表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/42

銀色の竜の夢

(これは……夢の中なの?)


 なんとなく少女はそのことを認識できた。

 なぜなら昨晩、彼女の体は屋敷の古くさい寝台にきちんと横たえたのを覚えているから。


 柔らかい風が()でて通る見渡す限りの草原の元には、巨大な銀色の鱗を持つ生き物が寝そべっている。


 少女は徐々に先細るその体の前方へ、目を向け歩いていった。


(竜、というものなのかしら……)


 実際には見たことなど無くてもそうだと分かるくらい、絵本などで見たのとそっくりなその姿。


 やがて見え出すその生き物の頭部では、深海のように濃い蒼玉(サファイア)色の瞳が寂しげに(くも)っている。


 彼だか、彼女かは分からない……それは、少女を一飲みにしてしまえそうなくらい巨大な竜。


 だというのに少しも怖ろしく感じられないのは、きっとこの国では竜は(あが)められるべき存在であることと、その表情からありありと後悔の感情が伝わって来たからなのだろう。


 気づけば、少女は竜に声をかけていた。


「どうして、そんな悲しそうな顔を、しているの……?」


 竜は、視線を遠くに向けたまま呟く。


「私は……最も大切な人を、目の前で失ってしまったのだ……」


 雄竜であろう彼が人の言葉で返事をしたことにも驚いたけれど……なによりもその深く沈んだ声音がとても切なく、胸が締め付けられるような感情を覚えて、少女はうつむいた。


 すると、竜は彼女にいたわるような視線を向ける。


「……人の子よ、あなたまで悲しむことは無い。あれからもう数百年もの長い月日が経ってしまった。もう少しでこの身も()ち、神の御許(みもと)へ向かうことができるだろう。その時には、もう彼女はその場所にいないのかも知れないが……」


 ――きっとこの竜は、私達が生まれてから死ぬまでを何度も繰り返すほどの長い間、ずっとその人を思い続けて来たのだろう……。


 そんなことを思うと、少女の胸はとても悲しい気持ちで満たされ……我知らず彼女はその竜に願い出ていた。


「……私に何か、できることはありませんか?」


 美しい竜を少しでも元気づけたい彼女は、顔の隣に座り込むと鱗を()でる。


 金属より柔らかな輝きを持つひんやりとしたそれは、滑らかな手触りで彼女の手を受け入れてくれた。


 竜は少しだけ目を見張ると、ゆっくりとまばたきして空を見上げる。


「……ここへ来れたのなら、きっとあなたは特別な……もしかしたら、聖なる血筋を受け継いでいるのかも知れない。ならば、祈って欲しい……この魂が天に帰り再び生を受けた時に、あの人の生まれ変わりとどこかでまた会えることを」

「ええ……そんなことでいいなら毎日だってさせていただくわ。だから……その方のお名前と、あなたのお名前を教えてくださるかしら」


 すると銀の竜は、その目を穏やかにして少女に感謝を告げ名を明かした。


「ありがとう。……彼女の名前はアリエステル。そして私の名前はレグリオ……。そなたの名は?」


(アリエステル。どこかで聞いたような気がする……けど)


 少女はその言葉の途中で閃いた何かをつかみ取ることは出来なかった。

 そして、彼女が竜に名前を伝えようとした時、全ての音が遠ざかりだす。


 おそらく、別れの時が近づいているのだ――そんなことを思いながら、リュミエールは必死に声を張り上げた。


「――私はフィースバーク家のリュミエール! レグリオ……必ず私、毎日祈り続けるわ、あなたとその人がいつかどこかでまた出会えることを! そうすれば神様もきっとお聞き届けになるに違いないから、心配しないで!」


 視界が光に満ち、白にかき消されてゆく。


 蒼玉(サファイア)の瞳が最後に緩やかに()を描くのを見て少女は少しだけ安堵(あんど)し……消えゆく意識の中で二人の名前をなんとかつなぎとめる。

 

