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◇フィースバーク領での狩猟(レクシオール視点)

狩りという事で少しだけ残酷なシーンが出てしまいますので、お嫌いな方はご注意いただきますようお願いします。

 本日俺は、この度縁籍関係となる予定のフィースバーク侯爵家から、親睦(しんぼく)を深める為という事で呼ばれた、狩りの席に参じていた。


 俺は弓は得手では無いのだが……悪戯に断わってリュミエールを返せなどと難癖をつけられても敵わない。そんなことになれば、ろくでもない家に返されるあの娘が憐れであるしな……。


 侯爵家近郊の山林はハーケンブルグ周辺とは違い、そこまで雪は積もっていない。


 鹿や猪、狼などが多く生息しているらしく、中々よい狩場のようだ……俺にはそこまで厳しい寒さでは無いように思えるが、隣で馬に乗る王太子は体を震わせている。


「……くちゅん。ええい、北風が体に(こた)えるわ……」

「よろしければ、この外套をお使い下され」

「おお、お主はよく気が利くな……」


 そう言って分厚い毛皮のマントを差し出したのは確か、リーベルト王国の宰相であるルビディルと言う男だ。まだ年の頃は五十半ばと言うことだが、すっかり頭頂部が寂しくなり、額の皺も折り重なっている……長年こんな王太子を支えてさぞ苦労しているのだろう。


 そしてもう一人、後ろから馬を並べる人物がいた。


「見事な乗馬術ですな……全く追いつけぬとは。お見それしましたぞ」

「なんということはありませんよ、幼いころからあちこちを走り回っていただけです」


 ――彼がリュミエールの父親である、フィースバーグ領の侯爵オルゲナフその人である。


 リュミエールとは似ても似つかない鋭くいやらしい目つきで、目の下には(くま)が濃い。


 よくこんな親や家族の元であのような純粋な娘が育ったものだ……ここはあのお調子者の世話係に感謝しておくところか……フフ。

 

「どうかしましたかな……?」

「いいえ、狩りなど久しぶりで……腕が鳴ると思いまして」


 そんな風につい口の端を上げたことで俺を不思議そうに見たオルゲナフ氏には、適当な言葉で返しておく。


 しかしこの男、リュミエールとの婚約時に一度会っただけの俺に怪しげな投資話を持ち掛けて来るなど、到底信用できる人物ではない。


『――懇意にしている商人から、ある金山の権利書の一部を譲ってもらいましてな』


 話によると、各自が支払った土地代に応じ、その山で採掘された金の売却益が月ごとに支払われるという内容だったが、どうにも胡散臭いものを感じ……俺はしばし検討させていただくとだけ告げてその話を打ち切った。


 血縁を結ぼうという間柄だ……そう邪険にもできないが、リュミエールとの結婚がうまくいくまでの付き合いにしておくのがこちらの身の為だろうな。


 ここに来るまで見かけた領民達の姿も、表情は暗く冬場だというのにろくに寒さも防げないようなぼろを纏うものが多かった。……これだけで判断するのもあまり良くないが、うまく領地を運営出来ていないような気がする。


 俺は憂鬱な気持ちをひた隠しにしながら、しばし彼らと世間話に興じるふりをした。


 だがこいつらからは、金の話と女の話しか出て来ない……仮にもこの場にはルビディル殿を含め侯爵以上の大貴族が集っているというのに、揃いも揃って自分達の欲絡みの話ばかりではないか……。悪いとは言わんが……もう少し実のある話も含めてくれ……。


 そんな中で王太子が、唐突にこんな提案をする。


「せっかくこうして集まったのだ。狩りをするだけではつまらないだろう……一番獲物を多く捕らえた者の言うことを、最下位の者がなんでも聞くというのはどうだ?」


 余程弓に自信があるのだろうか……?

 そんな風には見えないが、勝っても負けてもややこしいことになるのは明白だ……俺は反対の声を上げる。


「私は賛成しかねますな……本日は友好を深める為という名目であったはずでは?」


 だが、他の二人は乗り気のようで、朗らかに王太子に追従する。 


「だからこそですよ、男には男の付き合い方というものがありましょう……面白いではありませんか」

「王太子の言われることでしたら、仕方ありますまい。少し位いいでしょう、ハーケンブルグ公爵……」

「いや、私は……」


 結局多数決で押し切られることになり、俺は渋い顔をしながらそれに参加させられた。少しばかり作為的な雰囲気を感じて気は進まないが……こうなっては仕方がない。


「では、私は不公平の無いように、審判でも務めさせていただきましょう。日が暮れる前に多くの獲物を狩って来た方の勝利ということで……それでは、始め!」


 宰相のルビディル殿は、リーベルト王国の屋台骨と名高い優秀な人物だ。

 仮に王太子が勝ち無茶な要求をしようと、うまくなだめてくれるだろう。


 彼が発した合図が響き、狩りが始まった。

 二人はそのまま馬で駆けてゆくが……馬上では弓の狙いはなかなかうまく定まるまい。


 俺は馬を降り、ルビディル殿に預けようとする。

 すると彼は首を振り、馬の手綱を受け取らずに黙って紙片を馬の体と鞍の間に滑り込ませた。


(何かあるのか……?)


