モテのため、小説タイトルを参考に【陰キャ】を気取ることにした俺。……なのに、周りの反応がおかしいんですけど。
「よし決めた」
とある学校の休日。場所は家の近くにある食堂。俺は本を読んでいる友人に対して唐突に言い放った。
「ああ。注文、決まったのか。定食じゃなくてカレーか?」
「違っげえよ! ほら最近、話してたじゃん。モテるための方法……というか、方針だよ」
「ふーん」
「お前さ、俺の友達だよね? 反応薄すぎない?」
「むしろ友達だからこそだわ。どうせ下らんことだろ」
そんなご無体なリアクションに対し、俺はニヒルに笑う。
「はっ! 今回は仰天するぜ……? なんと──俺は今から、【陰キャ】になる!」
「…………」
友人は俺の一世一代の宣言を無視して、読んでいる本を無言でペラリとめくった。
「ちょっと、お願いしますよ。話、聞いてくださいよ」
「ふ~……分かったよ。いや分からんけど。まあ一言でいうと無理」
「結論が早すぎるだろ!!」
「まず1つ。陰キャってのは、そんな元気が良くない。1つ。食堂のど真ん中で堂々と宣言する陰キャなんぞ、おらん。1つ。お前の性格じゃ、もう土台から無理。以上の結論から無理。だから諦めろ」
「お、おう。予想外に真面目な意見でビックリだわ。え、マジで? 俺、超絶頑張るよ?」
「正隆。お前、陰キャって言葉を調べ直してこい。そんな前向きに頑張る陰キャもおらんわ」
「じゃあさ、冬真。何か代替案出してくれよ。ダメ出しばっかじゃ俺、納得できない」
「よし、お前は今から陰キャだ。頑張れ。でだ、核心つかせてもらっていいか?」
「か、核心ってなんだよ。適当すぎる応援に文句言おうと思ったけど、そのセリフで吹っ飛んじゃったよ」
「お前、さっきモテるための方法って言葉で焦点をボカしたな? 誰か本命ができたんだろ? 言え」
「うっぐ……! 気のおけない仲ってのも考えものだな……! スマン、そればっかりは食堂を出てからでいいか?」
「まあ……さすがにここで自白させるのは人目が多すぎるか。学校関係のやつがいるかもしれんし。じゃあ後で聞こう。ああ、そこでもし誤魔化したら、その時点でこの話題終了な」
「相変わらずの容赦のなさだな……」
その後、俺の部屋に冬真を招き、詳細を話した。
俺の本命は小野弥生さん。笑顔が素敵な女の子だ。
ボブカットの髪に目のクリクリした、小柄で大人しめな子。
以前から好感は持っていたのだが、先日、満面の笑顔を見た瞬間にときめいてしまった。
その時は確か……『子猫が産まれた』とか、そういう微笑ましい話題だったと思う。
それからは、ちょっとした優しさに自然と目が行くようになり……今に至る。
相談に乗ってもらうということで、そこまで話した。
「なるほどなぁ。普通に告るなりのアタックでもしたら? なんで陰キャを気取ったり、回りくどいやり方しようとしてんの?」
「とりあえず聞いてくれよ。実は小野さんに直接さ、『小野さんの好みってどんな人?』って、ふとした拍子に聞いてさ」
「その時点ですでに色々と言いたいが。まあいい、それで?」
「で、返ってきた答えがな。『好みの人、好みの人……。知ってると思うんだけど、私、どっちかというと大人しめな方だからねー……。うーん、私の好みかー……』って言葉だったんだ」
「それ、本人の好みじゃなくて、単に本人の気質の話じゃねえの?」
「まあそう思うよな。だけど、その時ちょうど小野さん、本を持ってて。タイトルを見せてもらったんだ。そしたらそのタイトルがさ……『クラスどころか学年でも超絶目立たない超絶陰キャの俺。だが、そんな超絶影の薄い俺が、学年一の超絶美少女に超絶構われてしまい超絶困っている件』だったんだよ」
