第五部 友里恵リセット!後
第五部 友里恵リセット!後
1.運命の男、村雨との最後の戦い
私は、記憶を失くした後も私だ。
記憶を失くした前後で同じ人格だし、記憶が曖昧なことって、誰だってあるから、私は記憶喪失を気にしてない。が、周囲の人達はとても気にしてる。
「思い出したくない過去もあるだろうから、、どこまで話していいかわからないけど、、実はね、、」
友達、私の両親、別居中の夫の進、頼れる上司藤木さん。私が記憶を失くす前から私の身近にいて、私が信頼している人達は、必ず言う。そして、私に何があったか教えてくれる。村雨のセクハラを教えてくれたのは、夫の進と頼れる上司の藤木さんだった。
夫の進は、私が村雨からのセクハラも忘れて「村雨は優しい人」と評価したことに驚き、そして、村雨の執拗なセクハラ、男としての度量の無さ、身勝手さを、保存されていた村雨LINEを見ながら、私に教えてくれた。
私は、記憶にないLINEのやりとり、というか一方的な村雨LINEを見ながら、村雨の執拗で身勝手な行為の数々を知った。
「最低!」
この言葉しか出てこなかった。
藤木さんからも村雨のセクハラ行為を聞き、夫から聞いた内容とほぼ同じだったから、私が覚えていないだけで村雨のセクハラは事実だ。
10月。村雨から私の社用スマホに電話があり、でれなかったので、普通に折り返した。
「もしもし、友里恵。村雨です。折り返しありがとう。事故にあって記憶が曖昧になったと聞いて、心配で。大丈夫か?」
しまった!普通にかけてしまった。やはり他人から聞いた話はまだ自分事じゃない!
「ご心配頂きありがとうございます。この度はご迷惑をおかけしました。私は大丈夫です。引き続きよろしくお願いします」
サラリーマンとして、これ以上話すことはない。
「そうか!元気そうで良かった!声を聴けて良かったよ!またね!」
普通に応えたつもりだが、明るい声で「またね!」ってなんだ?そもそも「友里恵」と呼ばれる筋合いなし!
別居中の進と上司の藤木さんの話では、9月末の記憶を失う直前に村雨との関係は切れているはずだ。悪い予感がする。
悪い予感は当たる。
11月上旬に、村雨から超長文のLINEが送られてきた。記憶を失ってからは初めてのLINEだが、LINEの長文にろくなものはない。まして、スマホ画面を2回以上スクロールしないと全文が読めない村雨LINEは、もちろんろくなものではない。
長文すぎる村雨LINEは、つまりこういうことが言いたいだけだ。
「記憶が曖昧で忘れてるだけで、2人の楽しい時間があった」
「もう一度2人の楽しい時間を一緒に作りたい」
「2人の関係は今まで秘密だったから、これからも秘密にしてほしい」
「2人で会いたい」
村雨との苦痛の時間は二度と過ごしたくない。
自分の立場を守りたくて、村雨は誰にも言うなと言う。私の記憶が曖昧なことを良いことに、村雨の都合を、村雨の欲望を押し付けてくる。これらが超長文村雨LINEの要旨だ。今まで秘密でなかったように、この超長文LINEを夫の進にも、上司の藤木さんにも見せた。2人は同じ感想を言った。
「気持ち悪い」1000%賛成!
私は、初めてこの超長文の村雨LINEを見た時、2人と全く同じ感想をもった。
超長文の村雨LINEは、私と進と藤木さんに既読スルーされて放置された。2日くらい経って短文の村雨LINEがきた。
「来週、名古屋に行くよ。また、連絡するね!」
はぁ!