(忘れない……アリエステルと、レグリオ……アリエステルと、レグリオ)


 全てを消し去ってしまう最後の時まで、リュミエールと名乗った少女はそればかりをずっと繰り返していた。



「――御嬢様、本日は王太子様の生誕記念パーティーで御座いますよ、早く起きられませ!」


 カーテンがシャッと開き、窓から差し込む日差しにリュミエールの(まぶた)は開けられた。彼女のぼんやりした瞳の上に映るのは、若い侍女の笑顔。


 目の前で快活に笑うケイティ・ラーセルというこの若い女性は……ラーセル子爵家から数年前に行儀見習いで送られて来た、今ではリュミエールが最も信頼を置く世話係の一人である。


 と言っても彼女の世話をする者はケイティとあと一人、セルバンという老執事がいるだけで、他の者はほとんどリュミエールと関わろうとはしない。


 笑顔が(まぶ)しいケイティに背中を支えて起こしてもらい、リュミエールは目をこする。


(久しぶりにあの夢を見たわ。ええレグリオ、覚えていますとも。アリエステルとあなたがどこかでまた巡り合えますように、神様どうか、あの竜の願いを聞き届けてあげて下さいまし……)


 ベッドの上でぎゅっと両手をにぎり、目を(つむ)った少女の背中をケイティが遠慮なく叩く。


「さあさ、お祈りはその辺りで! 早く身支度をしませんと。今日は婚約者であらせられる御嬢様の記念日ともなるでしょうから!」

「こほん……わかっているけれど、そう急かさないでちょうだい……」

 

 むせたリュミエールは鏡台の前に座らされ……後ろでケイティに髪を()かされながら、ぼんやりと自分の顔を(なが)めた。


 整える前の目先に()れた白髪を見て、彼女はお化けみたいと自分で思う。


 リュミエールの白い髪と橙の瞳は、何代前の聖女の容姿が代を(へだ)て遺伝したものなのだそうで……彼女自身としてはあまり自分には似つかわしくないと思っている。


 なぜなら、彼女には聖女としての力は欠片ほども受け継がれなかったのだから……。


(ならせめて、もう少し見栄えのする顔だったらよかったのかも知れないけれど)


 リュミエールは、自分の顔を美しいとは思えない。


 鼻は小さくて低いし、目は大きくて子供っぽいし、唇もふっくらしておらず女らしさにかける……というのが彼女の自己評価だった。肌が白いのも相まって、白い服でも着て夜中をうろつけば、きっと見かけた人は幽霊か何かと勘違いしてしまうだろう。


 だが、いみじくもそんな容姿を受け継いだことで国王陛下の目に留まり、次の王となられる王太子殿下の婚約者として選ばれたのだ。


 一族の中で最も聖女らしい容姿を持った彼女の存在は、国をまとめ権勢を保つために有用だろうと判断されただけなのだと知りつつも……リュミエールは婚約者に選んでくれた王家と王太子に感謝していた。


 縁談が決まった時は、涙が次から次へと出て止まらない位に喜んだ。


 何の取柄の無い自分でも、家や国のために役に立つことが出来るのだと……自分の存在をやっと認めてもらえた気がしたのだ。


 残念ながら、それが決まった後も、彼女に対する家族の反応は冷ややかなものであったが。



 ――フィースバーク侯爵家。


 救国の聖女の功績を()って家格を引き上げられたこの一家は、現在大きく傾きを見せている。

 そもそも、この家が取り立てられるきっかけとなった聖女とはいかなる存在なのか……?


