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なんの変哲もない短編集  作者: 心鶏
12/15

鈴が描かれた夏  中堅

 この話を知っているのは、叔父とコウイチさんだけだ。他の誰にも話していない。好奇の目で見られると思っていたからだが、叔父もコウイチさんもそんな風には接してこない。たぶん、大抵の大人はそうだと思う。でも、そんなカミングアウトは壮絶な勇気がいるのだ。だって、それだけで避けられるかもしれないし、これまでの関係やこれからの関係に亀裂がはいるかもしれないのだから。

 それにまだ、確実にゲイだと決まった訳じゃないとも思っている。たまたま、素敵だと思う人が男性だっただけで、素敵な女性が現れればきっとその人に恋をする。コウイチさんとそんな話もした。

「それってミキヒトさんがゲイを嫌ってるってことだよね。」

「俺は別にそんな。」

「だって、自分がゲイだってことを否定しようとしてるじゃん。」

 その通りだった。俺が恐れている世間からの目は、裏を返せばゲイや他の性的マイノリティーに対する俺の目だ。

 最近ではもっぱらこれが悩みの種だ。偏見なのは知っているし、この嫌悪にはっきりとした理由はない。他の人がゲイだとしても、絶対に表に出したりしないし、その人の価値観を尊重するだろう。でも自己嫌悪というものは、あまりにも正直なものなんだ。自分が理解できないものに、自分がなろうとしている。もしくは昔からそうだったのか、どちらにせよこれを否定せず受け入れられるほど俺は成熟していない。

 こういった悩みのおかげか、失恋したことに対してはそこまで傷ついていないのだから、悪いことばかりでもない。この悩みがなければ、上木先輩と俺との関係を結んでいた漫画というものには、蓋をしてもう一生触れることはなかったと思う。そうなればそれこそ地獄だ。好きなものが二つもいっぺんになくなってしまうのだから。


 今の俺にとって、性別を気にすることなく、好きだと胸を張って言えるこの漫画というのは唯一、至福のひと時をくれるものだ。だから、こうしてコウイチさんと話しながらでも、ペンが止まることなく、時間を忘れて没頭してしまう。しかし、それでいい。そうすると。

「コウイチさーん、ゲームやらせてー。」

 という風に、昼過ぎに子供たちがやってくる。そして、子供達は俺がいることを確認すると、すぐさまこういってくる。

「ミキヒトさん、この前の続きはー?」

「おお。ほら。」

 子供達は俺からノートを受け取ると、頭をくっつけ合って、小さなノートに書かれた漫画を熱心に読んでくれる。俺の漫画の読者は、今は上木先輩ではなくこの子達だ。

 はじめは昔に描いていたようなシュールなギャグ漫画を描いていたが、子供達にはウケが良くなかったから、最近ではバトル物にシフトした。こっちはなかなかいい反応だ。

 強敵を出せば、その強さに子供達は不安を抱きながら主人公を応援する。そして主人公が見事に勝つと歓声が上がる。お決まりの流れでも、子供達は一喜一憂し漫画を心から楽しんでくれる。でも、これが漫画をたくさん読んできた俺みたいな人間だと、子供の読む物は主人公が負けないと知っているし、展開もだいたいわかる。そういう知識は描く分には便利だが、読むときには心底邪魔なもので、時折この子達のことを羨ましく思う。


「終わったー、ありがとー。」

「続き早く描いてよー。」

「ミキヒトさん、ゲームしよー。」

 読み終わった子供達は俺を囲んで、各々話しかけてくる。聖徳太子の気分だ。俺はカウンター席から降りてまとめて返事をする。

「はいはい、オッケーオッケー。今日は何すんだい?」

 子供達はアーケードゲームの方へ俺を引っ張っていき、一つの機体を指差す。それは落ち物パズルを代表する、横に揃えて消していくゲームだった。大型の機体で対戦が可能なタイプで、俺は先週にこれをこの子達と遊んだが、漫画ばかりでロクにゲームに触れてこなかった俺はボコボコにされた。しかし、この一週間、それが悔しくて、俺は漫画を一通り満足するまで書いたら、必ずこのゲームをやった。もちろん、暇そうなコウイチさんにも付き合ってもらい、創作活動の後に練習を重ねた。

「おお、練習したからもう下手じゃないよ。」

 俺は意気込んで機体の席に座る。


 そして始まった子供達との仁義なきゲーム対決。まず、このゲームはいかに穴を作らないかが大切だ。次にくるブロックを見ながら、なるべく平らにブロックを積んでいく、あまり高く積まないで防御を意識する。

 俺の練習の成果は明らかで、圧勝とまではいかなかったが、子供達に敗北感を与えられる程度には勝ち越した。そこで終わっていれば平和だったのだが、唐突にモレットの扉を開いて、俺の天敵がやってきた。

「君たち、このスズネちゃんを仲間はずれにして、随分楽しそうなことをしているね。」

 俺はこの子達に、結構懐かれているほうだと思うが、スズネちゃんは当然のごとく俺より懐かれている。子供達は一斉にスズネちゃんに駆け寄り、あのミキヒトさんを倒してくれとせがんでいる。

「じゃあ、みんな。ミキヒトさんよりスズネちゃんの方が好きだと言いなさい。」

 当たり前だというように、頭をブンブンと縦に振りながら即答する子供達。そりゃあそうだとは思うが、何も俺がいるのにそんなこと言わせなくたっていいじゃないか。スズネちゃんは性格が曲がっていると思う。

 子供達の返答を聞き、気を良くしたスズネちゃんが俺の隣に座り、ゲーム画面を覗き込む。

「さあ、始めようか。覚悟しなよ、ミキヒトさん。」

「なめないでよ、スズネちゃん。」

 先週はスズネちゃんはいなかった。確か、本土に買い物に行っていたとかだった。なので、俺はスズネちゃんの力量を知らない。子供達がせがむくらいだから、かなり強いのは間違いないだろう。一つのミスが命取りにもなりかねない、というくらいの強さを想定して慎重にいこう。

 しかし、ゲームスタートの30秒後には、もう俺は負けていた。

「ミキヒトさん。こういう落ち物系は突き詰めると、速さが全てなんだよ?積み方は悪くないけど遅いよ。ウスノロには負ける気しないよ?」

 なんなんだ、この煽りは!この人は会うたびに俺を怒らせる。

「もっかい!」

「アハハー。」

 余裕を見せびらかすようなウザい笑い方をしながら、リベンジを受けてくれたスズネちゃんの煽りは、プレイ中も続行された。

「ミキヒトさん。そこじゃないよ。それ回して。ああー。終わったんじゃない?」

 人が真剣にやっている横からヤジを飛ばしてくる。イラっとして、そっちを向けば、スズネちゃんはもはやレバーにもボタンにも触れていなかった。画面には綺麗に揃っているブロックと4マスの縦穴。そしてそこにゆっくりと落ちていく4マスの縦棒。ニコニコ笑うスズネちゃんと目が合う。

「なに?」

「なめんなー!」

 12戦全敗。スズネちゃんには、「やっぱり強いや。」とか「流石だね。」とかの賛辞が子供達から送られ、俺にはコウイチさんから「ドンマイ。」の慰めが送られ、真夏のゲーム対決は幕を閉じたのだった。


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