意味はわかるが、理解できない行動をしようとしている。9月の、社内の噂と私からの強気の断りで懲りたはずじゃなかったの?懲りたから連絡してこないんじゃないのか?理解できない行動をしようとする村雨に恐怖を感じた。翌日、また、LINEがきた。
「来週の木曜日、金曜日と名古屋泊。金曜日の夜は店を予約済み。久しぶりにご飯行こう!」
怖い。。会わなければ良いのはわかってるが、「プレゼント代返せ!」と言ったセコい男がお金かけて名古屋に来るし、どこかで待ち伏せされて何されるかわからない。私の会社では社員のスケジュールは共有され、私の行動を村雨は把握できる。
仕事中のことだし、別居中の進より、まずは頼れる上司の藤木さんに相談しよう。
藤木さんに村雨LINEを見せて、「村雨に会わないと何されるかわからない。でも長時間を2人きりで過ごすのも怖い」と率直に伝えた。
「わかった。じゃあ、こういうのはどう?」
藤木さんの提案はこうだ。
まず、村雨の予約した店で村雨と会う。ただし、会社に戻らないといけないから、19時30分迄しか店にはいられない。店を出て村雨と別れたら、必ずくる村雨LINEに「これからはプライベートで会えない」と返信して、穏便に断る。念のため、19時30分には藤木さんから、私の社用スマホに電話して、店を出やすいようにする。
私と藤木さんの共同作戦は決まった。
村雨との決戦、運命の日。
予定どおり、私は18時30分に村雨の予約した店で村雨と待ち合わせた。私と会った時の村雨のニコニコ笑顔は気持ち悪いが、それ以上に、暗い個室を予約されていたことはもっと気持ち悪い。
「やっと会えたね。事故の話を聞いてから、ずっと心配してたよ。元気そうで良かった。」
「はい、おかげさまで。。。」
私のひきつった愛想笑いに気づいただろうか?気づいてないな。村雨はニコニコしながら、私の知らない昔話を話し始めた。2人で高級イタリアンに行った話、広島出張の話、東京に転勤した後にプレゼントを持って名古屋にきた話をしていた。私は全部覚えていないが、それぞれの場面の私は嬉しそうだったと村雨は言った。
嘘つき!聞いてる話と違う!
そろそろお開きにしよう。
「私、今日19時30分には会社に戻らないといけないんです。やり残した仕事があって」
「えっ!そうなの?」
「はい。もうすぐ戻らないと。。」
「明日すればいいんじゃない?」
「いや、どうしても今日中にしないといけないんです」
「どんな仕事?」
村雨は食い下がってきた。
「今日中に資料を作って、お客様にお届けしなきゃならないんです」
「うーん」
村雨は考え込んだ。作戦どおりに帰れそうだ。
「じゃあ、事務室まで一緒に行って、待ってるよ。お客様のところにも一緒に行ってあげる」
行ってあげる、じゃないわよ!
「それは結構です。申し訳ないです」
「いいよ、気にしないで。夜道は危ないし」
想定外のしつこさ、あなたといる方が危ないのよ!
店を出たものの、村雨が付いてくる。しかも何度も手を繋ごうとする。
もうすぐ19時30分だ。藤木さん、電話して!
村雨と歩きながら事務室に向かう途中の横断歩道で青信号を待っていた時、まさに19時30分ちょうどに電話が鳴った。
早く、信号、変われ!
急ぎ足で青信号の横断歩道を渡る。
「はい。今から事務室に向かうので、藤木課長には申し訳ないですが、事務室を開けてもらって、少し待っててもらっていいですか?」
「事務室に着いたらご連絡します(付いてきてる)」
意味不明なやりとりの中、村雨が一緒にいることを小声で伝えた。
気づいて!お願い!藤木さん!
事務室の入るビルの外で、隣で村雨がじーっと私を見てる中、私は藤木さんに電話した。
「今から行きます。事務室の中で待ってて下さい」
急いで、ビルの通用口を通り、エレベーターに乗り込む。急いで、事務室の扉を開けると、いつもの席に藤木さんが一人で座っていた。
「藤木さん!村雨さんが一緒に付いてきて。私、怖くて」
まずは、事務室で待っててくれた藤木さんに感謝の言葉を言うべきだけど、私の感情が先走った。でも、藤木さんは冷静だった。
「大変だったね。もう大丈夫。」
私は、少し安心した。まだビルの外で村雨が私を待ってると思うと怖いが、藤木さんと2人ならなんとかなりそうな気がした。
私は、店の中の様子から事務室に来るまでを藤木さんに話した。
「村雨さんが帰るようにLINEできないかな」
「LINEならできます」
私は藤木さんの提案に乗った。
「なんて、LINEしましょう?」
藤木さんと2人で考えて、資料作りに時間がかかるとか、一人で行きたいとか、LINEしたがダメだった。村雨は帰らない。いい加減、気づいてよ!
