傘の下 前話
短編集って前書きあるの少ないですよねー。
フフ、短編なのに話わけするという暴挙ですよ。
さて、戦国時代にタイムスリップした男子高校生が、普通に農民の暮らしをするお話です。
派手ではありませんが、人はそれぞれです。凡で単な人生なんてありません。
まあ、大抵の主人公はいろんなことに巻き込まれる。
日常に潜む非日常。既に非日常に生きているならそれを超える大事件、日常系なんてジャンルもあるが、今の俺はいたって日常とは言えない。
俺は普通、そうごくごくごくごく普通の高校生男子だった。
もう過去形だ。普通ではない、なぜなら、俺は乱世の世、戦国時代にいるからだ。
タイムスリップって奴だ。どうなってんのかね、まったく。
さて、つまり、俺はこの先の歴史を知っている。
うまい事どっかの大名に取り入れば、うまうまな人生が待っている。・・・わけでもないと早めに理解した。
歴史の改変ほどバックトゥザフューチャー的なことになるだろう。
何より、身分が高く、相手にとって恐る存在というのは常に命の危険が。
そして、俺はこのタイムスリップに関して、熟考の末、極論に達した。
「ごくごくごくごく普通の生活を送ろう。時代が変わっただけだ。」
そんなこんなで、俺は農民となった。
山の麓の小さな里で、農業を営む老夫婦の元で、俺は農業を手伝い、衣食住を得た。
元の時代に戻りたい。という思いがある反面、おじいさんとおばあさんは若い頃に子供を亡くしており、俺に対し息子のように良くしてくれた。
都会育ちの俺にはキツイ作業もあったが、結局、俺は居心地の良さを覚えていた。
空気は澄み、川の水はきれいで、夜は星がアホほど光った。
里の人たちは俺をよそ者だと言って疎外したりせず、しばらくすればすっかり馴染んだ。
時代は違えど、俺は幸せを感じるようになっていた。
しかし、数年が経ったある日、俺に良くしてくれていたおじいさんが床に伏した。
「和彦。…わしに構わず、畑を。」
おじいさんはよく、そう言ったが、俺は畑を里の人に頼み、隣の町の医者に薬をもらいに行く日々になっていた。
そのためには山を越えなければならなかった。おばあさんは足を随分前に悪くしていたから俺が行くしかなかったんだ。
農作業で鍛えられた俺の足は山道なんてなんともないようだった。
その山の頂上にはお茶屋があり、帰り道はそこで一休みして帰った。
「まだ、具合よくならないのですか?。」
その茶屋の看板娘のサエさんは俺と歳も近く、一休み中、こうしてよく話した。
「ええ、日に日に目は虚ろに…。」
「それは…。」
「もう、長くは…って感じです。」
「…。」
その日は雨が降っていた。ひどい土砂降りだ。
傘をさし、足元の悪い山を登る。
おじいさんの具合は悪くなる一方で、それに比例して出される薬は減っていき、俺は毎日薬をもらいに行った。
もう長くない人間に無駄な薬を渡したくないということだろう。
茶屋は閉まっていた。軒下で少々休憩して、町に行こうと思い、いつもの場所に座った。
俺は大きなため息をつくと、雨模様の空を見上げた。
「こりゃあ、散々だな。」
コトリと俺の横に湯飲みに入った緑茶が置かれた。
「そうですねぇ。」
「えっ。」
振り向けばサエさんがお盆を抱きながら立っていた。
「サエさん?お店は閉まってるんじゃ…。」
「フフフ、和彦さん、今日も来ると思って。私だけ。」
普段は綺麗に結ってある髪も、今日はおろしていて、真っ黒なロングヘアが悪天候の風に揺れている。
「ずっと待ってたんですか?」
「はい。」
「もし俺が来なかったら?」
「来るってわかってましたから。」
サエさんへの好感度があがっていくのと共に申し訳なさがこみ上げた。
「サエさん、家はどこですか、送って行きますよ。」
「いや、でも、和彦さん。まだ、帰りがあるでしょう?」
俺はまだ町に行っていない、ここへ戻って来る。けれども。
「それまで待てなんて言えませんよ。」
「そうですか。ではお言葉に甘えさせていただきます。」
俺とサエさんは雨音に負けないように話をしながら麓の町まで山を下った。
今までが客と店員の関係だったので、これがおそらく俺とサエさんの出会いだろう。