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三家合同茶会②

「クソッ、クソッ……がぁぁあ!」


 ――バリバリバリッ!


 フィースバーク侯爵オルゲナフは執務室のカーテンを思い切り引きちぎり、目の前の机を強く蹴りつけた……!


 その衝撃で山のように乗せられた紙束が崩れ、バサバサと床に散らばる。

 それらは、数々の差し押さえの知らせや借用書の類であった……。


(あの若造めが……くそ、リュミエールの身柄を盾に金をむしり取ってやろうと思っていたのに、こちらが下手に出ていると思って……まさか突っぱねるとは! ぐぉおお!)


 オルゲナフは地面にうずくまって髪をかき乱し、拳を床に何度も叩きつける。


(うう……あんな、あんなことが無ければ今頃は財政は立て直し……また領地を買い戻して……)


 彼は長女サンドラの王太子との婚約や、三女リュミエールとレクシオールとの婚約で、多額の支度金を懐に入れていた。本来それを適切に使っていれば、殆どの借金を返すことができ、現在の所領だけは十分に維持することは可能だった。


 だが彼はそれでは満足できず、兼ねてより信頼していたある貴族の男から持ち掛けられた投資話に手を出した……以前レクシオールにも持ち掛けた金山の所有権を、家令の反対を押し切り全て買い取ったのだ。


 その男は前から何度かオルゲナフに話を持ち掛け、土地の売買で少額であるがもうけさせてくれていた。だから信用できると判断したのに……それは取り返しのつかない大きな間違いだった。


 しばらくして男は連絡を途絶えさせ、オルゲナフはその貴族の屋敷の門を叩いたが……応対したのは全くの別人。そして誰に聞いてもそんな男は知らないの一点張りである。


 屋敷から摘まみ出されたオルゲナフは呆然とした。


 そしていつまで経っても金塊の売却益など、微塵も届けられる気配は無く……現地を訪れてまたもオルゲナフの膝は崩れた。そこはただの未開拓の山林で、権利書に記載された鉱脈やそこで働く鉱夫達の姿などどこにもない。


 刻々と借金の期日は迫り、数か月以内に返せなければ……この屋敷はおろか、抵当に入っている領地を全て手放し路頭に迷う事になる。


 妻や娘には伝えられていない。屋敷に仕える人間を大幅に減らしたが、それで浮く金額など焼け石に水だ。


 もう他家に援助を頼むしか、どうしようもないというのに……。


 あの公爵は、リュミエールを実家に戻すことを(ほの)めかしたこちらに、その場合法的な措置を取り、断固拒否するとまで言って来た。


 いつの間にそこまで公爵を(たぶら)かしたのだ、あの出来損ないめ……!


「ハァ、ハァ……もう、もうどうしようもないのか? い、いや……まだ最後の手段がある」


 オルゲナフはごそごそと机の引き出しを漁りだし、あるものを取り出した。

 怪しい紫と、透明の液体が入った二つの瓶。


 それらを眺めていたところに、扉を叩かれビクンと背筋を伸ばす。


「だ、誰だッ……!!」

「お父様、私よ! 聞いてちょうだい……!」

「リ、リーシアか……」


 扉を開けて憤怒の表情を見せたリーシアは、リュミエールへの不満をぶちまける。


「ねえ聞いてお父様! エルったら私に酷い口答えをしたのよ! おまけにあんな綺麗な男性と随分仲良くして……役立たずの分際の癖に、結婚して私より先に幸せになろうだなんて、絶対に許せないわ! あの二人の仲を引き裂いてやりたいの!」


 リーシアは派手な男遊びが祟り、自分から言い寄ろうという男などいなかった。それを棚に上げて普段から姉のサンドラはともかく、自分より先に結婚の決まったリュミエールをよく非難していたのだ。


 そしてオルゲナフが一番可愛がっていたのも彼女だった……リーシアからの言葉を聞いた時、彼の脳裏に一つの恐ろしい計画が閃く……。


(そうだ……王太子は、元々ハーケンブルグ公爵を憎んでいる。ならばあの二人が不利益を被っても恐らく、喜んで見逃してくれるはずだ……!)


