三家合同茶会③
戻って来たレクシオールと共に、リュミエール達は茶会の用意がされた庭園へと向かう。
ここも、一応の手入れはされているようだが、人が少ないのか……ところどころ手抜かりがあるのは見るものが見れば一目瞭然だ。
そんな中、しつらえられたテーブルに先に腰掛けていたのは……カシウス王太子その人だった。
彼は立ち上がりもせず、慇懃な笑みを浮かべる。
「サンドラが勝手を知っていたのでね。先に落ち着かせてもらっていたよ。フィースバーグ侯爵と何か話していたと聞いたが、どうかしたのかな?」
「個人的な話ですので、内容は控えさせていただければと思います。本日はなにとぞ良しなに」
臣下の礼を取り、レクシオールが膝を折るのにならい、リュミエールも体を沈めて胸に手を当てた。王太子はそれを満足げに見下ろす。
「ああ。リュミエール嬢も息災で何よりだ。ハーケンブルグ公爵との仲もよろしいようで」
「ありがたきお言葉、痛み入ります」
ここでレクシオールのことを褒めたたえても嫌みになりそうなので、リュミエールは感謝を告げるだけにとどめた。やがて席に着くのを許されたので、二人は並んで円卓に腰を掛ける。
そこへサンドラが戻って来る……。別室で待機させているはずの侍女が後ろで茶器を抱えており、どうしても自分が動くのは我慢ならない性格の彼女らしいと、リュミエールは思う。
「あら、いらしてたのね。お二人ともお久しぶりですわ……リュミエールは公爵様の手を煩わしてはいませんか? なんにもできない子でしたから……」
(この女……)
彼女は妖艶な笑みを浮かばせると、王太子の隣に座りそんなことを言う。
レクシオールの眉間がぐっと内側に寄りかけたが、リュミエールが袖を引き、それを諫めた。
「ええ、彼女は良くしてくれていますよ。聖女の力など無くても立派にやっていけます」
それにサンドラは冷笑を浮かべたが、それ以上の嫌味はいわず、侍女に指示をして王太子の前に茶器を用意させる。
「お二人には悪いのだけど、カシウス様が喉が渇いたみたいでして。先にお茶を頂くわ」
「ええ、お好きになさってください」
「どうぞ、カシウス様……」
青いポットが侍女の手によってサンドラに手渡され、琥珀色の液体が注がれたカップを受け取った王太子は満足げにそれに手を取る。
「いやあ、サンドラは僕を良く立ててくれるからね、助かっているんだよ。リュミエール嬢には悪かったが、婚約を破棄したことはどうやらお互いに有益だったようだ、ハハハ!」
(どの面を下げてこの男は……!)
(ダメです、レックス!)
レクシオールの表情が怒りに変わる寸前、リュミエールは彼の靴を思い切り踵で踏んづけると、泣きそうな顔で首を振る。それによってレクシオールは何とか自制を取り戻し、無表情を再び王太子の方に向けようとしたのだが……。
――ガシャン!!
