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第三部 名古屋支店長 村雨

第三部 名古屋支店長 村雨

1.友里恵との出会い

 私は、家族に不満はない。


 学生時代に知り合った妻との結婚生活は、もうすぐ25年になる。大学2年生の息子と高校3年生の娘に恵まれ、転勤族だが、1年間の海外勤務を除き、東京で家族と生活できている。平凡で幸せな家庭だ。

 私は、名古屋への異動を命じられた時、名古屋支店長としての単身赴任が楽しみだった。手のかからなくなった子供達と自分の仕事に夢中な妻から離れることで、東京の家族の中に失った自分の居場所みたいなものを見つけられる気がして、50歳を過ぎてワクワクした。

「名古屋支店 支店長を拝命した村雨と言います。単身赴任で、名古屋に参りました。仕事も遊びも、どうぞ皆様よろしくお願いいたします。」

 赴任の挨拶に特に拘りはないが、今回は、単身赴任が楽しみで、つい「遊び」という言葉を使ってしまった。


 友里恵は、営業一課所属で、新婚だが夜遅くまで熱心に仕事に取り組み、社内はもちろんお客様からも、積極性と熱心さが好評とのことだ。ハツキリと物事を言う性格で見た目も良いし、お客様から好かれるのも(うなず)ける。噂によると、学生時代はモデルだったらしい。

 私は、男女年齢問わず誰かを特別扱いはしない。支店長は皆に公平であるべきだ。だから、見た目が華やかで仕事熱心な友里恵にも特別扱いはしない。ただ、友里恵が私に相談しにくる時の瞳の潤んだ感じと、私に見せる笑顔は、特別なものに感じる時がある。友里恵は、私に年上の男の魅力を感じていて、アピールしてるのか?友里恵にとって私は特別な存在か?

 友里恵は、会社の忘年会で、わざわざ私の隣にきてお酒をついでくれ、潤んだ瞳でじっと私を見つめながら、時に笑顔を交えながら楽しそうに、私の話を聞いていた。やはり、友里恵にとって私は特別なようだ。

私は、友里恵の気持ちに応えるべく、会社の忘年会の一次会の後、彼女のLINEにメッセージを送り、2人飲みに誘った。

「今から少し飲みに行かないか?」

しばらくしてから、友里恵から返信がきた。

「本日、帰宅しました!またの機会にお願いします!いつもありがとうございます!!」

タイミングが合わなかった。予定は早目に決めないと、女性に失礼だったと、私は思う。


2.友里恵への求愛

 私は、女性を誘い慣れている方だと思う。私は、いつも、クリーニングされたブランドスーツや磨かれた靴を身に付け、常に清潔感を意識している。また、ウォーキングは10年以上続けていて、年齢と共に変わる体型や健康にも気をつけている。自分磨きは単身赴任しても変わらない。

 モテたい!とかではないが、会社では海外勤務経験もあり、同期の出世レースのトッブ集団に位置し、プライベートでは自分を磨き続けている。私は、女性社員から好評のようだ。私への接し方からして友里恵も私に嫌悪感はないはずだ。むしろ、積極的にアピールしているようだ。

 好意を示してくれてる友里恵に、忘年会以来、私から何度か2人飲みの都合を聞いたが、忙しい2人の予定は合わなかった。2人だけの再会は1月にようやく実現した。


 友里恵は、自分が予約すると申し出たが、女性に予約させるわけにもいかず、私は、女性が好みそうなお洒落なイタリアンを予約し、現地で待ち合わせした。木々に覆われた石畳を、間接照明を足下の頼りに少し歩く。幻想的な小道の先にある重厚な木の扉が店の入口だ。私は少し早目に現地に到着し、店内の個室で友里恵を待った。しばらくして、私が待つ個室に入ってきた友里恵は、驚いた表情を見せた後、緊張した表情に変わった。高級イタリアンで、しかも個室だから、高級な雰囲気に少し驚いたかな?私は、友里恵の緊張をほぐす為に、笑顔で彼女を迎えた。

