女王の冬 後話
長い時間、二人と木の中にいた。
もう、巣にいた時間より長いような気がする。
空腹の中で眠り、たまに起きてはいつまでも話した。
そして、春が来た。
「じゃあ、お別れだな。」
「そうだね。もうお腹が空いて限界だ。」
「みんな、元気で。」
私たちは空腹のあまりフラフラと飛び、それぞれ別の方へと旅立った。
まず、食事、なんでもいい、食べられそうなものをありったけ食べろとマシバは言っていた。
とはいえ私は花の蜜ばかり食べた。一口食べれば、その分だけ体が元気になっていくのを感じた。
腹ごしらえを済ませた私は、巣を作る場所を探した。
「どこがいいかな。」
森はクマがいるかもしれないから危ない。かといって人の街は食料が少ないし巣材も少ないから住みにくいし、どうせなら、川の近くがいいな、魚がいればなおいい。
野原を抜けると、綺麗な小川が流れていた。
小川には小さな魚たちが懸命に泳いでいる。
「ここにしよう。」
その川の辺に数本、背の低い木、私はその木に巣を作ることにした。
まずは巣の材料を集めなければ。
近くの木の枝や朽ちた木の皮、枯葉なんかを粉々にして唾を付けて練る。
それを木の枝の下に、棒状になるように付けていく。
そこからだんだんと広げていき、部屋を作っていく。
巣材が無くなればまた取りに行き。
戻っては巣を作る。
マシバに教わった通りに作っていく。
「ふう、思ったより大変。」
部屋をいくつかつくった。
卵をいくつか産んだ。
巣を少し広げた。
卵がいくつか孵った。
子供達に名前をつけた。
子供達のご飯をとってきて、食べさせた。
部屋をいくつかつくった。
卵をいくつか産んだ。
子供達がさなぎになった。
巣を広げた。
卵がいくつか孵った。
子供達に名前をつけた。
子供達が成虫して妹達の面倒を見てくれている。
子供達が部屋をいくつかつくってくれた。
子供達がご飯をとってきてくれた。
子供達が巣を広げてくれた。
私は卵を産む。
私は子供達に名前をつける。
子供を産むことに専念し始めて気付いた。
お母さんもこれをこなしていたんだ。
マシバはここからがキツイと言っていた。
確かに大変だけど、愛する蜂達が増えていく。
私はそれを見るだけで幸せだった。
それは突然起こった。
「敵が来たーーー!!」
巣は騒然とした。
私はみんなを静めながら外の様子を見た。
一匹の蜂がこちらに向かってきていた。
「同じ蜂だ。」
「お母さんあれは敵だよ。なんとかしないと。」
働き蜂のピピロは怯えている。
「敵かどうかなんてわからないでしょ。それに随分弱ってるみたい。」
私は子供達の制止を押し切って巣の外へ出た。
「大丈夫?とても苦しそう。」
「…た…たすけて。」
その蜂は私と対面すると、飛ぶ力を失った。
私は重い体をなんとか動かし、その蜂をすくい上げた。
ふと、懐かしい匂いがした。
日の光と木々の匂い。
マシバの子供?
「お母さん。無事でよかった。そいつは?」
「治してあげて。ご飯をいっぱい食べさせて。」
「わかった。」
私はその蜂のそばを離れず、治療を手伝った。
子供達の協力もあり、その蜂はすぐによくなった。
「たすけてくれてありがとうございます。」
「困った時はお互い様よ。縄張りなんて言ってる場合じゃないでしょ?」
「本当に…。」
「何があったの?」
蜂はうつむいた。
「巣が襲われたんです。」
「クマ?」
蜂は首を振る。
「人です。…網で巣ごと覆われて、動けない状態で毒ガスを…。」
「酷い…。」
「私、巣の外にいて、…何にもできなくて。母さんも姉さんも妹も、みんな…。」
<お前、このまんまじゃ長生きできなそうだから、私が教えてやるよ>
マシバ…死んじゃったのか。
「あなた、名前は?」
「・・・ネルカ。」
私はネルカを抱きしめた。
ネルカは泣いていた。
「大丈夫。これからは私の巣にいなさい。何にも怖いことはないよ。」
ネルカは小さくうなずいた。
また、秋が来た。
新女王ヴェリネ。
私の最後の子供。
「ヴェリネ、たくさん、大変なこと、つらいこと、いっぱいあると思うけど、あなたは私の娘、きっと素敵な女王になる。」
「お母さん…。」
ヴェリネは不安げな顔で私を見る。
「私たちは大丈夫。何にも心配いらないわ。いきなさい、ヴェリネ。」
ヴェリネは巣を出て行った。
「さあ、みんな。もう巣を広げる必要はないし、餌は探してもない。巣の中でくっついていましょう。」
みんな弱ってきていた。働き蜂の寿命だ。
そして私の寿命。
「大丈夫、なにもこわくない。私がいるから。」
そして、冬が始まる。
女王の冬 完
中編長ぇ。さすがサクッと読めない短編だぜぇ。
多少の脚色はありますが、割とガチで、女王は冬を他の女王たちと冬眠したり、雄蜂の存在価値は交尾しかなかったりするそうです。
だから、結構、ちゃんと女王蜂の一生なんですよこの話。
まあ、とりあえず、このくらいにしておきますか。