最終手段のLINEを打った。
「今の村雨さんはストーカーです。これ以上続けると会社に言いますよ。」
既読になって、しばらくしたら村雨から返信がきた。
「了解しました。帰ります。行動に注意します。これからはご安心ください。」
それから、村雨からのLINEはこなくなったが、怖いので、藤木さんと2人で30分くらい事務室にいた。途中、エレベーターが「ピンポン♪」と鳴って事務室の階に止まった時は、村雨が来たかと思って2人でドキドキしながら息をひそめた。
しばらくして、藤木さんと一緒にビルを出て、辺りを見回して村雨の姿がないことを確認し、2人で駅まで行き、私は藤木さんと別れた。
私は、藤木さんとの帰り道で相談し、村雨を正式に会社にセクハラで訴えることにした。
土日は村雨からの連絡はなかったが、どこかで待ち伏せされてたら怖いから、ずっと家にいた。夫の進とは別居中だから、一人暮らしで怖かった。
週開け月曜日、私は会社に村雨をセクハラで訴えた。
人事部と担当役員が村雨と面談し、今後一切、公私共に私に連絡しないことを村雨に約束させたとのことだ。村雨が人事部と担当役員に呼ばれて、会議室に入り、出てきたら、村雨の顔は元気のない青ざめた疲れた顔だったと、事情を知らない東京の同期からLINEがあった。
それ以来、村雨からの連絡はないから、完全勝利だ。
私は、助けてもらった藤木さんにお礼がしたくて、ご飯に誘った。
2.運命の男、藤木
12月。私は一人暮らしを辞めて、夫の進とまた一緒に住むようにした。村雨の報復が怖かったからだ。念のために、近くの警察にも連絡してあるから、村雨が現れたら、すぐに対処できるはず。
家族を巻き込みたくないし心配させたくないから、夫の進には、11月に村雨が名古屋に来たことや村雨のストーカー行為を会社と警察に報告したことは言ってない。
私が誘った藤木さんとのご飯は、夫の進と同居を再開していた12月中旬。帰り道は、今までどおり、進に迎えにきてもらう予定だ。
私は藤木さんと、私のお気に入りの居酒屋「魚太郎」で待ち合わせた。村雨のストーカー事件の話もするから、私は個室を予約した。
藤木さんと2人きりで、今となっては2人だけの秘密になった村雨のストーカー事件を楽しく振り返って話した。私が記憶を無くす前に藤木さんに相談していた村雨のセクハラ行為も、藤木さんは話してくれた。いつまでも続きそうな2人だけの楽しい時間もいつか終わる。藤木さんが、まだある2人だけの秘密を神妙な顔で始めた。
「本当に2人だけの秘密があって。。。」
「何ですか?聞きたい!」
私は無邪気に言った。
「消したい過去もあるだろうから、話していいか迷ったけど。。。」
藤木さんは歯切れが悪くなった。
「教えてくださいよ。何ですか?秘密って。私は藤木さんを信頼して何でも藤木さんに相談してきたから、なに言われても、驚かないですよ。」
「あなたと俺の過去だから、俺だけが知ってるのはフェアじゃないと思うから、話すね」
「はい。何ですか?私達の過去って」
「去年の11月と12月にあなたと俺は、2回関係を持って、2回とも俺がゴールしなくて、あなたを深く傷つけて、あなたから突然LINEで絶縁された。あなたは何も悪くない」
「えっ、、」
私は藤木さんと関係を持っていた。。ありそうな話だけど、私から藤木さんとの関係を終わらせるって、どういうことだ??
あんなに嫌な気持ちにさせた村雨のストーカー事件だって解決してくれて、記憶を失くす前からずっといろんなことを何でも相談してて、一番、頼りにしてる男なのに。
LINEで私から絶縁って、何だ?
私は藤木さんとLINEしてないと思っていた。
藤木さんとのLINEはどこだ、、、、あった!
