1枚目 波乱の幕開け
ピチチ、ピチチとどこかで小鳥が朝の訪れを告げている。
ジリリリ、ジリリリ……!
けたたましい目覚まし時計の音が、それまでしんと静まり返っていたピンクを基調とした部屋に鳴り響く。
「んん……」
ベッドからもぞもぞと手だけを動かし、音の在り処を手探りで探す。頭はまだ覚醒しきっていない。
すると、手が一回りは大きいであろう何かを掴んだ。バン、と半ば苛立ちをぶつけるようにその何かを叩く。
ジリリ…………
どうやら目覚まし時計だったらしい。数秒後、静寂が戻った。
後に残ったのは、備え付けられた壁掛け時計がカチカチと秒針を刻む音のみだ。
「ふぁ……」
欠伸のついでに伸びを一つする。時刻は午前五時過ぎ。烏丸葵はぼんやりとした頭で、朝が来たのだと理解した。
今日は月曜日だ。春になったばかりだというのに加えて一段と寒い日なため、布団から抜け出せずにいる。
高校生活二年目になっても、遅刻を更新し続けている葵が寝坊する訳にはいかない。
「さて、と」
諦めてベッドから起き上がる。
癖のある黒髪を跳ねさせ、のろのろと階段を降り、キッチンへ向かう。
いつもなら包丁の子気味良い音が響くが、しんと静まり返っている。まだ母は起きていないらしい。
世の母親は朝早くに起きているのだろうが、葵の母は医療従事者だ。連日の夜勤を終えて、やっと我が家に帰ってきた……それが今日の深夜。この時間になっても起きて来ないのはそういう理由である。
なので朝食は葵と三つ上の兄、千秋の仕事だ。毎日の役割を分担しつつ、なんとか日々生きているのだ。
今日は千秋が朝食を担当するはずだ。しかし、肝心な本人の姿が見えないため、まだ寝ているのだろう。
それもこれも、最近出来た彼女と遅くまで通話していたからだと踏んでいる。可愛い妹のために朝早くから朝食を作ってくれてもいいだろうに……。
「はぁ……仕方ない、作るか」
早いところ朝食を済ませてしまおう。昼には母が起きてくるはずだ。千秋のことは後回しにするとして、寝ている母を起こすわけにもいかないので、サッと食べられるものを作ろう、と冷蔵庫を開ける。
「は……?」
冷蔵庫の中はおかずとなるものがほとんど無かったのだ。あるものといえば、チューブタイプの山葵やマヨネーズ、ケチャップ。それに卵が一つ。
後はビール缶が二缶──大方、母が買ってきたものであろう──と、麦茶のみ。
野菜室にはキュウリと人参だけだ。
「これじゃあ何もできないじゃない」
なんとかおかずになるものといえば、卵焼きくらいだ。
コンビニに走るか、このまま昼を抜くか数分思案していると、廊下をぺたぺたと歩く音が聞こえてくる。
「くぁぁ……おはよ、葵」
大きな欠伸をしながら、キッチンへ入ってきた人物は千秋だった。
「ん?なに、飯無いの」
寝坊した張本人がそうのたまうのは返って清々しい。ボサボサの髪をそのままに、腹を掻きながら言うセリフでは無いと思うが、今はぐっと堪える。
この男、黙っていればイケメンなのだ。少し生活態度が残念なだけで。
「兄さん……」
ジト目で千秋を睨む。
朝食はどうした、と圧をかけたが気付いてくれるだろうか。
「おー、冷蔵庫なんも無いなぁ」
果たして千秋は葵の方を見ていなかった。