表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/42

手掛かりを求めて

 公爵家での新しい毎日が始まり、リュミエールはこれまでとは違う生活に戸惑っていた。


 侍女のパメラがついてから、ダンスやマナーの指導を受ける以外は、比較的自由な行動を許可され、屋敷の限られた範囲で生活することしか許されなかった以前とはうって変わって多くの人々と接することになった。


 食事時もいつもでは無いにしろ、ケイティやパメラなどと一緒に……たまにはフレデリク、レクシオールやロディアなども顔を見せてくれ、彼らと一緒に食べる丹精(たんせい)込められた料理には心も体も温められる。


 ただなぜかとても量が多く、頑張って食べているのに度々残してしまうことだけは心苦しく思うが……それ以外は願っても無い程の好待遇だ。


 そしてある時、彼女は礼拝堂でため息交じりにこんな事をに口にした。


「……幸せになるって、不安なことでもあるのね」

「どうなさいました、リュミエール様」


 礼拝が済み、人が()けた後ポツリと漏らした言葉にシスター・ロディアの首が傾く。彼女の水色の目はいつも穏やかに細められていて、見るものに安心感を与えてくれる。


「……私、臆病なの。自分のことを認めてくれる人が出来たことが、なんだか落ち着かなくて。……嬉しいのだけど、もし私が公爵さまに気に入って頂けなかったら、また一人になってしまうのではないかとか、色々考えてしまうわ」

「姫様! このケイティをお忘れになっては困ります! ずっとおそばにお仕えしていますのに! ケイティは絶対御嬢様のそばから離れません!」


 肩越しに覗きこんで来た、良く出来た世話係が必死にそう言ってくれるのを聞いて……リュミエールは苦笑しながらあわてて言い直す。


「そ、そうね、ケイティがいてくれるものね。でも……自分の居場所が出来てしまうと、また失うのは、嫌だわ……」

「御嬢様……」

 

 公爵家との婚約の折、実家を追い出されるような仕打ちを受けたことは、リュミエールの心に深い傷を与えていた。


 そんな彼女を見ても、ロディアは微笑みを絶やすことなく懐へと手招きする。


「リュミエール様……ええと、どうぞこちらへおいで下さいな」

「シスター?」


 それに応じ、首をかしげながら寄って行く……すると彼女は手を大きく拡げてのリュミエールの小さな体を抱きしめてくれた。


 ――ふかふかしてる。


 ついつい失礼な感想を抱きながら、リュミエールはその豊かな胸に沈み込むようにして、シスターにぎゅっと抱きつく。シスターの大柄な体は柔らかくていい匂いで、とても安心できた。


 彼女はリュミエールの頭を慈しむようにゆっくりと撫でてくれる。


「大丈夫でございますよ……大丈夫、大丈夫。公爵様は冷たく見えるかも知れませんが無体なことはなさらぬ御方。領地の臣民の安寧を第一に考えていらっしゃる名君でございます。きっと、リュミエール様のことも、自分が守るべき大事な人間の一人だとそうお考えになっていらっしゃいますとも」

「……そうなのかしら」


 言葉だけでは信じられないと、しょんぼりと視線を落としたままでいるリュミエールをシスター・ロディアは背中を優しく叩いて元気づけてくれる。


「リュミエール様がご自身の役割をきちんとこなされようと努力されているのはちゃんと皆わかっていますよ。ですから周りの方々も、ここではリュミエール様に嫌なことを言ったりはなさいませんでしょう? ご心配なさることはございません……あなた様のお味方は沢山おりますから」


 にっこりと微笑むシスターの姿が聖母のように見え、ついリュミエールは今更言ってもどうしようも無いことをつぶやいた。


「お母様がいらしたら、シスターのように抱きしめてくれたかしら……」


 不思議そうに見つめるシスターに、ケイティが事情を説明する。


「御嬢様がお生まれになってすぐ、お母上は神様の元へ旅立たれまして……」

「まぁ、それは……きっとお母様も大きくなったリュミエール様がお幸せになられるのを見届けたかったことでしょうに」

「ごめんなさい……こんな話をしても困らせるだけなのに」


「いえいえ……私は嬉しゅうございますよ。私、もし聖女様がいらっしゃったらどんな風なのだろうと考えていた頃がありまして。公爵様との婚約が決まったのを噂で聞き、あなたとお会いできるのをずっと楽しみにしておりました。そうしたら、伝承に伝えられた通りの、白い小鳥のようなお可愛らしい聖女様がいらして……。お友達になれてどんなに嬉しかったことか! ……私のような尼僧などがおこがましいかも知れませんが」

「……そんなことないわ! 私だってシスターと仲良く出来て本当にうれしいもの」


 シスター・ロディアが浮かべた表情に目頭がじんわりし、ついまた胸元に逃げ込むリュミエール。


「ですから、大好きなリュミエール様を悪く言う方が現われましたら、私が一日中でもきつく説法して差し上げますので、ご安心下さいませ」

「……はい」

(いいなぁ……)


 そんな二人の姿を見ながら、つい人差し指を口に持って行きそうな自分を諫めるケイティ。

 だが、内心には少しの嫉妬がくすぶる。


(最近は大きくなってめっきり私には甘えてくれなくなったのに、あんなに素直な可愛い姿を見せるなんて……)


 羨ましさに、ケイティはシスターと自分の外見的要素を見比べる。


(やはり大きさよね、あの包み込むようなふっくらとした身体からゆとりのある心が生み出されているのかしら……? 私も彼女を見習って食事を……ハッ!?)