 それは今となっても明らかにされておらず……あくまで一説によると、それはこの世の自然や生き物全てに宿る、魂に干渉できる存在なのだとか。


 例えば、伝承に伝えられる聖女の力は、火の魂に働きかけて火災や地震を一瞬で(しず)めたり、水の魂に働きかけて雨を呼んで民を干ばつから救ったりするほどのそれはそれは大きなものであったそうだ。


 しかしそれは代が替わると共にゆっくりと失われ、今ではリュミエールの上の二人の姉、サンドラとリーシアも、バケツ一杯程度の水を操るとか、ちょっとした火を出したりするという程度のことしかできない。


 つまり、お飾りだけの貴族家となり果ててしまったのだ。


 もっとも、そのことだけが没落の理由ではない。

 途中までは聖女自身が爵位を受け継いでいたこの家も、代替わりにつれ男子が後を継ぐようになったのだが……彼らは国から与えられた領地より得る収入を正しく扱うことができなかった。


 聖女たちも、自分達の功績で日々の(かて)を得ているというのに自堕落な生活を送る男どもに愛想をつかし、聖女としての修練を怠るようになる。やがて、以前のように大きな力を持つ聖女は現れなくなり、民達からの大きな非難にも(さら)されるようになった。


 元は公爵家としての地位を持っていた家格も下げられ、今では元々持っていた領地の四分の一程度を辛うじて維持している状態である。


 それでもまだ、多少の力が残っているだけましではある。この国に聖女の加護があるというデモンストレーション位には使えるからだ。聖女のいる国に手を掛ければ、神罰が下る……そんなハッタリなどでも使えるものは何でも使って国というものは、隣国との平和を守らなければならない。


 取り潰すことは出来ず、かといって民衆の非難も無視はできず、国が扱いに困りながらも存続させているというのが今のこのフィースバーク侯爵家の現状なのであった……。



 ――そして、聖女の容姿だけしっかりと受け継ぎ何の力も持たないリュミエールは、良い物笑いの種にされている。


 彼女自身は代々家に伝えられている修練法をかかさず、二人の姉の倍も三倍も努力をこなしているのだが、小石一つも動かせない。なので周りから《(から)っぽ聖女(せいじょ)》だの《亡霊令嬢(ぼうれいれいじょう)》だのと、色々な場所で陰口をたたかれるようになってしまった。


 そのことをリュミエールはとても悲しく思うが、同時に出来ないことは仕方ないのだと諦めてもいる。


(聖女としては無能でも、国の象徴として少しでもこの容姿が役に立てば……えい!)


 そんな風に彼女は自分を(ふる)い立たせると、ボウルの中の水を顔にパチャパチャと当てた。お湯ですら自由に使わせてもらえないので、冬場はこれが肌に()みるが、ひたすらがまん。


「よし、今日も頑張るわ……! ケイティ、いつも通りにしっかりお願いね」

「はいはい、御嬢様……今日もうんと綺麗にさせていただきますから」


 そうしてけなげに拳をにぎるリュミエールに、ケイティは目を細める。


(リュミエール様はお心も美しくこんなにお可愛らしいのに、なぜ皆色眼鏡をかけたまま受け入れてくれないのかしら? それに王太子様はあまりいい噂は聞かないし……お送りするのが少し不安だけれど、仕方ないわね……。せめて婚約者として胸を張れるようにいつもより念入りに支度を整えるとしましょう!)

 

 この少し年下の頑張り屋の少女をとても好ましく思っている彼女は、せめて誰の前に出ても恥ずかしくないように、気合を入れ腕によりをかけて化粧やドレスの準備を始めていく。


 一度パーティ会場に入ってしまえば、彼女の身を守ってくれる人は誰もいない……。

 お付きの侍女としては、婚約者の王太子が予想よりましな人格で、きっちりエスコートしてくれることをひたすら願うしかないのだった……。

面白い、続きが読みたい、リュミエールはこの先どうなるの!? 

と思って頂けましたらブクマと↓の星で☆から☆☆☆☆☆まで、素直なお気持ちでかまいませんので応援をしていただけるとありがたいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 聖女としての修練にかまけるようになった。やがて、以前のように大きな力を持つ聖女は現れなくなり、民達からの大きな非難にも晒さらされるようになった。 ⇒修行ばっかりするようになったら力はよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