「なんだその超長ぇタイトルは。大体『超絶超絶』言い過ぎだろ。ふざけてんのか。むしろそのタイトル名に超絶困るわ。つか、よくそんなタイトル名を一発で覚えきれたな? でもまあ読めてきた。要はその小説をトレースして彼女の好みに近づこうとか、浅はかな考えを持ってしまったと」
「いやお前、浅はかって言うなよ。恋する男子の純情な努力って言えよ」
「純情(笑)な努力(笑)」
「単語ごとに一いち笑いを挟まないでくれますかねえ!! こちとら必死なんだよ!?」
「スマンスマン。お前のボケがあまりにも面白くてな。それで『陰キャになる』とか、いきなり寝言をほざき出したわけか」
「別にボケてはねぇし。言うに事欠いて寝言ってなんだよ! ……まあ、後はご存知の通り。そこで一大決心した俺は──小野さんに釣り合う男になるため、陰キャになる決意をした」
「あのだな、そもそも陰キャってな」
「うん」
「どっちかっていうと、マイナス寄りのステータスなんじゃねえの……?」
「えっ……」
「釣り合うとかいうなら、成績上げるとか運動頑張るとか、人とコミュニケーションとるとか。他にも色々あんだろ?」
「ま、まあそういう意見もあるよな。だが俺の意見を聞いてくれ」
「さっきから食傷気味なくらいちゃんと聞いているワケだが」
「小野さんが持っていた本イコール小野さんの趣味。つまり、彼女は陰キャが好きってことなんだよ……!」
「違うんじゃね?」
「冬真って実は俺が嫌いなの……? さっきから一刀両断が過ぎやしませんかねえ!?」
「だから浅はかって言ってんだよ。『たまたま持っていた本の主人公。しかも、そのいかにも冴えなそうなダメっぽいヤツが彼女の好みの男のタイプでした』──って、んなワケあるかい!」
「うおっ!? 急に大声出すなよビビるだろ! でも、分からないじゃん。持ってたってことは、無意識下かもしれないけど、好みのタイプってことかもしれないじゃん」
「さっき言ってたみたいに、もう直に聞いたら?」
「…………だって、照れくさいし」
「いやなんでだよ。さっきは普通に聞いてたじゃねーか」
「あの時はまだラヴ度が確定してなかったんだよ! 自覚した今の俺は純情男子。そんなナイーブな俺が聞けるはずないだろう」
「なるほどなぁ。ところで、お前が純情男子(笑)とか言うと、なんか笑えるな。あと、ラヴ度って表現、すげぇキモいな」
「再三聞くけどさ、俺たち友達だよね?」
「んー……まあ、それなら正隆なりの【陰キャ】ってのを明日からでもやってみたら? これでも友達の恋(笑)が成就するよう、応援はしてんだよ」
「そうだな、そればっかりは冬真の言う通り、有言実行して然るべきか。やっぱお前に相談してよかったわ! あのさ、それはいいけど、今また恋ってところで笑ったよな?」
「正隆よ。陰キャという存在はそういう所にツッコみたくともツッコめない存在なんだ。つまり──すでに俺はお前の陰キャっぷりを試している」
「マジか……! そんなことも気づかずに俺は……。サンキュー親友!」
こうして、この日は解散の流れになった。
そして翌日の学校。
朝一の挨拶で、俺は一発、陰キャプレイをブチかました。
「……みんな、おはよう…………」
この元気のない挨拶。我ながら完璧だ。今の俺はどこからどう見ても陰キャ。
「あっ、おはよー!」
「マーくん、今日はどうしたの? クール系にイメチェンしたとか?」
「お、じゃあさ。正隆くんが今回は何やらかすか賭けない?」
