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小公爵の導き①

(一体どうしたのかしら……何か、嫌われるようなことしてしまったのかな)


 公爵とはあの日以来、あまり話せていない。

 体調は回復したようで、政務に復帰してはいるが……リュミエールと会えどするのは挨拶位のもので、目も合わさない。まるで出会った頃に戻ってしまったような……。


 せっかく彼の顔を見ても、緊張せずに話せるようになって来たのに……。


(寂しいな……)


 リュミエールは外に伸びる枯れたスグリの枝を指でつついた。


 寒々しい景色を見つめながら一人でいると尚更、言いようのない寂しさが募り……リュミエールは白いため息を吐いて窓を閉める。 


 シスターにお話でも聞いてもらおうかと、う~んと背伸びしたリュミエールの耳に届いたのは……か細い猫の鳴き声だった。


「――ニャー……」

(あら……?)


 カリ……カリ……。


 ドアを擦るような小さな音。


 リュミエールがドアを開けると予想通り、そこにあったのは、銀色の猫――小公爵サムの姿だ。


「ぷふっ……」


 ――小公爵。

 仏頂面のレクシオールの顔が浮かんで、リュミエールはつい、息を吹き出してしまう。


 彼はお行儀よく背筋を伸ばし、ちょこんと座ったまま動かない。


「ようこそ小公爵様、お一人かしら……? どうしたの? 入らないの?」


 リュミエールはその場にしゃがみ、彼の首筋を撫でてやる。

 人ではなく猫でも、こうして訪ねて来てくれたのは嬉しい。


「ニャン……」


 だが彼はドアの隙間を開けても室内に入る気配はなく……やがて少し遠ざかったところで立ち止まると、振り返って小さく鳴いた。


 もの言いたげな視線でじっと見つめてくる小公爵に何かを感じ、リュミエールは部屋から出る。すると彼はまた少し遠ざかって、彼女を招くように一鳴きする。


(どうしたのかしら……ついて来いっていうことなの? ちょっとおもしろそうだわ)


 ぽってりとした身体の割に音もなくしずしずと歩いていく姿は、中々優雅に見えなくもなく、リュミエールはついつい口元を緩ませ、彼の後ろに続く。


(ケイティがいないけど……大丈夫よね)


 たまにはゆっくり休んで貰いたいとケイティに伝えたら、「何か美味しいものでも探して来ます!」と彼女は街に買い物に出ていった。この城の人々は友好的だし、何かあったらパメラを頼ればいい……少し不安ではあるが興味の方が勝り、城内なら自由に歩いてもそう見咎められることも無いだろうと、小公爵の後を追う。


 その内にたどり着いたのは……見覚えのある扉の前。


「ここは……公爵様の執務室だけど」


 なぜここに訪れたのかわからずにリュミエールは首をひねる。

 今会おうとしても、きっとご迷惑になるだけよね……そんな事を考える彼女の前で小公爵はそのドアにカリカリと爪を立てた。


「だ、だめよ小公爵、お仕事の邪魔をしては……。あっ……!」


 小公爵を抱き上げた目の前で、扉がギッと開き……リュミエールはさっと青ざめる。


「ど・い・つ・が、小公爵だ? そのデブ猫か」

「……ええと、ええと」


 リュミエールは小公爵を抱えながら、視線を空中に逃して言い訳を探す。

 パメラには、決して彼の前で言わないように注意を受けていたのに……。


(何か言い訳を……何でもいいから!!!! しょう、こうしゃく……ちょこ……こうちゃ)