 私と友里恵だけの時間はとても盛り上がった。私は東京本社や海外勤務時代の苦労話や面白いエピソードを披露した。友里恵は、私の話に興味を持ってくれたようで、相づちをいれながら笑顔で、聞いてくれていた。友里恵は一度もスマホを見ずに、目の前の私に集中しているのだ。また、友里恵は大好きな両親の話や幼少期の話などのプライベートの話をしてくれ、私に心を開いてくれているようだ。


 私も友里恵も酔ってきたが意識はハッキリしている。

 友里恵は私に興味を持ち、アピールしてくれている。私は、友里恵の気持ちに応えるべく、彼女が答え易いように言った。

「俺、単身赴任でしょ。寂しくて。また2人で飲みに行こうよ。旦那さんとは仲良いの?新婚だから良いに決まってるか!愚問だった、ごめん!」

友里恵は苦笑いで、答えた。

「そうですね。。。」

「もうすぐ旦那が迎えにくる時間なので、そろそろお開きにしませんか?今日はとっても楽しい時間でした。また、お願いします」

 私は友里恵の想定と違う答えに驚いた。友里恵が望むように、2人の関係を進展させやすいように質問したのに、今日はもう帰ると言うのだ。私の期待は裏切られたが、「とっても楽しい時間」を「また、お願いします」と、友里恵は、また私と2人で会いたいと言っている。そうか!友里恵の夫が焼きもちやきで束縛しているのだろう。私は、友里恵の私への思いに応えたいと思う。


 友里恵と私の2人きりの帰り道、私は、次回はどんな店が良いか、私の知る限りのお洒落な店の話をしながら、できるだけ彼女の近くで彼女の反応を確かめながら歩いた。

 私は友里恵が止めてくれたタクシーに乗り込み、彼女に見送られて家路についた。

帰りのタクシーの中で、私は友里恵に今日の御礼のLINEを送った。

「今日は楽しかったね。ありがとう!また行こうね。友里恵!」

 既読になったが、返信はなかった。焼きもちやき夫への配慮だろう。


 それから、私は友里恵にたわいもない日常報告をLINEするようになった。もちろん自分のことだけでなく、友里恵への気遣い、彼女の仕事の労いも忘れない。友里恵も人妻だから忙しいのだろう。返信が遅かったり、たまにない時もあるが、私達はまるで恋人のようにLINEをやりとりしている。いつ以来だろう、こんなに楽しい日々は!

 そのうちに私達は、毎日ではないが、平日の夜にもLINEで連絡を取り合うようになった。やはり束縛する夫の影響だろう、友里恵からの返信がない時がほとんどだった。

「友里恵、おやすみなさい。」


 私にとって友里恵は、特別な存在になりつつあったが、社内での私達は今までどおりで、支店長と部下の関係のまま、私は彼女を特別扱いはしない。友里恵も今までどおりだ。

 特別な思いを寄せる(ひと)と繋がっていたい、という思いは、いくつになっても変わらないようで、私から友里恵へのLINEの頻度は増えた。

久しぶりに2人きりで会いたい。友里恵の予定を聞いてみる。

「お洒落な店、見つけたけど、今週か来週あたりで空いてる日ある?一緒に行かない?」

「返信遅くなり申し訳ありません!予定が詰まってるので、予定がわかったら、こちらからご連絡します!」

 友里恵は忙しく、毎回こんなやりとりをするが、丁寧だし、連絡をくれるとのことだから、私を避けてはいないようだ。


 3月、私は、友里恵と終日一緒に仕事することになった。友里恵の担当企業の社長が彼女を気に入り、広島の関連企業を紹介してくれるとのことだ。会社の慣例に倣い、担当者の友里恵と支店長の私とで、日帰り出張だが、広島のお客様に取引して頂けるようプレゼンを行う。私が友里恵のプレゼンを補佐する、という役割分担でプレゼンは行われる。名古屋から広島までは新幹線で片道2時間程度かかり、私は友里恵と終日一緒にいることになる。

 友里恵と私は一緒の新幹線に乗り込み、広島に向け名古屋駅を出発した。新幹線で今日のプレゼンの最終打合せをする為、2人シートに座った。友里恵に窓際席を勧め、私は通路側に座った。仕事の打合せは京都駅あたりで終わり、お互いのPCでそれぞれの仕事をしつつ、時折たわいもない世間話をしながら、広島に向かった。

