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小公爵の導き②

 小公爵に続く二人は、城郭から外に出た敷地内をゆっくりと歩いてゆく……。


 ふとリュミエールは傍らの公爵の顔を見上げた。

 ようやっと見慣れて来たが……やはりその美貌は圧倒的で、しかし今はどこか覇気がない。


(何か、楽しい話でもできればいいのだけど……でも考えてみたら私この人のことをほとんど知らない……)


 何を聞けばいいのか分からず、無言の行軍が続いてしまい……結局リュミエールは今一番の疑問を口にする。


「レクシオール様、あの……。どうして最近私達と、その……あまり一緒に過ごして下さらなくなったというか……」

「忙しい……ただそれだけだ。俺はこの領地を預かる身なのだから、本来お前達にかまけている暇など……なかったんだ」

「……そう、ですか」


 なんとなく歯切れが悪く、少なくとも本当の理由ではないように感じる。大きな事を隠しているのではないか……。

 

 だがこの様子では彼はそれを話すつもりもないのだろう。それが分からなければ、彼はこのまま……。


(あうっ……!)


 気もそぞろになったリュミエールはつい足元を(おろそ)かにしてしまった。


 小石に蹴躓(けつまづ)いて体がぐらりと揺れ……リュミエールは痛みを予想して目を強く瞑る。だが、それは途中でしっかりと支えられた。


「馬鹿者……しっかり前を向いて歩かないからそうなるんだ」


 当たり前である……今片腕ははレクシオールと繋がっているのだから。

 身体は地面には付かず、そして目を開けると彼が腰を抱き留めてくれたのだとわかった。


「……ごめんなさい」


 流れてきた銀色の髪が首筋を撫で、くすぐったさにリュミエールは背筋を震わせる。

 

 静かな無表情をたたえる彼の瞳を見て、リュミエールは深い海の底を覗き込んだような……吸い込まれるような感覚に陥り、目が離せなくなった。


(理由がないなら、どうしてこんなに悲しそうな瞳を……あなたは)


 頬をぼんやりと染めたまま、脱力するリュミエール……。

 心臓が大きく脈打つのが自分でもわかる……。


(私、彼の事が……)

 

 だが、レクシオールはいつものように怒らずに、彼女を助け起こすとふっと目線を足元へ向ける。


「しっかり立っていろ……」


 そして言葉少なにそれだけ言うと、そのままぼんやりと立ち尽くした。


「はい……」


 リュミエールは泣きそうになる……。

 彼はこの先こんな風にずっと心を閉ざしたままなのだろうか。


 自身の幸せを省みず……ただ生まれてきた家柄の役目の為に尽くすような、そんな悲しい生き方をしないといけないのだろうか……。


(どうしたらいいの。私は彼の事を……何が彼を苦しめているのかを知りたいのに……!)


 再びレクシオールの鋼のような腕に体を委ねながら焦りを募らせ、リュミエールは小公爵が待つ方へ歩いてゆく。


 時々振り返りながら進む銀の猫の背中を追って、かなり長く歩かされた二人がやがて辿りついたのは敷地の隅の一角だった。


「……ぁ」


 遠くに十字架や、一抱え程の石の群れが見え、レクシオールは一度足を止めた。

 気のせいか、よりいっそう顔色が優れなくなったように思える。


「あれはもしかして……お墓ですか?」

「ああ、そうだ……」


 なんとなくリュミエールは察し、レクシオールはかすれたような声で説明する。

 あの一角は共同墓地で、公爵家の人間やこの城で生まれ他に身寄りのない者達の墓所となっているらしい。


 止めた方がいいかも知れない……。

 白い顔に唇を引き結び体を強張らせる公爵に、リュミエールはこれより進むのはやめておいた方がいいのではと腕を引いた。


「あの、レクシオール様……ご無理はなさらずに。引き返した方が、いいのでは?」

「……いや。そろそろ俺も……決着を付けなければならない。これまでのことに……」


 そう言うと、レクシオールはゆっくりと小公爵が待つその墓地の入口へと向かい、リュミエールはそれに付き従うようにしてそこへ足を踏み入れる……。



「――ここには公爵家の代々の先祖たちが眠っている。我々の行く末を見守り、守護して下さっていると言われているんだ……」

「そ、そうなのですか……」


 立ち並ぶ墓石群に、普段であればついレグリオの名前を探しただろうが、今のリュミエールにそこまでの余裕はなかった。


(どこにいったのかしら、小公爵は……)


 墓地に入るとするすると小さい隙間を通り、急に姿が見えなくなってしまった小公爵。


 しかし何故か、レクシオールは目的地を知っているかのように……重たい足を引きずるようにどこかへと歩いてゆく。


 ――ニャー……。


 そして二人の元に小さな鳴き声が届いた……近づいているのだ。


「あちらから聞こえて来ます」

「……やはり、か」


 その言葉に首をかしげたリュミエールにも、しばらくすると一つの墓石の前に座り込む小公爵の背中が見えた。


 比較的新しい……しかしあまり頻繁に訪れるものはいないのか、手入れはされていない様子のその墓には、名前と生年がしっかりと刻まれている。


(レジーナ・ハーケンブルグ様と、コーウェン・ハーケンブルグ様……どちらも亡くなられたのは、五年前……まさか)

「……俺の母と、父だ」

(…………!) 


 リュミエールは言葉を失いうろたえた。

 彼が両親を早くに亡くしていることはフレデリクなどからも伝えられている。だがそれでも(じか)に聞くと……どう接したらいいのか分からない。


「……慰めはいらない。だが、婚約者だというのなら……知っておいてもらった方がいいのかも知れん」


 レクシオールは白い顔のまま近くの木の元へリュミエールを招き、汚れないように足元にハンカチをしいて彼女を座らせると、自分は幹にもたれ掛かって目を閉じる。


「あの……」

「少しだけ付き合ってくれ……」


 そして彼はゆっくりと語り出した……。

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