った恩賞を与える為であるとの事だが……こちらとしては気が休まらんな。リュミエール、大丈夫か?」

「は、はい……」


 ――彼はリュミエールには実家が廃嫡となり……家族は国外追放処分になったと伝えている。


 幽閉されたと告げただけでもひどく落ち込んでしまった彼女へ島流しになったなどと伝えれば、どこか加減を悪くしてしまってもおかしくはない。何よりこれ以上悲しい思いをさせたくないという彼なりの配慮だった。


「御嬢様、元気を出されませ。ほら、樹々も花のつぼみを芽吹かせ、春の訪れを寿(ことほ)いでいますよ……いつまでも暗い顔をしていても何も始まりません。お顔を上げて下さい」


 ケイティが車窓から見える景色を指さす。


 まだ冷たい空気の中、遠くに見える黄色いアカシアの花がまん丸の可愛らしい花を風にそよがせていて、リュミエールは元気づけられる思いでそれを眺めた。


「きれいだわ……」

(ほら、公爵閣下、何か気の利いた事を言われませ……! リュミエール様を元気づけるチャンスですよ)

(む……そうか)


 パメラがこそこそと低い声で言い、レクシオールもリュミエールの為ならばと懸命に頭を巡らせ、夢中で外に顔を出していた彼女に声をかける。


「……エル、花も綺麗だが、俺はお前の瞳の方が何倍も美しいと……おい聞け!」

「……は、はい!? 何でございましょう?」


 せっかく恥ずかしい思いを押し殺して言ったのにと――丁度レクシオールが声を荒げかけた時。


 ――ガクガクガクン!


「きゃぁっ!」


 びっくりして振り返ったリュミエールの体勢が、ふいに崩れる。

 馬車全体が大きく揺れたのだ……そしてやがて、窓から見える風景が止まる。


「も、申し訳ありません……」

「いや……何かあったようだな。少し確認して来る」


 咄嗟(とっさ)にリュミエールの背中を抱き留めたレクシオールも不審に思い……彼女を下ろして側面の扉を開き、外に出ようとしたが……。

 

 ――ギラリ。


 扉が乱暴に開け放たれ、そこに突き出されたのは光る白刃。

 次いで黒い覆面を被った、冷たい瞳をした男達が馬車に乗り込んで来る。


「……公爵閣下とそのお連れ様でお間違いありませぬな? 申し訳ないが、拘束させていただく。抵抗すればそちらのご婦人たちがどうなるかお分かりでしょう」


 先頭の男がこちらを見回し、リュミエール達は息を呑む。


 おそらく御者や護衛もどうにかして排除されたのだろう。目立つのを嫌って少数で来たのが完全に裏目に出た。


「ひっ、外にも……」


 窓の外に出した顔をケイティが引っ込める。

 外からも、続々と現れだした覆面の男達が油断なくこちらを伺っていた。


「下手な抵抗はよしていただきたい。そちらが動かなければ、こちらも危害を加えるつもりもありませぬ」

「ちっ……」


 レクシオールは舌打ちしたが、手を掛けていた剣を結局抜くことはできなかった。


 音もなく御者たちを無力化した男達は手練れに見える……彼も二人の侍女もそこいらの兵士などに劣らぬ剣の腕前をしているが、さすがに数十人を相手に大立ち回りできる程ではない。何より、リュミエールを守らなければならないのだ。


「……あ、あなた達は、何者なのです? 私達はともかく、せめてこの二人だけでも解放してあげてくれませんか?」


 リュミエールが尋ねたが、男は沈黙したまま首を振った。


 ただ、男達から感じるのは職務に準ずる覚悟のようなもので、けして金銭や女目当てでは無いことは察せられる。このリーダー格の男以外誰一人として話そうとせず、厳しい統制が敷かれている様子だ。


「要求はなんだ? わざわざ捕らえるということは何か話があるのだろう。身柄を解放してくれればそれなりの金額を渡してもいいが」

「そういう話ではないのですよ。来てくださればわかります……。さあ、剣をお捨てになり、一人ずつ下りていただこう。腕は縛らせていただきますぞ」

(こいつら……)


 かなり厄介な手合いだとレクシオールは判断した。交渉の余地が感じられない。


 男達は素早く手慣れた手つきで四人を拘束すると、目隠しをして別の馬車に移し替えた。幸い四人は一塊にされ、お互いの息遣いはすぐ近くで感じられる。


 気丈にも男達への非難を口にするパメラ。


「困ったことになってしまいましたね……まさか公爵家からの一行にこんな無礼を働く輩がいるなんて……」

「わ、私達、どうなってしまうのでしょう……。こ、公爵様……お、御嬢様のお命だけはどうにか助けて差し上げて下さい! でも私も死ぬのは嫌ですぅ!」

「お、落ち着いてケイティ、あなた達の身柄は……なんとしてでも保障して下さるようにお願いしてみるから。そうですよね、レックス?」


 リュミエールは自分の声が震えるのを感じた。

 まさか自分自身が物語のような誘拐事件の被害者になるなんて、考えた事も無い。


「……レックス?」


 しかし、同意はしばらく帰って来ず、奇妙に間延びした静寂に首を捻るリュミエール。

 

「……大丈夫だ、おそらく奴らの要求は俺の身柄の方だろう。お前らに危害は加えさせん。それに……考えがある。今は言えんが、俺を信じてくれ」

「あなたがそう言うなら……」


 彼の表情は目隠しのせいでわからないが、今度は力強い言葉で返答が帰って来て、三人はそれぞれ安堵のため息を吐く。


 とはいえ、こんな状況でできることがあるのだろうか?


 完全には疑念をぬぐい切れないまま、重たい沈黙を保ちながら四人は馬車に乗せられ、何処かへと運ばれて行った。

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