女神の住む湖(挿絵あり)
短い話です。全7話で、毎日19時更新予定。
とりあえず1話に挿絵を入れます。女神の全身絵は活動報告のほうに。
その湖には女神が住むといわれていた。
誰かがその姿を見たというわけではない。そんな言い伝えも存在しない。ではなぜそんなことが言われているのか? それには理由があった。
その湖には三本水が流れ込んでくる川がある。そしてその三本の川すべてが汚れていた。
その汚染度は高く、人間が飲めるものでは到底ない。そして動物たちであっても、飲めば病気になってしまうほどの毒性が含まれていた。
ところがそれらの川の水は、湖に流れ込むときれいに浄化される。汚れた茶色い水が透明に透き通り、鼻につくにおいは全く感じられなくなる。
誰もその理由がわからなかった。遠くから学者が調査に来たこともあったが、結局首をひねるだけに終わってしまった。
だから人々はその湖には女神がいて、汚れた水を浄化してくれているのだというようになったのだ。
それでしか説明がつかないといって……。
* * *
「おー、今のは飛んだなー」
湖の畔で石を投げている青年がいた。名前はニコラス。十八歳という年齢にふさわしく、若々しい容姿をしている。
ニコラスは自分の投げた石が、湖にポチャリと音を立てて落ちるのを眺めた。太陽の光を遮るために手をかざし、軽く汗を流しながら湖畔が揺れるのを見つめる。
湖畔がまた静寂を取り戻すと、次の石を探してニコラスは地面に目を落とす。もう何十回……いや、数百と石を投げたかもしれない。
別にニコラスは石を投げ込むために湖に来たわけではない。どんな汚れでも浄化するという湖のうわさを聞いたから、それを確かめに来たのだ。
試しに汚れた服を洗ってみることにした。すると本当に汚れがよく落ちる。服を水につけてごしごし擦ったのだが、その必要がないくらいだった。
なんというか、汚れが水に溶けていく。ぽろぽろと崩れるように水の底に落ちていきながら消えてしまう。なんとも不思議な水だと思った。
ちょっとしたいたずら心でゴミを投げ込んでみた。するとすぐに消える。ゴミがではなく、ゴミを投げ込んでよどんだ水の汚れがだ。
調子に乗って汚れたものをどんどん投げ込んだ。何度投げ込んでも同じ。汚れはすぐに消える。逆に手元に汚れたものがなくなってしまった。
そしてニコラスは石を投げ込み始めた。それでも石を投げ込んだ淀みが消えるので、面白くてやめられなくなってしまったのだ。
普通なら飽きる。常人ならそんな意味のないことをずっとやり続けることなどできない。
しかしニコラスは続けた。はじめは近くに投げていたのだが、湖の中心近くにとか、とにかく遠くに投げ込んでやりたいとか、目的が二転三転しながら投げ続けていた。
「最後に飛びっきり遠くに投げてみるか……」
数時間投げ続けると、ニコラスもさすがにやめる気になった。しかし、きっかけが欲しい。今日一番遠くまで投げられたら終わろう。自分で区切りをそう決めて、ニコラスは思いっきり腕を振りかぶった。
「いっけぇええ!」
大きな山なりの一投。ニコラスには着水する場所が大体読めていた。間違いなく今日一番遠い場所に落ちる。
ニコラスはそこに視線を向けて石が落ちるのを見送るつもりだった。しかし、石が落ちるより早く、湖の湖面が揺れた。
「こらー! そこのあなた、いい加減にしなさい!」
湖面が揺れたと思ったら、若い女が姿を現した。湖の中から急に現れ、水面の上に立ってこちらに叫んだ。
ニコラスにはその不思議な出来事に対して驚く前に叫ばなければならないことがあった。
「よ、避けろぉおお!」
「へ?」
女の現れた場所と石の着地点が全く同じだったのだ。ニコラスの声は間に合わず、女は間抜けな声をあげて上を見上げる。そして……。
「ふぎゃ!」
間抜けな声をあげて石の直撃を受けるのだった……。