第四部 友里恵の夫 進
第四部 友里恵の夫 進
1.運命の女 友里恵との出会い
私は、家族に不満はない。
美しい妻と9月に生まれたばかりの可愛い息子。幸せいっぱいの絵に描いたような家族だ。
私達夫婦は、妻である友里恵の実家に来て、お義父さんお義母さんに初孫を見せている。初孫を見るお義父さんの顔は緩みっぱなし、お義母さんの顔は緩みながらも緊張感をもって初孫の様子の変化を観察している。友里恵は初孫をお義父さんお義母さんに任せながらも常に気をかけている。友里恵は裕福で暖かい家族の下で育った箱入り一人娘だ。赤ん坊のイエス・キリストを抱いた聖母の絵が飾ってあるリビングは、いかにもお金持ちの雰囲気だ。
最愛の妻で運命の女、友里恵との出会いはマッチングアプリだった。
私は、イケメンでもないし、皆を笑わせるような面白い話もできないし、これまでの人生でモテたことはなかった。モテたいからと努力したことはなかったが、綺麗な彼女を連れて歩いてる友達が羨ましいと思ったことはあった。結婚願望は強くないが、やはり彼女はほしいし、30歳近くなったら両親から結婚についてとやかく言われるようになり、かといって男ばかりの職場に出会いはなく、マッチングアプリで運命の女を検索するようになった。マッチングアプリでマッチングして会えたとしても、イケメンでもなく面白くもない男には、二度目のデートはなかった。
マッチングアプリで出会った友里恵との初めてのデートは、私が予約したお洒落なイタリアンだった。待ち合わせ場所に現れた友里恵は、今まで会えた女性の中で一番の美人だった。「こんな美人がマッチングアプリしてるのか」「俺なんか不釣り合い」「俺じゃない」「今日もダメだな」と、モテない私は美人を前にした高揚感より緊張感を、そして私と友里恵の男女のアンバランスのようなものを感じた。
そうはいっても、私は美人と2人きりで食事した。
「僕、技術者で新製品の開発をしてます。友里恵さんはどんなお仕事ですか?」
「友里恵さんの好きな食べ物は何ですか?僕は、ここのパスタが好きなんです。嫌いなものは何ですか?」
私は準備してきた話題で場を盛り上げようとした。友里恵は終始スマホに触れず、私の話に相づちも打ってくれたし、質問にも答えてくれて会話にはなったが、盛り上がらずに何度も沈黙があった。
何度目かの沈黙で、友里恵はなんの前振りもなく、脈絡もなく、私にゆっくりとした口調で聞いた。
「私と付き合いたいの?結婚してくれるなら、いいよ」
「あ、あ、はい。」
突然すぎて、唐突すぎて、飛躍しすぎて、嬉しすぎて思考停止した私はYesと答えたのだ。
そして、私と友里恵は、結婚を前提に付き合うようになり、デートを何度かしてから、お互いの両親に結婚の挨拶をした。
デートを重ねるうちに気づいたことは、友里恵は恋愛経験が豊富なこと。そして、彼女を不快な気持ちにさせたくないから、あえて聞かないが、初めての夜を共にした時、きっと男性経験も豊富なんだと思った。たぶん「ベテラン」の友里恵は29歳、「初心者」の私は30歳。
アンバランスな私達は結婚した。
2.運命の女、友里恵との結婚生活
私は、友里恵との結婚生活に不満はない。
私達は、友里恵の意向で結婚式も披露宴も新婚旅行もしていない。タキシードとウエディングドレスを着た私達の記念写真を一生の記念とした。友里恵は3ヶ月くらいかけて、エステに通って食事制限して、完璧な身体で撮影に臨んでいた。
友里恵の美貌と結婚した私は、この時の彼女の一所懸命さ、自分の拘りへの直向きな姿が好きになっていた。
共働きの2人の結婚生活では家事を分担している。洗濯は友里恵の当番、それ以外の家事は私の当番だ。これからの育児は共同かな。
私は、友里恵が大好きで大切で心配だから、彼女が会社の飲み会の時などは、彼女を車で迎えに行く。
「ごめんなさい、遅くなって。上司が二次会行こうって、しつこくて。」
「全然、大丈夫。帰ろう。お風呂沸かしてあるよ。コンビニ寄ってく?」
そして、私達夫婦はとても仲がいい。
1つのベッドに毎日2人で寝るし、たまに一緒にお風呂に入るし、休みの日は、2人でドライブに行ったり2人でデパートで買い物したりする。いつも一緒の幸せな家族の時間だ。
結婚に際して、私は友里恵と約束したことがある。
Sexはしない。Kissもしない。
私は友里恵と一緒なら幸せだからこの約束を守っているが、気分屋の友里恵の求めで、昨年末に一度だけ約束が守られなかった日があった。この日、結婚後初めて2人の約束が破られ、この子が誕生した。
友里恵はとても気分屋で、署名済みの離婚届を突然持ってきたり、突然別居したと思ったら寂しいから会いに来いと言い、約束を守りながら彼女の家に泊まった翌日はデパートに一緒に買い物に行ったりした。数ヶ月の別居生活を経て、また一緒に暮らしだした頃に2人の約束は破られた。
3.運命の女、友里恵を村雨から解放!