ほとんどやりとりしないから、一番後ろにあって、気づかなかった。藤木さんとのやりとりを見た。
私から誘った2人飲みのキャンセルと関係を終えたいとの長文LINEを、私から送っていた。長文だが、「藤木さんを人として尊敬してるが、2回目の関係をもった時から女としての自信を失くし深く傷ついている。明日以降は2人では会えない」という趣旨のLINEだ。ひとつ前のLINEで「飲み会が楽しみで会いたい」と言って、次のLINEは「傷ついていて会いたくない」と言う。真逆の内容だが、「傷ついている」これが私の本音だ。藤木さんから返信はない。
2回の関係、、ゴールしない、、女としての自信。
私は何を見つめてるかわからないが、遠くを見つめていた。そして、私のいろんな気持ちが戻ってきた。
私は、村雨が怖くて嫌で気持ち悪いと思ったけど、私は傷つけられてはいない。。村雨はストーカーだったけど、私の女の魅力に惹かれ付きまとった。
藤木さんは違う。藤木さんは私に魅力を感じてない。私を好きじゃない。だってゴールしてないし、LINEの返信だってない。私に魅力を感じて好きだったら、LINEの返信とかあっていいし、今だって一言あっていいのに、何もない。
あれから私は女としての自信を失くし、深く傷ついていた。藤木さんに傷つけられていた!
何だか不安になってきた。私はどうしたいの?私は藤木さんとなぜ会うの?女としての私を深く傷つけた藤木さんに。私に魅力を感じてない、私を好きでもない男に。
私は、無言で席を立ち、そのまま店を出て、タクシーに乗り込んだ。窓の外に映る名古屋の街の流れるネオンをぼーっと眺めながら。
私が頭を強く打った時、忘れたかったのは、消したかった過去は、藤木さんとの関係だったのだ。女としての自信が傷つけられたことだった。
私が最も信頼している男が、私を一番傷つけていた。
でも、藤木さんは何も悪くない。
悪くないとわかっていたから、消したかったのかもしれない。
家に着くと、ドアを開けた時の夫の進は驚いた表情だったが、すぐに笑顔になった。
「おかえり」
進は私に何も聞かずに、ドアを開けて私を部屋に招き入れた。私は、何も話したくないし、何も話せないから、進が何も聞かないことをいいことに、すぐにお風呂に1人で入った。お風呂を出て、無言で寝る準備をして、1人で寝た。
この間、私が何もしゃべらないから、進は何も聞かず何も話さず、黙々と家事をしていた。やっぱり、進は私の夫だ。私は、少しだけ、進のことが好きになった。
気分屋の私は、私から持ち掛けた進との結婚の約束を破った。
3.マリア様
私は、私の家族と私の人生に満足している。
同じ名古屋市内に住む、いつも優しい大好きな父と母、そして家事をやってくれる夫。共働き夫婦の私達は育児を分担する。大手精密機器メーカーに勤務する1歳年上の夫と、商社に勤務する私と、生まれたばかりの可愛い男の子と三人の、仕事と家事と育児に忙しい生活を過ごしている。
私は、裕福な家庭に育った箱入り娘だった。父の趣味(なぜか父は《聖母》マリア様が好き)で実家のリビングには赤ん坊のキリストを抱いた聖母様の大きな絵が飾ってあり、いかにもお金持ちといった雰囲気の家だ。私は小さい時からマリア様を見て育った。
ところで、聖母様は処女懐胎したとか。実際のところどうなのか、聖母様しかわからない不思議な話だが、キリストの母となって彼女の人生が変わったことは間違いない。
キリストは養父ヨセフと実母で処女懐胎したマリアに育てられた。キリストが誕生して、育って成人して、マリアは《聖母》となった。
キリストが生まれる前は、ひとりの女としてのマリアだった。女として、きっと、いろいろあったんだろうな。なんとなく、わかる気がする。うん、わかる。
永遠に歴史に名前を残す《聖母》マリア様も、キリストを授かる前の誰も知らないひとりの女としてのマリアも、どちらも魅力的なマリアだったはず。
それにしても、いろいろあった私にとって、9月に生まれたこの子は、私の新しい人生と共に歩む運命の男。
とっても、かわいい。
大好き\(^_^)/