 背中に冷汗がたらりと流れ、混乱しながらリュミエールは言い放った。


「チョコ紅茶味のシュークリームが食べたい! ……と思いました!」


 すると眼前のレクシオールは殊更渋面になり、冷たく目を細める。


「お前は俺が料理人にでも見えているのか……? 眼鏡でもかけるか?」

「あぅ……ごめんなさい、嘘です。申し訳ございません……」


 がっくりと肩をおとしリュミエールは謝罪する。

 酷い叱責を受けると思っていたリュミエールだったが、耳に届いたのはレクシオールの小さな苦笑だった。


「フ……馬鹿者め。大方パメラが言ったことでも真に受けたのだろうが……その可愛くないデブ猫の面構えが俺と似ているから小公爵と呼ばれていること位、とうに知っている」

「ご、ご存じだったのですか!?」


 ぽか~ん、と口を開けたリュミエール緩んだ手から、小公爵がするりと抜け出てストッと地面に降りる。


 するとレクシオールは跪き、小公爵に意地の悪い顔を突き付ける。


「フン、直接言われなくてもそう言うのはわりと伝わって来るものだ。悪意を感じるわけでも無いし、実害はないからな……」


 レクシオールは小公爵の目の前に指を突きつけると、ぐるぐると回した。

 それに反応したように、小公爵は短い前足でそれを追う。


「こいつはな、たまにこうして俺が仕事しているかを偉そうな顔で覗きに来るのだ……。ほれほれデブ猫、ついてこれまい。ハハ……高い物ばかり食っているからそうなるのだ。もっと動け」


 それは最近見せてくれなくなった、自然な表情だった。


 そんな彼の顔を見ていると、胸の奥がじわっと暖かくなってほっとする。


(いつもこんな風に楽しそうに笑ってくれていたら、嬉しいのにな……)


 だがレクシオールはリュミエールの視線に気づくと、その表情を元の仏頂面に戻してしまった。


「フン……まあ、あまり人前では言うなよ。そらデブ猫、俺は仕事がある。リュミエールに乗っかって、どこへなりとも行ってしまえ」


 彼は小公爵をぐっと持ち上げてリュミエールに渡そうとしたが、銀色の猫は彼の袖口を噛んでそれを拒んだ。


「――こいつっ!」

「ニャウゥ!」


 小公爵はレクシオールが慌てた隙に地面へ飛び降りると、また先程のように少し離れたところで一声鳴く。


「なんだあいつ……はぁ、付き合っていられん。じゃあな」

「お、お待ちください……!」


 リュミエールが彼の手を取って引き止めると、レクシオールは驚いた顔をした後ぐっと顔をそらす。


「俺には……大事な仕事がある。お前達の遊びには構っていられん。離せ」


 強い調子で言う彼だが、やはりどこか不自然に感じられて……リュミエールは掴んだ手をそのままにして言った。


「……レクシオール様、あの……私のことがお嫌いですか?」

「……別に」

(やっぱり、何かあったんだわ……)


 レクシオールがわずかに辛そうな顔をした気がして、リュミエールは彼が今、何を考えているのかが知らなければならないと感じた。


「それなら……いいんです。わかりました……金輪際あなたのお邪魔は二度としないように心がけます。ですが、今回だけ……少しお話をしませんか? 散歩がてらに」


 そして可能なことなら、彼を苦しめている何かを取り除いてあげたい……それがもし、自分の事が原因であったとしても。


 そんな覚悟でじっと見つめていると、彼は仕方なく首を縦に振った。


「今回だけだ……それでいいな」

「はい……では行きましょう」


 リュミエールは彼の肘に腕を絡めて体を寄せ歩き始める……少し恥ずかしいが、こうして近くにいれば、わずかなりとも彼の気持ちが理解できるかもしれない。


「手を離さないか……」

「練習だと思って下さい……好きだと思っていなくても、外ではそう振る舞わないといけないのでしょうから」


 彼はそれ以上文句を言わず、リュミエールに引きずられるように足を踏み出す。


 行く当てはないが、ずっとこちらを見ている小公爵の瞳に何かを感じ、リュミエールは一度だけ自分の感覚を信じてみようと……彼についてゆくことを決心する。


 そうして前方では、小公爵が待っていたかのように身をひるがえし……こうして二人と一匹の不思議な道行きが始まった。

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