気分屋で華やかな経歴を持つ美人妻の友里恵は、過去、ストーカーやセクハラの被害にあっている。結婚前には東京で、会社帰りにストーカーの待ち伏せにあい警察沙汰になったそうだ。結婚後は名古屋で良い上司(藤木さんだったかな?)に恵まれた一方、村雨というエロ上司につきまとわれ、本当に可哀想だった。
村雨のセクハラは友里恵に内緒で私が終わらせた。
友里恵は大事にしたくないと言い続けたが、東京に異動した後も執拗にLINEを妻に送り続け、さらには無理矢理に会おうとする村雨に、彼女が精神的に疲れてきたのがわかったからだ。
友里恵は村雨のLINEを全て私に見せてくれていたし、村雨からの電話の内容も彼女から聞いていた。私は村雨のセクハラ行為を全て把握していたから、村雨の彼女への執拗さや、彼女の夫である私への侮辱が許せなかった。何より、苦痛を感じている友里恵を村雨から解放してあげたかった。
村雨がプレゼントを持って名古屋に来た時、昨年の9月上旬頃、友里恵とは別居中だったが、すぐに彼女から連絡があり、一緒に名古屋駅に向かった。友里恵はかなり怯えていた。最初に電話で連絡をもらったあの時の友里恵の怯えた声を聞き、名古屋駅に向かう車内での強ばった彼女の表情を見て、村雨から彼女を解放すると決意した。
私は友里恵の会社の人事部に、友里恵の夫として村雨のセクハラを告発した手紙を送った。もちろん友里恵には内緒で。しばらくして、友里恵から、理由はわからないが村雨のセクハラが止まった、との嬉しい連絡があった。村雨から友里恵を解放できて良かった。
村雨との決着はついたが別居生活が続いていた9月末、私達は久しぶりに2人でドライブに出かけ、交通事故にあい、友里恵はある期間の記憶を失った。
友里恵の過去はリセットされた。
4.運命の女、友里恵のリセット!後
私達は、いわゆる「あおり運転」の被害にあった。高速道路を走行中に後ろをあおってきた車に道を譲ったら、今度はその車が突然、私達の車の前にきてブレーキを踏んだのだ。ぶつかりそうになり、私が慌ててブレーキを踏んだ時、友里恵は頭を強打し意識を失った。友里恵は救急車で病院に運ばれ、翌日には意識が戻ったが、彼女と話をすると何かが変だった。外傷もなく、検査結果も異常なく、日常生活にも就業にも支障ないが、一時的な記憶障害が残ったのだ。そして友里恵は、村雨のセクハラ行為を全て忘れていた。
ネットで見たのか、誰かから聞いたのか忘れたが、人間の脳には、嫌な記憶を忘れようとする自己防衛機能があるらしい。友里恵の失った記憶の期間が、村雨のセクハラの期間とほぼ一致しているのも、彼女の脳が「消したい過去」と判断したからかもしれない。
10月。いつもどおりに出勤したはずの彼女から、会社の場所がわからずに村雨に連絡し、優しく対応してもらったと聞いた時は驚いた。一番関わりたくない男の優しい対応を嬉しそうに話すのだ。友里恵にとって、消したいくらい思い出したくもない過去もあるだろう。私は一部の記憶を失った友里恵にどこまで話して良いか悩んだが、村雨の件はLINEを見せながら全て話した。私が話し終わると友里恵は表情を強ばらせ「最低!」と言い放った。
ある期間の記憶を失くしても、友里恵は気分屋のままだった。友里恵は一人暮らしが寂しくなったようで、12月から私と一緒に暮らし始めた。
私達は、また、とても仲がいい夫婦に戻った。
1つのベッドに毎日2人で寝るし、たまに一緒にお風呂に入るし、休みの日は、2人でドライブに行ったり2人でデパートで買い物したりする。いつも一緒の幸せな家族だ。結婚に際しての私と友里恵との約束事は、もちろん守られたままだ。
Sexはしない。Kissもしない。
私は友里恵と一緒なら幸せだ。
友里恵は記憶を失くしたままだったが、私との結婚生活だけでなく会社も順調そうだった。村雨から解放され、記憶を失くす前から慕っている藤木さんは以前と変わらず頼れる上司のようで、記憶を失くした後もたまに2人で飲みに行くようだ。記憶を失くす前の友里恵からも藤木さんの話をよく聞かされた。上司と仲が良いなんて、私の会社では考えられないが、友里恵は人としての藤木さんを信頼しているようだ。友里恵と藤木さんとでLINEしてないし、頻繁に連絡しあっている様子もなく、月一回くらい2人で飲みに行っても帰りが遅くなることはない。だから、私は、友里恵と藤木さんの男女の関係を疑っていない。
そういえば、12月にまた一緒に暮らし始め、私と友里恵の約束事が破られた時、彼女が私を求めてきた日と同じ週に、彼女は藤木さんと会っていたな。友里恵が藤木さんと会っていたあの日の彼女の様子は覚えてないが、それ以降、友里恵と藤木さんは2人で会ってない。。。仲が良い上司部下なのに。。。
ん( -_・)?
あれ?
まさか!?
いや、そんなはずはない!?
この子は私と友里恵の子だ!
なんかドキドキしてきた。。。
大丈夫、落ち着け!俺!!
まあ、いいか。幸せだから考えるのはやめよう。
そういえば、ネットで調べたら、友里恵の実家のリビングにいる聖母は処女懐胎でイエス・キリストの母となり、夫のヨセフはイエス・キリストの養父だったとか。ヨセフは、夫として父として、幸せだったかな。