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ひとひらの花弁  作者: 櫻葉月咲
4. 俺が思うやさしい日々
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3枚目 兄の愛と妹の感情

 時計を見ると五時三十分を少し過ぎていた。

 千秋に言われずとも準備をするつもりだったが、サンドイッチが出来るまでを見ていたかったのが本音だ。


 (生意気な態度取っちゃった……。兄さん怒ってるかな)


 恐る恐る千秋の方を盗み見る。

 と、葵そっちのけで朝食の準備に取り掛かっていた。これならばもう少し寝ていれば良かったという思いと、気分屋な兄を持ったなんとも言えない感情を心に押し込め、のろのろと自分の部屋へ戻る。



 葵の通う高校の制服は紺が基調になっている。

 スカートは赤いチェック柄。襟に校章バッジを付け、真っ白いブラウスに紺色のボーダー柄のネクタイを締めるタイプだ。

 中学のオープンスクールで最初に見たとき、この高校へ行くと決めたと言っても過言ではない。


 制服に着替えた後は、サッと洗顔と歯磨きを済ませる。次いで、癖のある黒髪をかす。が、元来の体質なのか押さえつけても跳ねてくるのだ。

癖がついている根元から、ドライヤーの温風と冷風を交互にあてる。

サラツヤとまではいかないが、なんとか人に見られる様になった。


 階下へ降りると、珈琲コーヒーの香りが微かに鼻腔びこうをくすぐる。

 どうやら丁度千秋が淹れてくれているらしい。


 スンスンと無意識のうちに匂いを嗅ぐ。我ながら意地汚いと思うが、美味しそうな匂いをさせているのだから仕方ない。


 「いい匂い……」

 「お、来たか。昼も作っておいたから持っていきな」


 千秋は葵がキッチンへ入ってきたのを見計らったかのように、花がモチーフのハンカチに包まれた弁当箱を掲げる。


 「って卵焼き入ってる?」

 「おう、勿論。甘めにしておいたから美味いぞ〜」


 ギィ、とキッチンに備え付けられた脚長の背もたれ椅子に深く腰掛け、さも自慢気に千秋が言う。

 葵は甘い卵焼きが好きだ。

 サンドイッチは塩コショウで味付けしたものが一番だが、砂糖を入れたほんのり甘い卵焼きだけは、味を変える気はない。


 「さ、食うか」

 「いただきます」


 母が看護師になってから五年近くになる。兄妹二人で朝食を摂るのが続いているからか、この日常には慣れたことだ。

 二人揃って手を合わせる。次いで、いそいそとサンドイッチに手を伸ばす。


 「美味しい!」


 まだほんのりと温かい卵焼きは、口に入れると少しの塩気が鼻から抜ける。

 パンも普通のものよりふっかりとしており、これならいくらでも食べられそうだ。


 「そりゃあ良かった。足りなかったら作るから言ってな」


 にか、と千秋が笑う。

 どんなに同級生の男子を探しても、千秋の笑顔には引けを取るだろう。それほど太陽のように温かい笑みだった。

 我ながらブラコンだと思うが、事実なのだから仕方ない。


 「……ありがとう兄さん」

 「なんだ、改まって」


 ボソリと言ったつもりが、しっかりと聞こえたようだ。

 千秋が食事の手を止め、じっと見つめてくる。

 正直、顔面偏差値の高い顔をこちらに向けないで欲しいとも思いつつ、葵はそっぽを向く。そうしないと変な勘が当たる兄は揶揄からかってくるだろう。


 「何もないわよ。もう行くから」

 「もう? まだ早いんじゃねぇの」


 時計の針は六時を少し回ったところだった。

 珍しく早起きをした日には七時に出るが、今は早く家を出てしまいたい。

 学校指定の通学カバンを、半ば引っ掴むようにして席を立つ。勿論、弁当箱も忘れずに入れて。


 「用事があるから。行ってきます!」

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