 広島での友里恵のプレゼンは非常に良かった。

 さて、友里恵が広島駅で帰りの新幹線の切符を買おうとしたので、私は購入済みの切符を渡した。2人シートで窓際は友里恵、通路側は私。往路と同じような座席だが、彼女は一瞬、驚いた表情を見せた。

広島↔️名古屋間の2時間ほどが、楽しい。10分が1分くらいに早く感じた。

 私は、友里恵のことがもっと知りたくて、彼女のプライベートを聞いたが、彼女はあまり応えてくれなかった。沈黙ではないが、当たり障りない回答ばかりだ。新幹線では他の乗客もいるからか?

友里恵は、私の目を見てゆっくりとハッキリ言った。

「私は仕事とプライベートは完全に分けたいんです」

私は沈黙した。プライベートの質問ばかりして、嫌われたのか?いや、普段の友里恵の私への接し方からして、そんなことはないはずだ。どっちだ?

 モヤモヤしてるうちに名古屋駅に到着した。新幹線改札口を出てすぐ、私は、モヤモヤをハッキリさせたくて、友里恵を2人飲みに誘った。

 私は、友里恵への気持ちを抑えきれず、どうしても2人で話したくて、友里恵との押し問答になった。何人かが私達の押し問答している姿を見て、通りすぎていた。

「もうすぐ旦那が、迎えに来ます!」

友里恵は語気を強めて言った。

 友里恵への気持ちは変わらないが、私には支店長の立場がある。友里恵の旦那と対峙する訳にはいかない。揉め事は避けたい。私は、しぶしぶこの場を離れた。


 4月、私は家族の待つ東京の本社に異動した。たった1年の名古屋支店勤務だったが、左遷ではなく前任のヘマでポストが空いたことで急遽、呼び戻されたようだ。私は友里恵に、最後に会いたいとLINEで伝えたら、「予定が合わない」と断られたが、「東京でも頑張ってくださいp(^^)q応援してます!」との応援メッセージも同時にきた。

離れても友里恵への気持ちは変わらない。彼女へのLINEは引続き送り続けた。彼女からの返信はないが既読にはなった。そして、たまに彼女から返信があると、ワクワクした。

 4月下旬には、どうしても友里恵に会いたくて名古屋に向かうと友里恵に連絡したが、彼女の予定が合わなかった。


 9月上旬。友里恵と離ればなれになって半年が経とうとしていた。私は、いよいよ友里恵への気持ちが抑えきれなくなって、直接会う決意をした。事前連絡は不要だ。予定があろうが名古屋で友里恵を待つだけだ。私の気持ちを胸に、プレゼントを手にして、新幹線で名古屋に向かった。名古屋駅に到着し、友里恵にLINEした。

「久しぶり。今、名古屋駅にいるよ。少し会いたい。プレゼントあり!」

少し時間が経って既読になり、また少し時間が経ってから、友里恵から返信がきた。

「わかりました。今から名古屋駅新幹線改札口に行きます。」

私は、友里恵を笑顔で迎えて、話し始めた。

「わざわざ来てくれて、ありがとう。どうしてもプレゼントを直接渡したくて。喜んでくれるかな。また会えて嬉しいよ。」

私は近況報告と友里恵への思いを伝えたが、話の途中で、彼女はひきつった笑顔でプレゼントを受け取り、その場を立ち去った。

「ちょっと待って!」

私の声は友里恵に届かなかった。

 私は失意のうちに新幹線に乗り込み、家族の待つ東京に帰った。


 9月中旬。私はいつもどおり東京本社に出勤し、部長席から部下の指導にあたりながら、自らの仕事をこなしていた。いつもの日常だ。

 私の上司にあたる常務執行役員が、笑顔で事務室に入ってきた。私の席に来た。常務の顔つきが険しくなった。

「村雨くん、ちょっと、いいかね。」

 私は別室に連れていかれ、友里恵へのセクハラについて詰問された。否定したが、「社内で噂になっている」「正式なセクハラ相談窓口への相談はない」「自重するように」とのことだった。

 なぜこんなことに?

