◇懲りない王太子(宰相ルビディル視点)
カシウス第一王子は、本日もお怒りの様子だ。
ソファに腰掛けてはいるが、まだ傷が痛むようで頻繁に位置を変えている。
「まさか、王太子である私が、あのような辱めを受けることになろうとは……ルビディル、貴様のせいだぞ!」
「申し訳ありませぬ……よもやあのようなことになろうとは思ってもいなかったのです」
といいつつも、私ルビディルは、内心でこの王子に一泡吹かせてやれたことを喜んでいた。
あの時王太子に渡したマントには、ハーケンブルグ公爵が乗っていた馬の尾に塗られた薬と同じものを付けておいたのだ。まんまとそれに引き寄せられた狼犬達は、この王子に牙をむいて尻にかぶりつき……彼はしばらくの間熱を出して寝込んでいた。
その時の仕事の捗り様といったら……できるなら、ずっとあのまま寝込んでおいて欲しかった……! と思ったくらいだ。
それを見たあのフィースバークのサンドラ侯爵令嬢も、表面上は取り繕っていたが、口元が震えていたのを覚えている。傷に障るといけないのでと言って部屋には入らないが、実際は尻を痛めたあの情けない姿を見ると吹き出してしまうからだったのだろう。
しばらくは大人しくなっていた王太子だったが、体調が回復して気力も戻ったのか、またも私を呼びつけてひどく罵った。
「お前、私をこんな目にあわせて、無事でいられると思っていないだろうな……!」
「お、お許し下さりませ……。つ、次の案を持って参りましたので! 次ことは絶対にハーケンブルグ公爵めを、絶叫させて御覧に入れます!」
私は王子の恨みがましい表情を内心鼻で笑いとばすと、あわてたふりで平伏する。その言葉に王子の唇は歪み、先を促した。
「……いいじゃないか。そこまで言うのならやってみたまえ。ではどのようにして奴を陥れるつもりなのだ?」
「茶会と称し、ハーケンブルグ公爵とその婚約者である令嬢をフィースバーク侯爵家に集めてはいかがでしょう。そこで、サンドラ嬢に協力してもらい仕掛けを施すのです。茶に薬でも溶かし込めば、多少武勇に優れていようと……」
「なるほど……奴の苦しむ様が間近で見られるというわけか……! よしんば、上手く行かなかったとしてもあちらの家のせいにすれば良いしな」
「そこまでは思いつきませんでしたな……さすがカシウス様は知恵者にございます。あのような見栄えだけの若造に及ぶところではございませぬ」
「ふふふ、そう褒めるなよ」
見え透いた私の世辞に気分を良くしたものの、前回の件で慎重になっているのか顔を引き締め私に告げる王子。
「……では、計画は月の最後に行うこととしよう。今回はお前は着いて来なくていい……私とサンドラだけでやる。では、もう行っていいぞ」
「御意に……成功を祈っております」
犬を追い払うように手を振る彼に私は恭しく頭を下げてと退出し……次はある場所へ向かう。
「――と、いうわけです。さすがに命を取るようなことまではしないと思いますが……」
城内の隠された通路を通り過ぎた先にある暗い部屋に入ると、そこには影の様に青年が佇んでいた。
もちろん、ロベルト第二王子だ……万が一私と彼の繋がりが知れると不味い為、密談の場所を変えることにしたのだ。
「全く……ルビディルよ、奴の行動を誘導する為とはいえあまり公爵をダシにしてやるなよ。とはいえ、これは好都合かもしれないな。実はハーケンブルグの血筋の者には、代々毒が効かないらしい」
「そ、それは真なのですかな!?」
私の驚いた様子を、彼は口元に指を立てて諫める。
「他言はするなよ……銀の竜の加護を受けているからだと本人から聞いたことがあるんだ。王太子がどんな毒を仕入れるつもりかは知らないが、それで倒れることはないだろう」
「しかし、婚約者の御令嬢が危険なのでは」
「彼ならばあの娘を危険に晒すような真似はすまい。一報でも入れておけば、先に毒見をするなり上手く対処するはずだ」
「では今回は静観するという事で良いのですか?」
「ああ、その間にさらに奴を追い詰めるよう段取りを進めておく。悪事の証拠はあればあるほどいいだろうからな。後は父上を説得できるかどうかだが……そこまで愚かではないと願いたいな」
「取りあえず私はもしもの時の為に、我らの結束をさらに固めておきます。ご安心を……もはや八割方の貴族はこちらに同調し、軍内部にも王太子派はそう多くはありません。命あらばすぐにでも兵を動かせる状態にしてみせます」
「武力制圧は最後の手段だ、できる限り話し合いでことを収めたい。悟られないように立ち回るのは難儀するだろうが……頼むぞ」
「お任せ下され……では」
そう言って立ち去る私の耳に、ロベルト第二王子の呟きが聴こえてくる。
「全く……兄があんな奴で恥ずかしいよ。済まないが二人ともうまくやってくれ……もうすぐこんな馬鹿なことは終わらせるから」
自由で楽な立場を手放し、第二王子は国の為にその身を捧げると決めた。……私も誠心誠意彼に尽くそう。この国の新たな夜明けはもう近づいているのだから。




