表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

一番

書くかも? と言った次の日ですが、書いてしまいました。

 朝。

 目覚まし時計よりほんの少しだけ早く起きて、リセットボタンを押した。

 朝日がカーテンの隙間から射し込み、薄暗い部屋の中できらきらと輝いていた。


「……死にたい」


 この頃口癖となっていた言葉が、勝手に口から飛び出し、遅れて胸がずきんと痛んだ。

 浅い呼吸を繰り返し、右手を胸に当て、握りしめた。慟哭が、収まらない。


 ■


「行ってらっしゃい」

「……うん」


 今日は、いつもと違ってスニーカーを履いた。

 お母さんの笑顔を直視しないようにして、ドアを開けた。


 見慣れた道を少し歩けば、ローファーを履いている時とは違い、足元がとても軽かった。バッグが軽いのも、それを手伝っているだろう。

 ……でも、心は反比例するように重かった。そしてそれが、後戻りはできないと言っているようで。

 ちらりと後ろを振り返り、お母さんがいないか確認をした。ちょうど、ドアが閉まるところだった。


 私は学校に背を向けた。


 何日も前から考えていた。こんなに無理をしてまで学校に行く意味はあるのか、と。そして、今日思った。心があんなに泣いているのに、わざわざ嫌いなところに行く意味はない、と。


 バッグに財布だけを詰め込んで、置き手紙と伴に、スマホは電源を切って置いてきた。

 ごめんなさい。手紙と同じ言葉を、もう一度呟いて。


 サボった。抜け出した。

 なんでもいい。

 心が重いような、軽いような、不思議な高揚感が身体を満たした。

 そして、突き動かされるように、歩いた。


 ■


 時間が経つのは早い。

 右を見て、左を見て、猫を撫で、風を感じて、雲空を見上げ、街を見下ろした。赤い日射しに彩られたそれらは、私とは違ってとてもとても美しかった。


 ……明日から、頑張ろう。そう、思えた。

 ベンチから立ち上がると、隣で寝ていた白と黒の猫は、にゃあ~んと鳴いて、欠伸した。


「こいつめ、猫缶はうまかったか?」


 ネコカン(と呼ぶことにした)の顎を撫でていたら、久しぶりに自然に笑うことができた気がした。


 朝とは違うけど、同じように軽い足取りで家まで帰った。


 ■


「ちょっと、どこ行ってたの⁉」


 帰って早々に、雷が落ちた。


「……ごめんなさい」


 学校に行かなかったのも、相談しなかったのも、悪いと思った。

 だから素直に謝ったけど、それだけではお母さんは許してはくれなかった。

 今回無断欠席をしたことだけではなく、その前の、ほんの些細なことまで持ち出されて怒られた。


 美しい景色が、猫の温もりが。立ち直りかけた心が。他の誰でもない母親に、がりがりと削り取られていった。

 痛かった。辛かった。涙の出る領域を凌駕してしまうくらい、辛かった。


「……やめて」


 心が壊れてしまいそうだった。


「はぁ? あんたなに言ってんの? 自分がなにしたのか――」


「やめてって言ってるでしょ!」


 この日、涙の先にも涙があるってことを、私は初めて知った。

 振り返って、家を飛び出した。財布も持たずに、スニーカーを引っ掛けるようにして飛び出した。

 月が不吉に笑っていた。


 ■


 気付けば夕方に座っていたベンチの前にいた。

 にゃあ~ん。

 そこには、間延びした鳴き声を出す猫、すなわちネコカンがいて、なにかを催促するように尻尾を振っていた。


「……ああ、猫缶はないよ。お金も無いし、買えもしないよ」


 苦笑しながら、彼女の隣に腰掛けた。

 彼女を撫でると、やっぱり温かかった。

 彼女は猫缶が無いとわかると、落胆を隠しもしなかったけど、顎の下を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。


「……ねえ、聞いてくれる?どうやって生きればいいか、わからなくなったの」


 彼女はのんびり欠伸して。その暢気さの百分の一でも、分けてもらいたかった。

 心の底にぽっかりと穴が空いて、もう、昼間みたいに空がきれいだとは思えなくなってしまった。


 ■


 月が雲に呑み込まれて、星々もきれいに消えていった。ネコカンの温もりも、月が消えるのと同時に消えてった。

 このまま死んでしまおうか、そう思っていた時、ふとなにかが聞こえたきがした。


「……笛の音?……唄?」


 それは、聞く者の心をズタズタに引っ掻くような音をしていた、と思う。

 少なくとも、私の心が健全であればそう聞こえていただろう。

 でも、今の私の心は、なぜだかその音に惹き付けられた。

 ふらふらと、おぞましき笛と唄の発生源を探した。


 その唄は、どこか遠くから聞こえてくるようで、近くにあるような気もした。

 でも逆に、近いと思っても、ずっと遠くにあるような気もした。

 でも少なくとも、聞こえる範囲にあることだけは確かで。

 道なき道を分け入った。


 ■


 月も星も雲の上。街灯もずっと遠くで消え入りそう。人の気配も、猫も、鴉の声すら聞こえない。そこにあるのはただの闇。そして、その闇のほとりに誰かいた。


「人が来たー なにも知らずにー」


 その人は、笛を片手に不思議なリズムの唄を歌っていた。

 心にささくれができるような気がしたけど、なぜだかそれに惹き寄せられた。

 気付けば彼女の隣に腰を下ろして、リズムに合わせて鼻歌を歌っていた。


「私の隣で 鼻歌をー」


 それだけ唄って、唄も、笛の音も、止まった。


「なにしにきたの?」


 代わりに、彼女がそう問いかけてきた。背筋がぞくりとするような布擦れ音が、左耳に届いた。

 ゆっくりとそちらを見てみると、彼女の笑った顔が。


 彼女の顔は、形容し難かった。

 一見普通の笑顔に見えるけど、その奥に、三日月のように曲がった目と口が。生物が、根底から恐怖するような、そんな顔をしていた。


「――ひっ!」


 急いで立ち上がって、彼女から距離を取ろうとした。


「……あ」


 でも、腰が抜けた。足に力が入らない。


「や、やめて、来ないで……」


 それでも、その恐怖の塊から逃げるように後ずさる。手も、スカートも、土で汚れるとか全く考えなかった。


「い、いや……」


 彼女はゆっくり立ち上がり、私に向かって歩いて来た。


 気を失う前に見えた彼女の顔は、なんだか少し悲しそうだった。




 人が来た なにも知らずに

 私の隣で 鼻歌を

 なにしに来たのと 問いかけて

 首を傾げて 目を合わす

筆は遅いですが、次の話はできるだけ早めに投稿できるようにがんばります。

読んでいただき、ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 抱え込んでしまった生きることへのしんどさと、味方になってくれるはずの母親にすら分かってもらえない辛さが胸に刺さりました。 不思議な存在との出会いが何を変えるのか、次話も以降も楽しみに待ってい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