 誰がこんな噂を。社内の誰が何を知っていて、誰が何を知らないのか。友里恵からの会社への訴えは()()ないようだから、私は()()()()処分されない。しかし、いつ友里恵から訴えられてもおかしくない。怖い。が、いつもどおりにしなければ。私には、失えない家族と地位がある。

 目に見えず耳にも聞こえないが、確実に私だけを取り巻く恐怖に、私は日々、怯えた。

 友里恵へのLINEはもちろんしていないが、彼女への気持ちは、こんな状況になってしまっても変わらない。

 私は友里恵に電話し、彼女は電話にでた。

「友里恵、村雨です。今、少し話せる?」

「大丈夫ですけど、何ですか?」

彼女は冷静というか、冷たい話し口調だ。

私は友里恵に自分の思いをぶつけた。

「俺は友里恵と一緒に第二の人生を歩みたいと思ってる。子供も大きくなって、妻は仕事に夢中だ。友里恵との人生を歩みたいんだ。やっぱり友里恵が好きだ。」

「お断りします」

即答した友里恵の答えは冷たかった。しばし、無言の時間が過ぎて、彼女が怒ったように口を開いた。

「もういいですか!切りますよ!」

「ちょっと待ってくれ!」

「何ですか?もう話すことないですよね!」

「俺の気持ちがおさまらないんだ、、」

「村雨さんの気持ちがどうあれ、私は仕事とプライベートを分けていて、もう私達のプライベートの関係は終わりじゃないんですか?」

「確かにそうなんだが、、」

「何ですか!」

「気持ちの整理をつけるのに、今まで奢ったご飯代とか、プレゼント代を返してくれないか、、」

私は友里恵に何を言っているのか。自分でもわからない。

友里恵は語気を強めた。

「気持ちの整理?勝手ですよね!何を言ってるんですか!お金の話ですか!?」

友里恵はさらに語気を強めた。

「じゃあ、全部、表に出しましょう!お互いスッキリしますよね!」

「それは、やめてくれ。俺の人生が終わる」

私の第2の人生の理想は消えた。

 この日以来、私は友里恵への連絡は完全にやめた。

 それから、毎日、友里恵の報復に怯えた。


 10月に入っても、東京には暑さが残っていた。友里恵の告発に怯える日々は変わらず続いていた。

いつもどおり、私は出勤し会社のデスクでメールをチェックしていた時、友里恵から私の携帯に電話があった。でたくはなかったが、仕事の件かもしれない。少し間を空けて、電話にでた。

「おはようございます。村雨()()()は、今どちらにいらっしゃいますか?会社が、ないんです!どうなってるんですか!」

友里恵が慌てているのが、電話越しにも伝わる。何が起きてる?

「何を言ってるの?事務室は今年6月に他のビルに引っ越したでしょ。それに支店長は沼沢で、俺は今、東京だよ。どうしたの?様子がおかしいよ。とりあえず、沼沢に連絡するからそこで待ってて。」

「引っ越しって何ですか?沼沢さんって誰ですか?村雨さんが支店長じゃないんですか?」

 明らかに友里恵の様子がおかしい。友里恵にはビルの入口で沼沢支店長を待つよう指示し、電話を切って、すぐに沼沢支店長に連絡した。友里恵の様子がおかしいこと、引っ越し前の事務所ビルに彼女を迎えに行ってほしいことを、沼沢支店長に伝えた。沼沢支店長も慌てていた。

 友里恵にいったい何が起きたんだ?

 その日の夕方、沼沢支店長から電話があり、友里恵は事故により一時的な記憶障害になっていることを聞いた。だから、私を名古屋支店長として連絡してきたのだ。ついこの前の、男女のやりとりがなかったかのように。

 友里恵が失くした記憶に私との時間も含まれているのか?でも、いつか記憶が戻るのでは?

 少なくとも今の友里恵は、いつからかの記憶を失い、私との過去の一部を失ったには違いない。

 私達の関係はリセットされたのだ。

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