「いいねー! みんなで予想しちゃおっか!」
「うんうん、藤ニャンのキャラ改変投票って題目でやろっ!」
なんか俺のことで盛り上がっている男子と女子。
クラスの男女……というより、このクラスは大体みんな仲が良かった。
ちなみに俺の名字は藤林。人によっては正隆という名前から【マーくん】と勝手に呼ばれたり、藤林からもじって【藤ニャン】とか呼ばれてたりする。
だが、今の俺は陰キャ。そのような騒ぎは聞き流し、友人である冬真の元へと向かい話しかけた。
「どう? この元気のなさっぷり。俺的に陰キャ80点くらいは自負してるんだけど」
「0点」
「なんでだよ!?」
「お前それ、ただ挨拶に勢いがないだけだろ。朝一でクラス全体に挨拶する陰キャがいるかっての」
「え、そんなもんなの? でもさ、挨拶って大事じゃんか」
「そうだな。まあ引き続き頑張れよ」
「えー。答えかアドバイス、くれないのかよー」
俺は冬真にブーたれたが、取り付く島もなかった。
それから俺の陰キャっぷりは加速してゆく。
「おー、スマンが今日の日直。提出物が集まったら後で職員室に持ってきてくれ」
と、先生が言えば──
「あ、今日の日直って私だー。うあー、まあしょうがないかー」
「…………篠っち、俺も運ぶの手伝おう…………」
「お、藤ニャンやっぱクール系かー。いつもありがとね!」
陰キャらしくクラスの女子の手伝いをし。
男女合同の体育で、転んで膝小僧を擦りむいている子がいれば──
「…………みのりん、保健室まで肩貸すわ…………」
「マーくんありがとね。クール系じゃなくて朴訥系かー」
陰キャらしく怪我をした子に肩を貸し。
極めつけはコレだ。コレだけは絶対の自信がある……!
昼休み、冬真と飯を食った後のこと。
俺は机で突っ伏して寝ていた。
陰キャとは……無意味に自分の机で寝るものなのだ……!
というわけでお休みなさい。
そんな中、おぼろげに聞こえてくる声。冬真と……誰だ? 女子か?
「ね、冬真くん。正隆くん寝てるみたいだけど、夜更かしでも──ああ、ご飯の後だし眠くなっちゃったのかな」
「んー。こいつ今な、陰キャ中でな」
「あは、冬真くんの冗談も面白いねえ。『陰キャ票』は今のところ……おお? なんと一票入ってるみたい。入れたの誰だろコレ。冬真くんの?」
「俺じゃないな。……ああ、なんとなく読めたわ」
「ほえ、そうなんだ。冬真くんすごいね」
「いや、そういうわけじゃなくてだな。まあ……ある意味、反則ってやつか」
夢うつつな状態なので、言ってる意味はよく分からない。女子が誰かも分からない。
…………票??
で、気づけば放課後。
──なぜか、俺はクラスの中心にいた。
いや、なんで? クラスの中心にいる陰キャっておかしくない?
「じゃ、本人もいるしこれから開票しまーす」
なにその投票箱みたいなの。俺だけハブられ──おお! 陰キャ効果出てんじゃん! ふふふっ、冬真め。俺が本気を出せば陰キャなど朝飯前。なにが『お前じゃ無理』だ。ざまぁ。
「えーっと…………クール票と朴訥票が同票。『やれやれ系』とかいうのも数票あるね。……ん? 『陰キャ』?? あ、そういえばそんなのも入ってたっけ。これ入れたの誰?」
「あ、それ私」
「あれ、小野さんが? 理由、聞いてもいい?」
「うーん……」
「言いにくかったら別に言わなくてもいいよ?」
「言いにくいというより、恥ずかしいが正確かなぁ」
「? そうなの? まあ無理して言わなくてもいいし。もし構わないんなら多分みんな聞きたいと思うけど」
「あー……でも、藤林くんに悪いかも」
んぇ? なんで俺?