 その強い視線を不審に思いつつもそのままその場から離れ、誰もいないことを確認して紙を開き内容をあらためる。


 そこには驚くべき内容が記されている……。


『――ハーケンブルグ公爵殿……実は王太子様の命令で、あなたに恥をかかせようと狼犬を数頭放たせ、馬の尻を追わせることになっております。その馬の尾っぽには狼犬が良く好む匂いの薬が塗られておりますので、機を見て馬をどこかに放ち下され』


(あの王子……どういうつもりだ……!)


 俺が周囲を探すふりをして、それとなく後ろを振り返ると、確かに毛先が油のようなもので光っている。匂いは良く分からないが、鼻のいい狼犬からすればこれで十分なのかも知れない。


 しかし本当だとしたらなぜ、長く王太子に仕えているルビディル氏が、その意に背くようなことをするのか。


(もしや、心変わりした……? 有り得ないことではないが)


 王太子の評判があまり芳しく無いのは、北の辺境を預かる俺などにも届いている。もちろん、こちらも公爵家としてそれなりの権力を有しているのだ。仲たがいするのは不味いと彼の独断で行動しているということも考えられるし、未だそうとはっきりしたわけでは無いが……。


(だが、何らかの仕掛けがあるのは間違いない……むッ!)


 早速遠くから雪を掻き分け狼犬が走って来る……数は二頭。

 馬が竿立とうとしたのでどうにかなだめつつ、俺は目をすぼめた。


(弓は苦手だが、距離を詰めれば話は別だ……)


 俺は辛抱強く奴らが近づくのを待ち、一射目を放つ。


 ――タァン。


 頭部に命中し、前の一頭が倒れた。

 だが……もう一頭は逃げずにこちらに走り寄り、大きく飛び掛かって来る。


 その時にはもう俺は弓を離し、腰に()いていた長剣を抜刀していた。

 首筋を切り裂かれた狼はどっと地面に倒れ、血を流して動かなくなる。


 警戒を解かずに軽く周りを見渡すが、今のところ他に動くものは見当たらない。


「狩り勝負だというからな、ちょうどいいだろう……」


 俺はその二頭を血抜きした後、馬の鞍にぶら下げ他の獲物を探しに行った……。



 ……一方その頃カシウスは、勝負などそっちのけで遠くに隠れ、遠眼鏡でレクシオールの様子を伺っていた。

 

「フッフッフ、犬どもに追われて精々無様に逃げ回るがいい……。おっ……!? クククク、面白いものが見られるぞ!」


 カシウスは二頭の狼犬がレクシオール目掛け走っていくのを見つけ、彼が逃げ回る姿をこの目に収めてやろうとほくそ笑む。


 が、しかし……。


「お、おいっ! や、やれっ! そこだ……嚙みちぎれ……ああっ! な、なんと言うことだ……その場で二頭とも仕留めてしまうとは。ええい、くそっ、くそっ!」


 うまくいかない苛立ちに彼はその場の粉雪を蹴り散らす。

 しかもあの公爵は、その仕留めた狼犬を鞍にくくり付け、更なる獲物を待つつもりのようだ。


 そこでカシウスは気づいた……自分が不利な状況にあることに。


「奴があんなに強いとは……。ちょっと待て? このままでは私が狩り勝負に負けてしまうではないか……こんなことをしている場合ではない!」


 後ろに繋いでおいた馬の方へ振り向き、急いで遅れを取り戻すべく走って戻ろうとしたカシウス。しかし、彼は夢中で気付いていなかったのだ……後ろの状況に。


「「「グルルゥ……」」」

「え……」


 そこにいたのは、無残に首筋を噛まれて引き倒された馬……そして数頭の狼の群れの瞳が、一斉にカシウスの方へ向いた。


 彼は半笑いでそれを見て矢をつがえる。


「ハ、ハハッ。ちょ……ちょうど良いではないか? こ、こ奴らを仕留めれば、勝負はッ、私の勝ちッ」


 かちかちと歯が鳴り、震えた指から矢がぽろっと地面に落ちた。


 ――パサッ。


「「「グァァウゥ!!」」」

「ひぃぇぁぁっ! 来るなッ! おっ、お前ら誰に牙を向けているか分かっているのか! 私はこのリーベルト王国の王太子なる、第一王子……た、助け、誰か助けろぉぉぉぉおおお! うわぁぁぁぁあああ!」


 それを皮切りに狼たちが王太子を追い回し、彼は盛大に悲鳴を上げながら逃げ惑う。


「――王太子殿! なにをしている!」

「カシウス様……い、いかん! 貴様ら、あっちへいけ!」

「うへぇぇぇぇん……なぜ私が、こんな目にぃ……」


 狩り勝負どころでは無くなり、たまたま近くにいたレクシオールとルビディルが狼を追い払うまでに、カシウスは尻を噛まれて大きな傷を負い、熱を出して数日寝込むことになる。


 ……そしてそれ以後王太子は犬に近寄る事もできなくなってしまったのだという。


 この不名誉な事件は王太子の対面を(おもんばか)った国王の命令で固く口留めされて闇に葬られ、当事者達だけが知る所となった……。

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[気になる点] 『一番獲物を多く捕らえた者が、最下位の者の言うことをなんでも聞くというのはどうだ?」』 この部分がおかしいです。 【一番獲物を多く捕らえた者】=1位 であるのに、1位が最下位の言うこ…
[一言] >懇意にしている商人から、ある金山の権利書の一部を譲ってもらいましてな 詐欺グープの親をやってるのか子なのか 割とヤバメな事に手を染めてるなぁ
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