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ひとひらの花弁  作者: 櫻葉月咲
4. 俺が思うやさしい日々
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5枚目 ただただ君に

 葵の知るその人は自分より頭一つ分背が高く、それでいて大きな手で頭を撫でてくれた。

 声は低く落ち着いており、やまいおかされてもなお、優しく「大丈夫」と言って安心させてくれた。

 なのに、今この時ばかりはまったくの真逆だった。

 目の前にいる少年の身長は、葵の腰に届かないほどの背丈である。

 声も子供特有で高い。加えて少し甘いその声で、確かに「美和」と言った。

 空耳ではない。決して葵の耳がおかしくなったわけでもない。

 きっと葵は無意識に確信していたのだろう。最近見る夢は、愛した夫とまた巡り会えるという前兆だったと。

 姿は変われど、前世で愛した人だとすんなり受け入れられた。


 「和さま……和則かずのりさま、なの」


 声が震える。確信してはいても、目の前の少年が本当に「和則さま」であるのか、本人の口から紡がれるまで合っているのかは分からない。だから、答えを聞くのが怖かった。


 「俺は」


 少年が言葉を発そうとした時だ。


 「──い……れい、どこにいるのー!?」


 桜の樹の向こう側、ここからそう遠くない場所で声が聞こえた。


 「……母さん?」


 キョロキョロと辺りを見回し、声のする方へゆっくりと視線を向ける少年──もとい麗。


 「麗!」


 ややあって一人の女性が、葵の横をすり抜けて麗のもとへ走り寄る。

 麗を見つけると慌てて駆け寄り、ぎゅうと抱き締める。

 本人はされるがままだ。


 「いきなり走っていくんだから……。 探したのよ、勝手に居なくならないで」

 「……ごめんなさい」


 叱る声は決して責めるものでは無く、見つかって良かったという安堵がにじんでいる。

 葵はそのさまを黙って見つめていた。

 どうやら入り込む余地は無さそうだ。それに、しくも今日は小学校の入学式でもある。

 きっと、これから新一年生として、新しい日々が始まるのだろう。

 前世のことは一旦置いておくとして、小さな和さま(仮)が学校に通う所は見てみたい気もする。

 ただ、麗とは近いうちまた会える……そんな予感がした。こればかりは葵の直感でしかないが、何故かそう思った。

 現在の時刻は六時半を回るころだ。葵の通う高校はここから少し歩いた場所にある。そろそろ立ち去らないと、遅刻をしてしまうだろう。

 そう思い、きびすを返そうとしたその時だ。


 「あの!」


 凛とした声が桜の樹の下に響く。

 ゆっくりと声がする方を振り向くと、麗がこちらをじっと見ていた。

 その丸く大きな瞳は、しっかりと葵をとらえている。前世の優しい瞳を宿して。


 「俺、八坂やさか麗っていうんだ。い……お姉さんの名前は?」


 きっと『今の』名前を聞きたいに違いない。しかし母親の手前、あたかも初対面の人に言うようにそう尋ねられた。


 (あぁ……やっぱり覚えてるんだ、この人は)


 ──今、疑問は確信に変わった。

 麗は、この少年は前世の記憶がしっかりとある。

 一度そう思ってしまうと、ただ自分の名を言うだけなのに、どうしてか喉に何かが詰まったように声が出なかった。

 

 「……私は」


 絞り出すように、けれどしっかりと言葉を紡ぐ。ここまで緊張するのは高校生活一日目の自己紹介以来だ。

 ただ、あの時と今の状況は似てこそすれ、相手が違う。

 和さまは──麗は、あの時愛し合っていた人だから。生まれ変わったらきっと探しだす、そう約束した人だから。


 「烏丸、葵」


 自分にしては小さな声だったが、麗にははっきりと伝わったようだ。


 「葵……葵、かぁ」


 麗はほんのりと頬を染め、いつくしむように何度も葵の名を口の中で反芻はんすうする。もう忘れるまいと心に留めるかのように。


 「さ、麗。ここじゃ冷えてしまうから行きましょ。……葵さん、だったかしら? この子のことよろしくね」


 それまで黙って息子を見守っていた母が、麗の肩に手を添えて帰るよううながす。

 踵を返す際、微笑みを浮かべて葵への言葉も忘れずに。


 葵は桜の花びらが舞うなか歩いていく親子を、その姿が見えなくなるまで見つめていた。

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