「――カ、カシウス様!?」
「が、かはっ……!? がっ……!」
サンドラの悲鳴が響き、地面に落ちたカップが砕け割れ、カシウスがテーブルの上に上半身を投げ出し苦しみ出す。王太子の顔は恐怖と苦痛に塗れていた。
「カシウス様、カシウス様!? だ、誰か……誰か……お前! 医者を呼びなさいよォ!」
「はっ……えっ……ど、どこで!? どこに!?」
半狂乱になったサンドラが侍女に命じるが、そんなものがどこにいるというのだろうと……うろたえるばかりである。
「……吐き出させないと!」
その場で一番に動きを見せたのはリュミエールだった。
彼女は王太子の体を引きずり下ろして地面に寝かせ、本で呼んだ知識を思い出しながら膝の上で顔を横に向けさせ、喉の奥に指を突っ込む。
「……うげぇッ!!」
王太子がごぽっと胃液と紅茶を吐き出すが、まだ顔色は変わらない。
「駄目だわ……サ、サンドラ姉様水を出して下さい! 水を飲ませて吐かせ、毒を体の外へ出さないと……!」
「……うるさいわね、あなたの指図など……!」
「そんなことを言ってる場合じゃないでしょう!!」
リュミエールの悲鳴にも似た叫びに、サンドラは悔しそうにしながら、王太子の前にやって来る。
「……み、水よ……! 我が求めに応じなさい!」
しかし……。
「ど、どうして!? 出なさいよ! 水よ、求めに応じよ! 水よっ!! ……どうしてっ、水! 水がなんで出ないのよっ!」
サンドラの指からは水滴がぽたぽたと滴り落ちるだけで、いつぞや見せたような大量の水はまるで出て来ない。
「――こ、これはどうしたことだ!?」
そして、そこに姿を見せたのは、異様な気迫をまとったオルゲナフとリーシア、そして苛立つ侯爵夫人だったが、倒れた王太子の姿を見て瞬く間にそれらの顔は驚愕へと変わる。
「どうも何もっ……貴様らの用意した紅茶を飲んだ瞬間王太子が苦しみ始めたんだ! 水を飲ませて吐き出させ、胃を洗わせる! 厨房はどこだ!? 医者は!?」
「ぐむぅ……こ、こんな、何故こんなことに……」
「何をしている!? 早く言え!」
わけのわからない言葉を呟いているオルゲナフに痺れを切らし掴みかかるレクシオール。それをまたずして、後ろからリュミエールが早口で説明しする。
「厨房は屋敷を入って右手の突き当りです! でも、お医者様はまだいるかわかりません!」
「クッ、取り合えず水だな……行って来る!」
レクシオールがその場から走りだし、オルゲナフはその場でどしゃりと膝をついた。
彼の服の中にはもちろん、解毒薬の瓶がある。だがここでそれを出した所で犯人であることは確定。
そして出さなかったところで、自分の不手際として、罪を負うこともまた確定。
破滅の未来しか待っていない……。
もう、どうしていいか分からなくなっていた彼は、この場で怒りをぶちまけることしかできない。
「な、なぜ……王太子が。リーシア、お前……薬を入れるポットを間違えたのか!?」
「わ、私はちゃんと言われた通り青いポットに入れたもの!」
「だ、だが……ならなぜ、そのポットがそこにあるのだ!?」
「あ、あなた、落ち着いて!」
オルゲナフはテーブルに置かれた青いポットを指さし、なだめようとした夫人を振り払った。
そして何もできずその場に立ち尽くしていたサンドラがハッと口元を隠すのを見て、襟首をつかみ上げる!
「落ち着いていられるか! サンドラ、お前か!? なぜ勝手なことをした……それはリュミエールに飲ませる手はずで! お前のせいでェェェッ!」
「何を言ってますの、お父様!? わ、私、なにも、なにも知りませんわ!! どうしてそんな怖ろしいことを!? 離して……!」
「や、止めて、お父様、お姉さま!!」
「うるさいぃッ!」
たちまちの内にその場が混乱に陥り、オルゲナフとサンドラがつかみ合いになった……。
止めようとしたリーシアも突き飛ばされて転がり、侯爵夫人と一緒に震えあがる。
(な、なんてことになってしまったのかしら……)
リュミエールは実の家族同士の凄惨な争いを耳にしながら、膝の上で震える王太子に毒入り紅茶を吐かせ、背中をさすった。
わずかに顔色が戻った王太子からうわごとと共に伸ばされた手を、せめてもの気付けになればと優しくにぎる。
「た、助け、て……」
「大丈夫です……! すぐにお水が来ますので、もう少し頑張って……きっと良くなりますから!」
もはや、茶会の場は一転して王族毒殺未遂事件の現場と変わり果て……その後事態が収拾するまでには日をまたぎ、かなりの時間を要することになった。




