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三家合同茶会①

 ――フィースバーク侯爵家。


 数日の旅程を経て久々に帰還したリュミエールは、馬車の車窓から見えるその変化が気にかかった。大勢いた使用人の数は減り、屋敷の手入れも行き届いていないように感じる。


 何かあったのだろうか?


 その不安げな表情を気にしたレクシオールが、隣から声をかけた。


「大丈夫か?」

「え、ええ……だけど、少し寂れてしまったような。ね、ケイティ」

「そうですね。いくら傾いているとはいえ、ここまでひどくはなかったのですが……」


 敷地の一角に馬車を乗り入れると、そこにはオルゲナフと継母、リーシアの姿が待ち構えていた。だが……驚くことに三人は取り繕ったような笑みを浮かべている。


「やあやあ、良くおいで下さいました、ハーケンブルグ公爵殿。さあ、長旅でお疲れでしょう。別室でお休みください。リュミエールもな」

「噂にたがわぬ美しいお姿ですわ、お会いできて光栄です、ハーケンブルグ公爵。それにリュミエールも見違えるほど綺麗になって……お似合いの二人ですわね」


 レクシオールは背筋がぞわぞわするのを感じながら、それぞれと握手した。


「……此度はお招きいただき感謝する……お言葉に甘えて休ませていただこう、リュミエール、ご挨拶を」

「ええ、お父様、お母様、それにリーシア姉様も……ご健勝で何よりでございますわ」


 二人の対応に違和感を感じつつリュミエールは三人に頭を下げた。

 それを三人は笑顔で迎えたが、どこか空々しく本心でないことは明らかだ。


 別室へと移動し、しばし待機しようという時にレクシオールが目配せをした。少しオルゲナフと話をして来るようだ。


 リュミエールは不安だったが、今はケイティもそばにいる。

 心配をかけないように力強く頷き彼を見送る。


 そして客室で取り残された二人は、何とはなしに声をひそめ(ささや)き合う。


「なんでしょうかね、あの手のひらを返したような感じ……気味が悪いです」

「……わからないわ」


 心を入れ替えた……などということがあろうはずもないと、さすがにリュミエールでも分かっている……だがそれでも、心の奥のわずかな期待を完全に消すことができない自分が悲しい。


「……絶対に心を許してはいけませんからね、御嬢様。何か企んでいるに決まってるんですから」


 ――出し抜けにコツコツと足音がし、バンと扉が開かれた。

 姿を見せたのは下の姉、赤い髪をまとめ、同色のドレスで着飾ったリーシアである。


「あら、おくつろぎの所申し訳ないわねぇ、エル……」

「リーシア姉様……」


 彼女は先程と同じく笑みを浮かべているが、それはどこか蛇が舌なめずりをしているような陰惨な物に変わっていた……。


 リュミエールは数々の辛い気持ちを思い出し、体を小さくする。


「いい御身分だわねぇ。公爵閣下の御寵愛を頂けたみたいで……。あんな美しい男性と一緒になれるなんて羨ましい限りだわ」

「え、ええ……光栄です」


 ゆっくりと追い詰めるように距離を詰めてくるリーシアを警戒し、背中で庇うケイティ。


「なぁにケイティ? まさか私がこの子に危害を加えようとするとでも? そんな訳無いじゃない、母親が違うとはいえ、実の妹なんですもの」

「(どの口で……!) ……ですが!」

「どきなさい、侍女ごときが」

「うっ……」


 だが、リーシアは面と向かって批判できないケイティの胸を手のひらで押しのけると、前に出て薄ら笑いを浮かべる。


 この見下す瞳が真正面から向けられただけで以前は腰が砕けていたが、今回のリュミエールは引かなかった。ハーケンブルグ領での色々な体験が、彼女にわずかな勇気を与えていたのだ。


「あらぁ、今日は逃げないの? 私の姿を見るたびに部屋の隅で縮こまっていたというのに……」

「わ、私は……今日はレックスの、ハーケンブルグ公爵の婚約者としてここへ来ています。なにも後ろ暗いことなんてないのに、逃げる理由なんてありません!」

「なんですって……!?」


 そのはっきりとした反論に、リーシアは面食らう。

 ケイティも、リュミエールがこのように姉達に口答えをするのは初めてで、目を見張った。


「……ッ! 言うじゃないの。だけどねぇ、あんたなんてお父様の一声があればすぐに公爵閣下の元から引き剥がされて、また私に苛められる日々に戻るのよっ!」

「いいえ! 私は絶対にもうこの家には戻りません! なにがあっても彼のそばから離れないとそう決めたんです……レックスも同じ考えですから、きっと私のことを守ってくれます!」

「……なんて忌々しい! あんたが幸せになるなんて、絶対に許さないからねッ!」


 リーシアは顔を赤くして鬼のような形相でリュミエールを睨みつけると、荒々しく扉を閉めて部屋を出ていく。


「ふ~……」

「おっとっと……!」


 つい気が抜けてふらりと倒れそうになる彼女をケイティが支え、ウインクした。


「御嬢様、お見事でしたよ! 初勝利でございます……もうケイティのお守もいりませんね!」

「そんなことないわ……人と言い争うのって、大変なのね。あなたとレックスがいると思えなければ、とてもあんなことは言えなかったわ」


 すっかり精根を使い果たしたリュミエールは、床にうずくまりたい気分だった。

 だがまだまだ、メインイベントが後に控えていて、決して気を抜くことは許されない……。


 この茶会が終わり、ハーケンブルグ領へ帰りつくまで。

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