 オルゲナフはリーシアの肩をつかむと、計画を説明する。


「リーシア、よく聞け……料理長には今回、三家の紅茶のポットを別々に分けるように説明してある。お前はその内青いポットにこの薬を入れろ! これは強い毒だが死ぬほどではないし、こちらの薬を飲めばすぐ回復する。それを盾にとり……リュミエールに飲ませ、死に至る毒だと言ってあの公爵家の若造を脅迫するのだ!」

「……ほ、本気なの!? お父様!」


「ああ……実はこのフィースバーグ家は経営に失敗し、没落寸前なのだ! 奴から多額の支援金をせしめる以外に存続の道はもうない! これでどうにかならなければ、我々一家は路頭に迷うことになる! 今のような贅沢な生活は二度とできなくなるんだぞ、リュミエールはあんな幸せを手に入れているというのに、お前はそれでもいいのか!?」

「そ……そんな!」


 リーシアは愕然とし、次の瞬間瞳に憎しみの炎をたぎらせる。


「お父様、任せて……だけど一つだけ条件があるの。エルの婚約を破談させて、今度は私をあの公爵様の元へ嫁がせてちょうだい。サンドラ姉様以上にあの小憎らしい妹を苦しめてやるわ!」

「……いいだろう。全てはフィースバーグ侯爵家存続の為だ……その為なら何をしても許される! さあ、もう時間が無い……今すぐお前はこの薬を!」

「わかったわ、お父様!」


 扉を勢いよく開けて飛び出すリーシアに目もくれず、オルゲナフは……公爵家から多額の支援金を送らせること、そしてリュミエールとの婚約を破棄することという二つの内容をしたためた念書を作成する。


(後は、あの若造に署名させるだけだ……絶対に、このまま終わらせんぞ……!)


 彼はそして、(くま)で縁取られた目をぎらつかせながら、計画を説明する為王子の出迎えに移動していく……。



「ンッン~♪」


 流れているのは軽妙な鼻歌だ。


 ここは侯爵家の厨房……普通であれば何人もの料理人が忙しく働いている所だろうが、もうここには、長らく料理長を務めあげたこの小太りの男だけしか残っていない。


 すでに最初に出す茶器の用意はでき、それは彼の後ろのカートに準備されている。


 彼が不思議に思っていたのは、侯爵が紅茶を入れるポットを三つに分け、どのポットのお茶をどの組に出すのか分けよと仰せになったことだった。


 王太子様達には赤いポット、公爵様達には青いポット、オルゲナフ侯爵様達には黄色のポットのものを出すようにとのことだったので、彼は言われた通りにその準備を整えておく。


「ポット~ポット~ティ~ポット……ティティッティ~ポッポッ~……ンッンン~ン♪ ……おや?」


 丸い体を揺すりながら機嫌良く茶菓子作りを進める彼の後ろで、なにやら荒々しい足音がした為振り向いてみると……次女のリーシア嬢が厨房の中に入り込み準備したポットの付近でカチャカチャと何かをしている。


 だが気になって近寄ると、「あんたは黙って準備をしていなさい!」と怒鳴られた為、料理長は身をすくめ作業に戻った。


「タルト~タルト~サクサクタルト……オォー、タルッティトゥットゥラララ~ラァ~♪ ……ん?」


 歌が佳境に入り、いい感じの気分で声を張り上げながらオレンジのタルトを切り分けていた時、またも後ろの扉ががらりと開いて、今度は二人の女性が厨房に入って来た。


 それは王太子の婚約者である長女のサンドラとその侍女で、久々にその姿を見た料理長は首をかしげた。


「おやおや、御嬢様お久しぶりでございます。一体どうなされました、わざわざこんなところまで」

「ちょっとね……。王太子様が喉が渇いたのでお茶を頂くわ。こちらを貰っていくわね」

「……はぁ、どうぞ。……えっ? あっ、お待ちを!」


 何か再びカチャカチャと音がした後、二人が出て行ったところで、料理長は再び振り返る。


 そこからは()()ポットが無くなっている。


(あれは……公爵様達にお出しするはずの物だったのに。……ま、いいか)


 今から追って取り返すべきかと迷ったが、料理長はそのまま作業に戻る。


 続々と家人たちが解雇されてゆくのを見て、……彼ももうこの侯爵家はお終いだと分かっていた。


 元より待遇はさして良くはなかったのだ……これ以上義理を尽くす必要はあるまいと彼はそのままそれを正すことなく、せいせいしながらタルトを皿に盛りつけていく。


 こうして、様々な思惑が重なり合い……茶会の方向が意外な所へ導かれようとしていることを、この時はまだ誰も知る由はなかった。

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