 ケイティはその思考に雷に打たれたかのような表情を浮かべた。


(まさか、公爵様はこの事を伝えたくて御嬢様に大量のお食事をお与えに……? ふっくらした余裕のある女性になれと……。そういう方がお好きということなのですか……そうなのですね!?)


 図らずも……斜め上にズレて繋がった思考を真実と勘違いしたケイティは胸に誓う。


(わかりました……御嬢様を公爵様に気に入っていただく為ならば、私の分も断腸の思いで捧げましょう。公爵家の美食は惜しいです……けれどこのケイティ、御嬢様の為ならお腹が空きすぎて倒れようと一向に構いませんわ……くぅっ!)

(ケイティ、難しい顔をして……何か悩みでもあるのかしら?)


 そんな悲壮(?)な覚悟を固め拳を握る彼女の事を不思議そうに思いながらも、リュミエールは別の話題をシスターへと向けた。


「そういえば……シスターはこの国の伝承に詳しいのよね? お聞きしたいことがあるのだけど、いいかしら」

「はい、私の知る所でしたら、なんでも」


「信じてはもらえないかも知れないけど……私、夢の中で銀の竜に会って、名前まで聞いているの。彼は失くしてしまった大切な人を想いながら長い間苦しんでいたみたいで……。シスターは伝承をよくご存じだと思うから、その中にレグリオという方が出て来るかどうか教えてもらえないかしら」

「ふむ~……レグリオ様、でございますか……。銀の竜……もしかすると、あれが役に立つかもしれませんね。少しお待ちくださいませ……」


 シスターは奥へ引っ込むと、一つの古い巻物を手にして戻った。


「私の知る限り、銀の竜の伝承に個人名はあまり出て来ないのでございますよ。ですが、私どもも一応公爵家の葬祭へ関わっておりますので、家系図の写しをいただいているのでございます。あまり他言はなさらないようにお願いしますね」

「あ、ありがとう、助かるわ!!」


 片目をつぶり彼女が広げた巻物には、ハーケンブルグ公爵家の名だたる偉人がずらりと並んでいるのだが、リュミエールが探すのは一つの名前だけだ。


「あるかしら……レグリオ、レグリオ……」


 だが、上から下まで見下ろし、今度は下から上へ……それを三度繰り返してもお目当ての名前は見当たらない。


「う~ん、いらっしゃらないようですねぇ」


 いつの間にか隣にきていたケイティも首を振る。

 ということは夢で見た、数百年の間想い人を探し現世にとどまっているというあの竜は、ハーケンブルグ家の者ではなかったということなのか……。


 想い人のアリエステルという名前はフィースバークの家系図の中に確かに存在した……だがそれも、偶然同じ名前の人物という可能性も出て来た。


 リュミエールは本が好きだが、銀の竜が出てくるような伝承を他には知らない……シスターにも尋ねてみるが、首を振るばかりだ。


「申し訳ございません……わたくしもこの国では銀の竜というのは、国の守りの象徴たるこの公爵家の話しか伺っておりません。お役に立てず心苦しいですが……」


 ――レグリオのことをレクシオール様に尋ねた時、表情が強張って口調がきつくなったから、きっと何か関係があると思ったのに……。


 期待していたリュミエールは落胆したが、シスターに心配を掛けまいと表情を取り繕う。


「いいえ……このことが分かっただけでも良かったわ。あまりにもはっきりした夢だから、きっと何かあるはずだし、また自分でも色々調べてみようと思うの……大丈夫!」


 そう言い切っては見せたものの、自信を失くしてしまったのは隠せなかったらしく……柔らかい声でシスターは励ましをくれる。


「元気をお出し下さい。夢で何らかの啓示が下ることはままありますし、私もそれがまやかしだとは思えません。そうですね……良かったら私もお力添えさせていただけませんか? 幸い礼拝堂には日々大勢の方がいらっしゃいます……そういったお話を存じている方に出会えたら、話を伺ってみますから」

「本当!? シスター、ありがとう!!」


 ――こんな私の話を信じてくれるなんて!!


 その言葉に驚いたリュミエールはロディアに思いきり抱き着く。

 今までこんな秘密を共有できるのはケイティ位しかいなくて……彼女にとっては涙が出るほど喜ばしいことだったのだ。 


 手掛かりを無くしてしまったけれど、今はそれよりも信頼できる友人ができたことが何よりも嬉しい。少し前から感じていたリュミエールの不安を、この優しいシスターはあっという間にどこかへと吹き飛ばしてくれたのだ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