第弐話 揺れ動く日常
プロフィール
ロル ニコレッタ 30歳
身長170cm
体重シバくぞ?
好きなこと タバコ
嫌いなこと 仕事
「異常……?」
思わず眉をひそめる。
研究所で異常と表記されるのは、
大抵は機器の誤作動やノイズだ。
ただ、ニコレッタ所長がこの短文で呼び戻すということは——
ただのノイズじゃない。
胸の奥に小さな引っかかりが生まれる。
買い物袋を持ち直し、少し早足で歩き出したその時だった。
頭上から——
「キィィィィ……」
と、金属が擦れるような高周波の音が降ってきた。
反射的に空を見上げる。
青空の中央を、
一本の“光の線”が走っていた。
白く、細く、しかし異常な速度で。
「流れ星……? いや、違う……」
流星よりもはるかに速い。
人工衛星とは明らかに軌道が違う。
だが何より——
一瞬、光が“赤く明滅”した。
胸がざわりと震える。
(……まさか、研究所の異常ってこれか?)
光の線は音もなく、空の向こうへ消えていった。
周囲を見回すと、誰も気づいていない。
買い物客も、車の運転手も、スマホを見て歩く高校生も——
誰一人として空を見上げていなかった。
自分だけが、別の世界を見ていたような感覚になる。
ひとつ深く息を吸ってから、俺は研究所へ向けて走り出した。
研究所に着くと、入口でニコレッタ所長が腕を組んで待っていた。
「遅いわよ、キイチ!」
「すみません……ちょっと買い物してて」
「買い物はどうでもいいわ。見せたいものがあるの。早く来て」
いつもの軽口と違う。
声の奥に、わずかな緊張が混ざっていた。
嫌な予感が背中を滑り落ちる。
観測室に入ると、ディスプレイに映ったグラフが目に飛び込んできた。
異常な波形。
まるで振り切れた心電図のように跳ね、震え、黒い線を描いている。
「……この周波数帯、何ですか?」
「分からない。既存のどの天体パターンにも一致しないの」
ニコレッタはタバコを揉み消しながら、モニターを指差す。
「観測したのは——地球外からの信号よ」
「信号……?」
「そしてもう一つ。これを見て」
別のモニターに切り替わる。
そこには、空を横切る白い光が映っていた。
先ほど俺が見たものと同じ。
いや——映像の最後、光は一瞬だけ“深紅”に染まっていた。
「これ……さっき俺も見ました。街から」
「え……? キイチが?」
ニコレッタの表情が変わる。
驚き、そしてわずかな恐怖。
「じゃあ間違いないわ。これ——自然現象じゃない」
観測室の空調の音だけが淡々と響く。
俺たちはしばし黙ったまま画面を見つめた。
そのとき。
——ピピッ。
観測レーダーが、短く鋭い警告音を発した。
画面の中央に表示される新しい数値。
《未確認天体 接近中》
《推定衝突地点——九城町》
「……は?」
息が止まった。
「ニコレッタ所長、これ——」
「ええ。これから落ちてくるのよ」
青ざめた所長は、声を震わせた。
「キイチ。落下推定時間は——あと二十七分。」
研究所の窓の外、夏空はまだ平和な顔をしていた。
その下で行き交う人々は、何も知らずに笑い、話し、歩いている。
俺たちはその迫る緊迫感の中、何かを悟っていた。
世界の“終わりと始まり”が、
もうすぐ街へ降りてくることを。