「ふーん? 小野さんはこう言ってるけど……正隆くん、どう?」
「別にかまわないけど。他ならぬ小野さんの意見だし」
ほら、好きな人の意見って少しでも知りたいじゃん? ──って、しまった! つい普通に返事を。俺としたことが陰キャし忘れた。まあ1日分の陰キャ貯金もあるし、一回くらいはいいか。
「いや、実は──藤林くんがボソッと『ナイス陰キャ。これで小野さんの気が引けたかな』って呟いてたのが聞こえちゃって。自惚れっぽくて恥ずかしいんだけど、私この前『陰キャが主役の本』を藤林くんに見せたし、それが原因かなー、と」
「ほー。それじゃあ、ちょっと信じがたいけど……今日一日、正隆くんがイメチェンしてたのは、まさかの陰キャで、それは小野さんの気を引くためだったと?」
………………あれ、なんでバレてんの? あと『まさか』ってなに?
「ほわい!?」
我を忘れて叫んでしまう。
「ああ、このリアクションたぶん当たりだわ。そっかぁ、正隆くん、小野さんが好きだったのかー。小野さんはどう? あっ、こんなクラスの目のあるところじゃ言いづらいか。ゴメンねっ」
「いや別にいいよ。私も藤林くんのこと、気になってたし……私の気を引くために頑張ってくれたって思ったら、こう、一気にグラッときちゃった」
「──ということは?」
「藤林くん、お付き合いしてもらえませんか?」
え、なにこの状況。なんで俺、こんなクラスの中心で本命から告白されてんの?
「俺の方こそお願いします。小野さん超絶大好きです」
しかし俺の口は勝手に動いていた。クッ……恋する純情男子の、なんたる弱きことよ……!
「おおー! ただのキャラ投票が、まさかカップル成立に結びつくとは!! よしみんな! 各自、祝福!!」
「おめでとうマーくん! ……いや、弥生ちゃんと付き合うならマーくんから呼び名は変えなきゃか!」
「ひゅ~! 藤ニャンおめっとさ~ん!!」
それからも次々と祝福の言葉をかけてくるクラスメイト。そして、最後に親友の冬真がやってきた。
「ほら。だからお前に『陰キャは無理』って言ったろ。クラス中から祝われる陰キャなんざ、おらんっての」
「いやでも。陰キャに成功したからこそ、この純情アプローチは成功したってことじゃないの?」
「純情アプローチ(笑)」
「だから、逐一笑うなよ! もう!」
「もうそこは本人に聞きゃいいんじゃねえの? ほら、付き合い始めたんだし」
「それもそうか、さすが冬真だな。えーっと、小野さん? 今の話、聞いてた? 俺の陰キャ──あれ、でも待てよ。『気を引くために頑張ってくれた』……?」
「うん。そもそも私がアレ持ってたのは確かに好みが関係あるんだけど……ほら、私って大人しめって言ったでしょ? だから、元気のいい人とか明るい人に憧れるなーって」
「えっ」
「だからほら、周りに笑顔がある藤林くんのこと、いいなぁって。そんな人が私のために、慣れないキャラ作りを頑張ってくれてるって思ったら、もうね」
「……ということは?」
「普通に告白してくれてもオーケーしてました」
その言葉を聞いた瞬間、俺は崩れ落ち、教室の地面に膝をついた。
「結局、冬真の言った通りストレートに行くのが一番早かったってことか……ははっ、こいつは滑稽だ」
「だから言ったろ、正隆。超絶ピエロだなって」
「そこまで言われたのは初耳なんですけどねえ!?」
「ま、まあまあ。さっきも言ったけど、頑張ってくれたのは間違いなくプラスに──好感度が上がったから、ねっ?」
「うぅっ、それに引きかえ俺の小野さんは超絶天使や……!」
かくして俺の『陰キャ作戦』は成功の内に幕を閉じた。
しかし──
「あ、陰キャ林くん今日ヒマ?」
「おいおい、あんまし陰キャ正隆をイジってやるなって!」
祝福してくれたのはいいが、しばらくはクラスの連中に陰キャの件でイジられるハメになったのだった。
まあ恋人ができたから、それくらいは全然いいけど。俺、どうせ超絶ピエロだし。